53 バラコアの老漁師
こんにちは、
今回はバラコアの老漁師のお話です。
どうぞお楽しみください。
【バラコアの老漁師】
そろそろ水平線に夕日が掛かりそうだ……。
岬からハバナ湾奥のバラコアの町へ続く街道には、数キロメートルに亘って桜の木が植えてあり、桜の花は夕日に照らされて美しく輝いていた……。
桜はおおよそ満開に近いためか、花弁が舞い散って私の頭の上からはらはらと降りかかってくる。
肩に落ちた一片を手に取ってみると、それは私が知っている桜の花弁と大体同じような形をしていた……。
ついでながら、冒険者ギルドで聞いた話によると、このバラコアの桜はパンゲア大陸の東にある、ヤマト帝国の皇帝アマテラス二世より60年程前に寄贈された桜と言うことらしい……。
ヤマト帝国は『魔道砲』と呼ばれる蓄魔力池に大量の魔力を貯めて、その魔力エネルギーを一気に放出してあらゆるものを破壊することができる、超巨大な魔法の大砲を使ってこの異世界を手に入れようとしているらしい……。
そのため、金、権力、暴力、こね、つて等、ありとあらゆる手段を講じて魔力を搔き集め、数年に渡り魔導砲の発射準備を整えているとのことで、ヤマト帝国については冒険者の間でも、きな臭い感じの噂しか耳に入ってこない……。
そういった理由で、ヤマト帝国からの直接の依頼や、それに関係のありそうな間接的な依頼は、十分注意して受けるよう冒険者ギルドから警戒の御触令が出ている!
私はあと少しでバラコアの町に到着しようとしていた……。
バラコアは漁港として有名な都市で、少し離れたこの岬付近の街道からでも何隻もの大型の帆船が見える。
この岬は『ロカの岬』と呼ばれており、ロカの岬の突端には、大理石でできた高さ2メートル程の両腕のない半裸の女神像が、灯台のように据え置かれていた。
――漁師たちの安全航海を祈る灯のようなものかな……姿形はミロのヴィーナスに実に良く似ている――
私はバラコアの町に着くと、いつも通り情報収集のために冒険者ギルドに向かった……。
バラコアの冒険者ギルドは、海の魔獣の襲撃にいつでも対処できるように、都市の中心ではなく漁港の傍にあった。
冒険者ギルドは街の他の家々と同様、白い石灰岩のブロック壁に朱色の瓦屋根でとても美しい。
『ギギギギギィィィ~』
潮風で少し錆びついた扉を開けて建物の中に入ると、正面に受付のデスクがあり受付嬢が座っていた。
「いらっしゃいませ……ようこそバラコアの冒険者ギルドへ……私の名前はラナ……何かご入用でしょうか?」とラナが私に声を掛けてくれた。
――受付嬢の名前はラナと言うらしい、彼女の雰囲気に合った良い名前だ――
ラナは、ブルーダイヤモンドのような光沢のある薄い水色の髪に、ペリドットの黄緑色の瞳で、ショートカットの短髪がよく似合っている可愛い人族の女性だった。
「こんにちは、ラナさん、はじめまして……私の名前はダイサクです。バラコアは初めてなのでいろいろと情報を頂きたいのですが?」
そう言って私はラナにアイアン等級の首掛けの認識票を見せた……。
「承知しました。どのような情報が必要でしょうか?」
「それでは……お勧めの宿、割のいいクエスト、それとバラコア付近の迷宮についての情報を頂けますか?」
「かしこまりました。先ずお勧めの宿ですが……バラコア冒険者組合御用達、安くて、旨くて、良い眺めの三拍子が揃そろった『海ほたる』が一番だと思います……こちらの宿に併設されている食堂では、絶品料理に舌鼓を打ちながら、水平線に沈む夕日が織りなすマジックアワーとブルーアワーを、息つく暇もなく楽しむことが出来るんですよ♪ それは世界の全てが金色の輝きから濃い青へ変わってゆく幻想的な時間です……」
「それは素晴らしい……是非一度拝見したいものですね」
「はい、是非ともご覧になってください……」
「ところで……『海ほたる』では何の料理がお勧めですか?」
「そうですねぇ~エスパーダフリートやランゴスタでしょうか……どんな料理かはお店で実際に食べてみてください。本当に美味しいですし、ほかにも海の幸を中心に色々と美味しい料理が食べられますよ」とラナは笑顔で答えた。
「それから割の良いクエストについてです。バラコアの近くには魚介類が沢山生息していますが、漁業をして良いのは届け出をフィッシュギルド――漁業組合――に登録している漁師だけです。もし許可なく魚介類を密猟しているのが見つかった場合、漁師から銛で突かれて仕舞います」
「銛で串刺しですか……えぐいですね」
「はい……ですので密漁は絶対にしてはいけません」
「そんな訳で冒険者ギルドのクエストは海獣に関するものになります」
「海獣――海中生活に適応した哺乳類の総称――ですか?」
「はい……その中でも比較的高額なクエストは『イッカク』の角でしょうか……イッカクの角は中級治癒薬や精力増強剤の原料として使われるため、1本あたり金貨8枚前後で買い取りが行われています」
「そのイッカクの捕獲は簡単なのですか?」
「いいえ……イッカクはロカ岬付近に縄張を作って、それなりの数が生息しているのですが、ロカ岬付近の海は陸に近くて浅瀬で風も強いため、大型の帆船は近づけずイッカクの捕獲は大変困難なクエストとなっています……」
「……浅瀬……ですか?」
「まぁ~小型の船を使って幾つもの罠を仕掛けなければ、このイッカクの捕獲は無理でしょう……」
「あと最寄りのダンジョンについてですが……バラコアには迷宮はありません。かつて『ムーの迷宮』と呼ばれるダンジョンが、ロカの岬の沖にあったとされていますが、天変地異により水没したとされており、それも今となっては定かではありません」
「……『ムーの迷宮』の伝承……ですか?」
「……バラコアの言い伝えでは『グランマの女神像』の目が深紅に染まる時、神は人類の堕落に怒りして竜を放ち大洪水を起こし、全ての人類はこのパンゲアの大地から滅び去ると言われています…………まぁ~これはバラコアに古くから伝わる寓話で……こんな御伽話を信じているのは、バラコア中でも老漁師のホセさんくらいのものですよ……ご心配には及びません……あくまで……お、と、ぎ、話ですから……」
「御伽話……ですか」
――ラナは口ではああ言っているが……火の無い所に煙は立たないよなぁ~――
ラナから一通りバラコアの情報を仕入れた後で、私は依頼黒板を確認する……。
『海獺の駆除』銀貨5枚/匹……。
海獺は漁網を食い千切り、大型の海老や蟹、鮑に帆立と言った高価な魚介類を片っ端から大量に食べるので、可愛い見た目に反してバラコアの漁師たちからは相当嫌われているようだ!
まぁ~皮下脂肪が少ない彼ら海獺たちにしてみれば、体温維持のために一日あたり体重の2~3割もの魚介類を食べざるを得ないのではあるが……。
――もう少し遠慮して、烏賊や鰯と言った大衆魚を食べれば目の敵にされなくていいのに――
『浜辺の清掃』銀貨1枚/袋、『薬草の収集』銀貨1枚/㎏、『花見の場所取り』銀貨1枚/半日、追加クエスト『炭の火起こし』大銅貨3枚/回。
「他は……ん~どれもこれも余りぱっとしないなぁ~」
私はざっと依頼黒板を見渡して大体の見当をつけ、やはりラナが教えてくれたイッカクの角を手に入れることにした……。
それから私は冒険者ギルドを出て、その足で冒険者ギルドお勧めの宿『海ほたる』を目指した……。
その途中、船着場には漁から戻って来た何隻もの大型の帆船が停泊していたが、その中に縦帆の小型の釣舟が一艘だけ混じっていた……。
その釣舟の帆は蟹の爪のような形をしていて、舟の中心線に沿った方向に帆を張っていた。
縦帆の帆は横帆のものに比べて、風力を推進力に変換する効率の面では劣る一方、風上方向への推進が行い易く、帆の向きを変えることで容易に船に旋回力を与えられるため漁には向いている。
何人かの若い漁師が大型の帆船の甲板の上から、小型の釣舟の老漁師に大声で話しかけていた……。
「お~い、ポセ~……カカロット――白鯨――は捕まったか?」
「………………」
ホセは何も言わずに淡々と作業を続けている……。
「カカロットを捕まえないと、大洪水が起きて世界が海に沈むんだってなぁ~」
「そりゃ~大変だ♪」
「早くカカロットを捕まえて、おいらを助けてくりゃさんせ~」
「むりむり、ホセの箱舟じゃ小さすぎて……イルカどころか猫や鼠も乗りやしねぇ~」
「そりゃぁ~違えねぇ~ははは~」
「………………」
「ポセよ~俺らの船の近くにその箱舟を停めねえでくれよ……箱舟の泥が付いたら俺らの船まで沈んじまうぞ!」
「そうそう……こんな風に『ズッブブブブゥゥゥ~ン』ってな!!」と言って尻から勢いよく垂直に沈む船を手で模して揶揄うと――
「ワァッ~ハハハッ!」
「ア~ハッハツハッ!」
「ヒ~ヒィッヒィッ!」
若い漁師たちは一緒になってホセを笑いものにしていた――
「……『グランマの女神像』の目が赤く変わり始めている……もう余り時間が無い……急がなければ……」
若い漁師たちの揶揄を余所に……老漁師は一人……海の彼方を見つめて静かにそう呟いた…………。
ありがとうございました。
次回は舟はなくとも負けてたまるか大作戦で『イッカク』の角を狙います。
どうぞお楽しみに!




