60 ジノーヴァ公国
どうぞお楽しみください。
【ジノーヴァ公国】
白く輝く太陽がもう私の頭の真上にある……。
海に面したその国の東には東パンサラッサの海、西には巨大なジュラシクの森があり、その深い森の遥か彼方には氷雪に覆われた白く高い山が聳えている。
あのアルプスの向こう側には魔族の国があると言われて久しく、異世界人にとってその場所は今もなお未開の地とされているようだ……。
今、私はジノーヴァ公国に向かっている。
ジノーヴァ公国へ通じるきれいに舗装された街道の両側には、白と赤のカーネーションの花が規則正しく植えられている。
カーネーションの花はフリルのように波打つ花びらが重なり合っていて、ゴージャスな感じと可憐さを併せ持っている。すっきりとした端正な草姿と独特の香りが魅力な花で、日本でも古くから母の日に贈る花として親しまれている…。
カーネーションの花の歴史はとても古い。
古代ギリシアの時代から香料として栽培されていて、ヨーロッパではキリストが処刑されたときに、聖母マリアが流した涙のあとから生えた花だという伝承もある……。
――花言葉は『無垢で深い愛』だったかな――
ジノーヴァ公国は人口4万人程の小さな国で、面積も5平方キロメートルと非常に小さい。
しかしながら、全ての家々は撫子のような薄桃色の屋根と、象牙のような白い塗壁に統一のカラーリングが施されていて、大変に美しい街並みを堪能することができた……。
私はジノーヴァ公国の中央に拠点を構える冒険者ギルドに向かい、そこでいつものように情報を収集することにした。
冒険者ギルドの建物はジノーヴァの街にある他の家々と同じく、白い石灰岩のブロック壁に朱色の瓦屋根が葺かれてあり、そのコントラストがとても美しい……。
『ギィ~ギィ~』
少し建付けの悪い両扉のスイングドアを開けて建物の中に入ると、正面にフロントデスクがあり、一人の受付嬢が座っていた……。
「こんにちは……初めまして……モニカです……ご用件を承ります」
その受付嬢は私を見ると直ぐに声を掛けてきてくれた。
「サンクス、モニカ~」
「えっ!」
私がモニカという言葉に反応して無意識で返事をすると、モニカは聞き直すように私を見つめた。
――『サンクス』という言葉はこちらの辞書には載っていなかったようだ――
受付嬢の名前はモニカ、サンタモニカでもハーモニカでもなく、シンプルにモニカ……。
モニカは胡桃色の茶髪に、その胸程まであるロングの髪をポニーテールで一束にまとめた、萌葱色の鮮やかな黄緑の瞳がとても可愛い人族の女性だった……。
「こんにちは、はじめましてモニカさん……私の名前はダイサクです。ジノーヴァ公国は初めてなので、いろいろと情報を仕入れたいのですが……」
そう言ってモニカにアイアン等級の首掛けの認識プレートを見せた。
「はい……それでは、どのような情報がご入用でしょうか?」
「そうですね……お勧めの宿、割の良いクエスト、それと近くのダンジョンについての情報を頂けますか?」
「承知しました……先ず宿についてですやはり冒険者ギルド一番のお勧めは『白の宮殿』でしょう……宿代は一泊銀貨5枚と少しお高いのですが、ジノーヴァに来られたのであれば、あの宿の雰囲気と食事を、是非一度経験された方が良いと思います。全ての部屋から海が一望できるのですよ……特に、東パンサラッサの海から上る朝日は一見の価値ありです……」
モニカは、うっとりとその景色を思い浮かべているご様子だったが、直ぐに気を取り直して話を続けた――
「白の宮殿は、部屋だけでなく出される料理も絶品ですよ……ジャガイモとニンジンの上に、淡白な中にも独特の風味がある魚を乗せて、トマトベースのソースで焼きあげた『バアラ』や、アーモンドタルトに蜂蜜シロップを掛けた『ガラピアン』というフルーツタルトは特に私のお勧めです!」
「おっ、おいしそう……ですね」
モニカが説明してくれた料理を想像し、じわっと涎が出てきた……。
「『じゅるる』……す、すいません……続けてください」
「……はい、次にダンジョンについてです。ジノーヴァ公国の近くにはダンジョンはありません……従って、冒険者ギルドのクエストは、その殆どが魔物に関わるものではなく、獣や恐竜に関わるものが中心となっています」
「獣と……きょっ、恐竜ですか!?」と私は素っ頓狂な声をあげた。
「はい、そうです。……ジノーヴァ公国の西には『ジュラシクの森』があり、その森には大型の獣や恐竜が数多く生息しています……中でも高額のクエストは『キングコングの牙』の採取と『トリケラトプス(三角龍)』の捕獲です。キングコングの牙は鉄よりも固く魔法にも強い耐性があるので、冒険者の武器や防具の貴重な材料として利用されています。またトリケラトプスは比較的大人しく扱い易いにもかかわらず、物凄く力が強くて荷車や戦車を楽々と引っ張ることができるので、高額で取引されています」
「それらは如何ほどで取引されているのですか?」
「キングコングの牙とトリケラトプスの捕獲は、それぞれ金貨35枚から45枚が取引の相場でしょうか……キングコングの牙は、その殆どがコングの墓場に落ちているので、牙を手に入れるためには彼らの縄張に侵入する必要があり、大変危険なクエストに思われます。しかしながら、たとえキングコングに見つかったとしても、バナナを差し出せば見逃してくれるらしいと、巷では噂されているようです……」
「獣なのに袖の下を受け取って、冒険者の猫糞を見逃してくれるのですか?」
――Give and Take?――
「ん~、実際のところキングコングが何を思い選ぶかなんて誰にも分かりません……あれこれ言っても、彼はジュラシクの森の絶対的な王者なのです。そのため、ロシアンルーレットのような、このクエストを受ける冒険者は非常に稀で、結果として報酬は高額なものとなっています。キングコングの気分次第で、冒険者自身の命が無くなることを考えれば、それは仕方のないことでしょう……」
――キングコングか……そう言えば、先生から貸してもらった三つの僕はどうしたかな――
キングコングの話から、私はふと彼らのことを思い出した……。
「一方、トリケラトプスは比較的おとなしい草食恐竜なのですが、三角龍を餌としている肉食恐竜のティラノサウルスと、三角龍を捕獲しようとする冒険者が鉢合わせになる可能性があり、アイアン等級の冒険者が受けるクエストとしては、非常に大きな危険を伴います……なぜなら、肉食恐竜は、草食恐竜と同じように、人間をも餌として好んで食べるからです……サクランボの枝を口の中で結ぶように、大きな舌を器用に使って、武器や防具だけを上手に『ペッ!』と吐き出すので、辺りに武器や防具が散乱していたら特に警戒する必要があります」
モニカはそのように畏まって話を締め括った……。
「えっ……え、餌ですか……なっ、なるほど、良くわかりました。いろいろな情報を提供してもらい、ありがとうございました……どのクエストを受けるかは、白の宮殿の窓から、水平線に昇る美しい朝日を眺めながらでも、ゆっくりと決めたいと思います」
私はモニカにお礼を言って冒険者ギルドを後にしたのだった……。
◇◇◇
それから、私はジノーヴァの街をぶらぶらしていたのだが、暫くして異世界最大の危機に直面したことに気付いた……。
「えっ、なっ、ないない……どっ、どこ、どこ、どこへ消えたか?……私の財布!」
――ウ~ウ~ウ~、ウ~ウ~ウ~――
私の頭の中でパトカーのサイレン音が鳴り響いている。
何としたことか、路銀の入った財布が見つからない……。
旅の道中で落としたか、街中で誰かに盗み取られたか、大事な路銀を財布ごと落してしまった!
逆立でダンスを踊ってみてもダンスは上手く踊れないし、当たり前のように財布も落ちてこない……。
――しらけないで、しらけたけれど~、みじめ、みじめ~――
日々その日暮らしの生活をしているので、財布の中には金貨10数枚程しか入ってなかったのだが、一文無しでは『白の宮殿』どころか、素泊まりの安宿にさえ泊まれやしない……。
そうかと言って、街中のベンチを使って寝ていたら、衛兵に身柄を拘束されて奴隷落ちしてしまうかも知れないし、城壁の外で野宿なんかして熟睡しようものなら、肉食獣に襲われて天に召されてしまうかも知れない……。
「これから今日の宿代を稼ぐというのも、なかなかもって難しいし……さてはて、どうしたものか……」
八方塞がりとなり途方に暮れた私は、道に落ちている小石を蹴りながら、夕焼けのジノーヴァの街を一人とぼとぼと歩いていた…………。
――太陽のバカヤロ~!――
次回、あの侍たちとの感動の再会を果たします。
どうぞお楽しみに!




