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05 病の母と微助っ人

こんにちは、

ダイサクは20世紀の知識を以て、

見事にフィーアの母メルモの病気を治すことができるのでしょうか?

どうぞお楽しみください。

【病の母と微助っ人ビスケット


 私とフィーアは冒険者ギルドを出て真っ直ぐにフィーアの家に向かった。

フィーアの話では、彼女の家はナバルの町の北にあり、病気の母親が床に臥せて帰りを待っているとのことであった。


 家に着いた途端、フィーアは元気よく入口の扉を開けて母を呼んだ。

「お母さん、ただいま~、薬草取ってきたよ~」

「ハァハァハァ、フィ、フィーア、心配していたのよ。ゴフッ」

 フィーアが言っていた通り母親は床に臥せていた。

 母親はフィーアと同じ蜂蜜色の垂れ耳に、薄紅色の瞳をしていた。痩せてなければ間違いなく魅力的な女性に違いないのだろうが、ろくに食事を摂っていないためか、腕、足、首は痩せ細り、頬も少しこけていた。 

 

「お母さん、大丈夫……、熱はない?」とフィーアが聞いた。

「ハァハァ、ありがとうフィーア、母さんは大丈夫よ。ゴホッ」

 母親はそのように返事をして気丈に振る舞ってはいたが、見る限り大丈夫そうには見えなかった。


 彼女の症状から推測すると、恐らく肺炎のような何らかの肺に関わる病気だろう。

 日本ならば医者に診てもらって適切な薬を処方して貰えるだろうが、異世界こちらの医療はずいぶん遅れているようで、例えて言えば中世のヨーロッパのようだ。


 多額のお金を支払える高貴な身分の者であれば、教会の聖職者により状態異常回復の『キュア』と言った、何かしらの聖魔法を使って治療を施してもらえるかも知れないが、一般庶民、ましてや亜人にとってそれは叶わぬことだろう。

 加えて、働き手が小さな子供のフィーアしかいないのでは、日々の食料を確保するのさえ困難に思われる。


 冒険者が使用している薬ならば、フィーアでも頑張れば買えるかもしれないが、恐らく『治癒薬ポーション』や『毒消し』ではこの病気は治らない。

 より高価な『中級治癒薬ハイポーション』や『上級治癒薬エクストラポーション』でも結果は同じだろう。

 なぜならば、これは怪我や毒ではなく病気だからだ。恐らく肺炎球菌やブドウ球菌などの細菌に起因するものであろう。


 ポーションは全ての細胞を活性化させて自身の治癒力を高め、損傷部の再生を飛躍的に速めるものであって、細菌やウイルスを直接攻撃して殺菌する効果はない。

 細菌やウイルスは小さくて目に見えないため、異世界こちらではこれらの存在すら知られていない。人の目で捉えることができる微生物すら見つかっていない状況なので、それは仕方のないことなのだろう。


「確実にこの病気を治すには……」

 私は先生に習って治癒魔法ヒールを学んだ。しかし、先生でさえ細菌やウイルスを知る術はなかったのか、病気を治す魔法については何も教えてもらえなかった。

 魔法は想像イマジンが重要で、より具体的に思い描き想像することでより強く顕現させることができる。私は瞬間に頭に浮かんだ『ジョン』の歌を払い除け全集中する……


「抗生物質のような薬を製造するにはどうすれば……」

 私は座禅を組んで姿勢を正し、両手の人差し指で頭に円を描いて精神を統一した。


『ポクッ、ポクッ、ポクッ、ポクッ、チィ~ン』 

 アレクサンダー・フレミング大先生がなされたように、青カビからペニシリンを作ることを想像してみるかな、そんなことを考えていると…… 。


「ハァハァハァ、私はフィーアの母のメルモと申します。……失礼ですが……貴方様はどちらさまでしょうか?」とメルモが尋ねた。

「私はダイサクと申します。修行僧で世界を旅している者です」

「ゴホッ、ハァハァハァ~……ダッ、ダイサクさん……ですか。……フィーアが、娘が何かご迷惑をお掛けしませんでしたか?」

「……いっ、いいえ……ふたりで一緒に薬草を取りに行っただけですよ」

 とりあえず、私はフィーアが一人で迷宮ダンジョンに行ったことは秘密にしておいた。

「そうですか、フィーアが大変お世話になったようですが…… ゴフッ」

「いえ、いえ、先日はフィーアのお陰で魔獣に襲われずに済みました。

 娘さんは私の命の恩人ですよ」

 私がそう答えるとフィーアはちょっぴりずかしそうに目を伏せた。


「ハァハァハァ、フィーア、ありがとう。よく頑張ったね ゴフッ」

 メルモさんが労いの言葉をかけると、

「うん、お母さんの病気を治すためだもん♪」とフィーアは元気よく返事をした。


「ちょっと何か食べるものを買ってきますね」

 それからフィーアが薬草を煎じると言うので、私はさりげなく声を掛けて家を出ると、真っすぐに近くのパン屋さんに向かった。

 私はパン屋で食パンを買ってから、店長に頼んで店の裏に棄てられていた青カビで真っ青のパンを手に入れた。それから肉屋と八百屋で、肉、卵、レタス、トマトを買って、寄り道をせずにまっすぐそのまま彼女の家に戻った。

 

「はい、お母さん、これ飲んで」

 部屋ではフィーアがメルモに細かく煎じた薬草を飲ませている最中だった。

「ダイサクさんお帰りなさい、早かったね」

「ただいま、ちょっと台所を借りますね」

 私は軽く返事をして2人を尻目にそそくさと台所に入るとキュアポーション――状態異常回復薬――作りに専念することにした。


 ガラスの容器に煎じた薬草と水を入れ、それを煮詰めてから40度位まで冷ました。その水溶液にカビたパンの表面から削り取った青カビを溶かし込み、シャーレの中で病原微生物を殺し回り無双する青カビを心に思い浮かべながら、聖魔力を少しずつ注いでいった……。

 しばらくすると、深い青緑色の水溶液がサファイヤのように美しく輝きだした。

私はその美しい水溶液を小瓶に小分けして、5本の状態異常回復薬キュアポーションを完成させた。

 ちなみに、一般的な治癒薬ポーションはエメラルドに似た黄緑色をしていて、私が作った状態異常回復薬キュアポーションの紺青色とは明らかに見た目も違っている。

 なんとなく魔力を注ぎ過ぎた気もするものの、上手くいった感じがする♪


 私はフィーアのために手早くサンドイッチを作ると2人のところに戻った。

「お待たせ~、フィーア、サンドイッチできたから手を洗っておいで」

「サンドイッチ?」とフィーアは不思議そうな顔をしながらも、

「そう、サンドイッチ、美味しいよ」と私が言うと、

「はぁ~い」と言って手洗いにその場を離れた。

『あっ、こちらの世界ではサンドイッチとは言わないな……』

 私はフィーアとの会話の後ではたと気付いた。


「ハァハァハァハァ……ダイサクさん……ありがとうございます。

 久しぶりにあの子が笑っているのを見ました」

「子供はいつも笑っている方がいいんですよ」

「そうですね。ゴホッゴホッゴホッ」

「ダイサクさん……私は恐らくもう長くはないと思います。ハァハァハァ」

 息絶え絶えに神妙な面持ちでメルモが私に声を掛けた。


「えっ、そんなことはありません。気を強く持って頑張ってください」

「いいえ、私の体です、私には分かるんです。……た、ただ、私がいなくなってしまうと、あの子は、フィーアは世界でたった1人だけになってしまいます。……まだあの子は小さい。この世界を1人で生きていくのは難しいでしょう……」メルモは悲しそうに言った。

 

「フィーアはダイサクさんのことを好いているようです。そっ、そうであれば……奴隷としてで構いません。……ハァハァハァ……私が死んだ後……娘の、娘の面倒を見てやってもらえないでしょうか? 一生のお願いです。どっ、どうか……どうか娘を……お願いします! ゴフッ」

「……………」

「ハァハァハァハァ……」苦しそうなメルモの息遣いが部屋中に響いている。


「そうですか、そこまで考えられているのならば……、メルモさんには今すぐこの薬を飲んでもらいます」

 そう言って私は懐から青緑色に輝く小瓶をゆっくりと取り出しメルモに渡した。

 メルモはその小瓶が治癒薬ポーションとは違うことに直ぐ気づいた様子だったが、その薬を安楽死させるための毒と勘違いしてしまったようだ。


「毒ですか? わかりました。どうせ私の命はもう長くはありません……。ダイサクさん……フィーアのこと……どうかよろしくお願いします。ゴフッ」 

 メルモは小瓶の蓋を開けると、一切の迷いもなくその薬を一気に飲み干した。

 私はその潔い行動に子を想う母の強さと優しさを垣間見た気がした。


「大丈夫、奇跡はきっと起きますよ、神様はいつも傍で見てくれてますから」

 私は小さな声でメルモを応援しながら、彼女の手を取って成り行きを見守った……。

 ……暫くすると、メルモの全身が青白く光り出した。


「ああっ、こんなことって……」

 メルモの目から大粒の涙が零れ落ちた……。

「苦しくない、痛みが引いていく、力が戻ってくる」 

「ぎりぎりまで頑張って、初めて神様は助けてくれるみたいですよ」

「あっ、ああ~神様、これからもフィーアと一緒に暮らしていけるのですね」

 メルモは安心したのか、私の手を握りしめたまますっと眠りについた……。

 

「あれっ、お母さん寝ちゃったの?」部屋に戻ってきたフィーアが言った。

「フィーアの煎じた薬草が良く効いたみたいだね……。がんばって薬草を採ってきた甲斐があったね……フィーアの大活躍のお陰で……お母さん、すぐに元気になると思うよ☆彡」

「そうなの……やった~やった~やったぁ~わ~ん」

「お母さんが元気になったら、フィーアは何をやりたいの?」

「やりたいこと? う~ん……料理でしょ、お散歩でしょ、それから、それから草原でお母さんと駆けっこしたい」

 フィーアは喜び勇んで部屋の中を駆け回り、私は彼女の『微助っ人ビスケット』を果たすことができて、ほっと安堵の胸をなでおろした。

――やったぁ~、わぁぁぁ~ん――


「それじゃあ~サンドイッチを食べよっか?」

「はぁ~い」

 フィーアは小さな口を大きく開けて、サンドイッチに思いっきりかぶりついた。


◇◇◇

 

 次の日の朝、ナバルの町の正門まで彼女たちが見送りに来てくれた。

「お世話になりました」

「ダイサクさん、私たちこそ本当にお世話になりました。

 このご恩は一生忘れません」

「もう行っちゃうの、今度はいつ会える?」フィーアが寂しそうに聞いてきた。 

「何かあればいつでも帰ってくるよ。冒険者ギルドから伝言してよ」

「うん、わかった、伝言する」

「とは言え、ほどほどででお願いしますよ、よろしいですね」と頼むと、

「むむむっ……」フィーアは返事に窮して、眉をひそめ渋い顔をした。

 可哀相だが彼女には少しだけ釘を刺しておいた。

――毎日毎日サンドイッチ作りに呼ばれたんじゃ、いやになっちゃうよ~――

 

「ダイサクさん……あなたは一体何?」

 メルモが何か言いそうだったので、私は自分の唇に右手の人差し指をまっすぐ添えて彼女の言葉を途中で遮った。


「私は世界を漫遊している、取るに足りない駆け出しの冒険者です……。それではこれで失礼します。またお会いしましょう」と告げると……、

 メルモはしょうがないって顔をして私を見送ってくれたのだった。


 段々とナバルの町は段々と小さくなっていくが、二人の親子はずっと見送っていた。

「ダイサク、また帰って来てねぇぇぇ~」

 千切れんばかりに、右手と尻尾を振っているフィーアの横で……、

「神様、ありがとうございます」

 メルモは静かに指を組んで両膝を地について神に祈りを捧げていた。

 そして、フィーアの叫び声に後ろ髪を引かれ男の背中には哀愁が漂っていた。

――いつも別れは淋しいものだな。……ふっ――


 辺り一面に咲いた向日葵の花がゆっくりと風に揺れている。丘の向こうの青い空には湧き出る真っ白な入道雲、ライトニングラビットもひょっこりと顔を出して私を見送っているようだ。

「あの丘の向こうには、どんな出会いや冒険が待っているかな」

 気持ち新たに歩み出すダイサクの足取りは、草原を駆け抜ける微風のように軽やかだった……。


『ダァ~ンダダッ♪ アチョォォォ~』新たな戦いの律動リズムが俺を呼んでいる!


ありがとうございました。

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