57 海王ポドン
どうぞお楽しみください。
【海王ポドン】
『ムーの神殿』はパルテノン神殿のような、ギリシア古代建築のドーリア式建造物のようだった。
全ての建造物がグランマの女神像と同じ大理石で作られており、46本ある大円柱は中央に膨らみを持たせた、エンタシスに似た技法が用いられていた。
そして、神殿一番奥の祭壇には光り輝く宝珠が置かれており、その周りを狂ったように、巨大な水龍が徘徊していた……。
『ズンズンズンズン……ガォォォ~』
水龍は全長150メートル、体重550トンはありそうだ。
その全身はグリーントルマリンのような深い緑色の鱗で覆われており、体全体はイエローダイヤモンド色のジャガーに似た斑点の模様を呈していた。
「……ダイサクよ……60秒でいい……あの水龍の注意を引き付けてくれ……」
「……60秒……ですか」
「そうだ……私があの宝珠にたどり着くまでの60秒だ」
「正に……死の60秒……ですね……」
「……幸いお前は腰に良い物をぶら下げている……あの龍は甲高い音が嫌いでな、そのフライパンを打ち鳴らし、宝珠から奴の注意を逸らしてもらいたいのだ!」
「あ、あの~パンチャックは片手鍋ではありませんが……わっ、分かりました……何はともあれ……60秒ですね!」
「……恩に着る……では……行け行けダイサク、どんと行け……お前の双肩に人類の命運が掛かっている……」
――何処かで聞いたような台詞だワンッ――と思ったが、私は直ぐに気持ちを切り替えて、水龍を誘い寄せるべく囮行動に移る――
『パンパパ、パンパッ、パン、パァァァ~ン』
最初、心の赴くままにパンチャックを打ち鳴らしたが、意に反して水龍はこちらに見向きもしなかった……。
そこで、私は臨機応変に直ぐに打ち鳴らす音のリズムを変えてみた。
――これこそ、長い社会人生活て染みついた場の空気を読む力なのさ……ふっ――
『パァンパァンパァ~ン、パァンパァンパァ~ン』
今度は、江戸時代の火災や洪水発生時に、火消しを招集しつつ近隣住民に危険を知らせた、火の見櫓からのあの警鐘のリズムだ!
「ウガッ、ガァ~オ、ガァ~オ、ガァ~オ~、ガンバボ~ン」
この音のリズムは効果てきめんで、水龍は血相を変えて直ぐに私の後を追いかけ始めた――
『パァンパァンパァ~ン、パァンパァンパァ~ン、あっ、そぉ~れっ、パァンパァンパァ~ン、パァンパァンパァ~ン♪』
私はパンチャックを打ち鳴らしながら、ムーの神殿の大円柱に見え隠れするように必死に逃げ回った……。
「ガッグロロロロォォォ〜」
私が大円柱を八の字に走り回ったので、水龍は大円柱にかた結びとなって巻き付き動けなくなった。
「ふふふ……俺って……頭は冴えてるよ~ ヘイヘヘ~イ♪」
動けない水龍を見て一瞬ぬか喜んだのだが、それは将に私の儚い喜びだった……。
『ガガガガガッ……ドッゴォォォ〜ン』
モンスターハンターの巨大な怪物が、壊れるはずのない大岩や大樹を破壊するように、水龍はムーの神殿の大円柱を木っ端みじんに壊してしまった……。
「ガァオォォォ~」
「ぎょえぇぇぇ~……」
そんこんなで水龍から必死で逃げ回り、粘り粘って50秒が経過した……。
「……残りはわずか10秒……ポセさんとの約束を果たして……逃げ切った……」
そう思った瞬間、辺り一面が光で真っ白になった――
「神の雷撃―リュウライライ(龍雷来)――だ! 『辺りの景色が白く飛んだら、神の前に跪くのだ!』」
そのようにポセから口を酸っぱくして言われていた……。
「かっ、神の前に跪け!」
再度そう自分に言い聞かせて身を屈めた瞬間、強烈な落雷が後ろ髪を横切った。
『ピカピカッ! ドッガァァァ~ン!!』
――あいや~ダイサク危機一髪……ポセさん……助かりましたぁ~――
あれこれあって、遂に最終の秒読みに入った……。
「3、2、1……0!」
カウントダウンが終わったその瞬間、今度は龍雷来がポセを襲った――
『ピカピカッピッシャァァァー! ドッガァァァ~ン!!』
私が見た限りでは、ポセが宝珠に手を掛けたのと、龍雷来がポセに直撃したのは全くの同時だった――
「ポッセェェェ~ェェ~ェ~」
私はポセが激しい光に包まれたので、一発で感電死したと思い万感の思いを込めて彼の名を叫んだ――
――宝珠よ我が願いを聞き届け給え……阿耨多羅三藐三菩提……神よ再び我にその力を与え足らん――
ポセに光が集まりポセの全身が神力で満たされると、ポセ自身から生命力が満ち溢れ、彼の持つ銛は『ポセイドンの三つ又の銛』に変わった!
「『海王ポドン』……再・降・臨!』
「どっ、どっひゃぁぁぁ~……ポ、ポセさんが……あ、あの頑固な老漁師が……ミスリル等級冒険者、ポポポッ、ポドンだってぇ~」
ぶったまげたことに、ポセはかつての力を失っていた、ミスリル冒険者の『海王ポドン』その人であった。
ポセは宝玉の神力を宿して、再び海王ポドンの力を取り戻した。
そして、その神力により以前のように易々と水龍を従えるはずであった………………。
「鎮まれ! 水龍レヴィアよ……よく見るのだ……俺が分からぬのか?」
「グルル……グゴゴゴゴォ~」
海王ポドンが懐かしみ呼びかけるも、水龍レヴィアは彼のことなど意にも介さずムーの神殿の中を縦横無尽に暴れ回る……。
――駄目だ、こりゃ――
「……仕方ない……水龍レヴィアよ、正気を取り戻せ! 『サンダ~ボルトォォォ~(神雷撃)』!」
『ゴロゴロッ、ドッゴォォォ~ン』
海王ポドンは龍の頭に飛び乗ると、其々の角を掴み必殺の雷撃を放った。
「ガオォォォ~」
『ピカピカッ、ドッガァァァ~ン!』
一方の水龍レビアは、目の上の瘤の海王ポドンへ仕返しの『リュウライライ(龍雷来)』の雷を落とす……。
『ゴロゴロッ、ドッゴォォォ~ン……』
『ピカピカッ、ドッガァァァ~ン……』
『ゴロゴロッ、ドッゴォォォ~ン…………』
『ピカピカッ、ドッガァァァ~ン…………』
しかしながら、似た者同士の両者の雷耐性は余りにも高く、必殺の雷撃による攻撃も双方にとって全く痛手となっていない……。
海王ポドンと水龍レヴィアは、お互いの十八番による応酬戦を永遠と繰り広げる羽目になってしまった……。
――やっぱ、駄目だ、こりゃ――
◇◇◇
その茶番の応酬をムーの神殿の外から静かに眺めている何者かがいた……。
「イカカカカッ……水龍は既に俺様の支配下にある……海王ポドンよ……お前は来るのが遅すぎたのだ……もはや七日と七夜の大洪水は誰にも止められぬ……人類滅亡の運命はもう変えられん」
その者はそう呟いた……。
「……その言葉……聞き捨てなりませんね……」
その黒幕らしきもの後ろから、私は突として声を掛けた――
「おっ、お前は……何者だ?」
「私の名前はイエローサブマリンのダイサク……アイアン等級の冒険者です」
そんな感じで適当に答えると、私はアイアンの身分証を掲げた……。
「フッ、イ、カッカッカッカァ~」
「如何されました……何か可笑しいですか?」
「言うに事欠いて……アイアンの冒険者だと……」
「はい、左様でございますが……」
「……我が名は邪魔烏賊……魔人ジャマイカだ! アイアン如き力なき者が我に声を掛けるなど……100万年早いわ!!」
今回の騒動の黒幕らしき魔人ジャマイカが、私を大声で怒鳴りつけた……。
魔人ジャマイカは、人型の魔人で身長2メートル、全身の皮膚は白く、金色の吸盤のデザインをあしらった、イカしたプラチナの鎧を全身に装着していた……。
邪魔烏賊の頭は縦長の流線型で、その先はエンペラのような形状となっており、襟足からは8本の細い烏賊腕が肩甲骨辺りまで伸び、眉庇の奥では2つの赤い目が怪しく光っている……。
2本の腕にはぐるりと触腕が巻き付いた手甲と籠手を装着し、草摺から褌のように烏賊腕が垂れ、腰のベルト辺りには2つの風車ではなく、2つの大きな目玉のようなものが付いていた……。
――蛸ではなく烏賊の出で立ちだけど……割りとイカしてる――
「……貴方が……今回の大洪水に関わる大騒動の……黒幕なのですか?」
「如何にも……我の差金だ……水龍はジャミングウェイ(邪魔波道)によって支配され我を忘れている! そして、このまま大地は大洪水に呑まれ、世界はこの魔人ジャマイカ様に支配される運命なのだぁ~イカカカカッ」
「ダ、ダイサク逃げるのだ! そっ、そいつと戦ってはイカ~ん……溢れるその魔力が分からぬのか……お前が逆立ちしたって敵う相手じゃなぁぁぁ~ぁ~ぁ~」
ポドンが遠くから何か叫んでいる最中だった――
「グッロォォォ~、グログロポドロガォォォ〜、リュオ~ライラァァァ~イ」
『ピカピカッ! ドッガァァァ~ン!!』
龍雷来が海王ポドンを襲った――
「ぬぅおぉぉぉ~、このくそ龍がぁ~、サンダーボルトォォォー(神雷撃)」
『ゴロゴロッ! ドッゴォォォ~ン』
水龍に対して、すぐさまポドンも負けじと微笑み返しならぬ落雷返しを行う……。
海王ポドンと水龍レヴァンは相も変わらず、ネバーエンディングの一進一退の戦いを続けている。
彼らの戦いは恐らく七日と七夜戦い続けても決着は着かないだろう……。
全てを飲み込むと言われる大洪水が差し迫っているし、ミスリル等級冒険者のポドンは色々と忙しくて手が離せそうにない……。
仕方がないので、魔人ジャマイカとの戦いは私が引き受けることにした……。
「まぁ、サービス残業だと思えば苦にもならないな……ケセラセラ、なるようになれ……」
私は悟りを開いた覚者のように呟いた。
――これも運命じゃ――
「さぁ~ サラミス海戦の始まり始まり~だぁ~」
――ダァ~ンダダッ、アッチャッ――
戦闘開始のリズムが私の脳裏をさっと通り抜けた!
ありがとうございました。
いよいよ魔人ジャマイカとの海戦が始まります。
次回をお楽しみに!




