50 三獣士
こんにちは、どうぞお楽しみください。
【三獣士】
翌朝、私とロビンは二人だけでケレニャガ山に向かった。
ロビンは冒険者ギルドにケレニャガ山の探索同行のクエストを要請していたが、シェフィールドの冒険者ギルドには一人としてそんな命知らずはいなかったようだ……。
「草原越え行こうよ、口笛ぇ吹きつ~つ、空は澄み青空ぁ~、ケレニャガさして、歌おう~ほがっ――」
私が気持ちよくケレニャガの歌を歌っていると、
『ドスッ!』
私の前を歩いていたロビンは、片足を後方に真っ直ぐ伸ばして、私のみぞおちにトラースキックをぶち込んだ。
「ぐえっ……」
私は両手を腹に抱え込んで体を『くの字』に曲げた。
「――ばっかじゃないの……アイアンは……ほんと……お気楽でいいわ」
私に態と聞こえるように、ロビンが毒を吐いていたので、
『……ララ、歌声合わせよ、足並みそろえよ~、サバナは愉快だぁ~』
私はこれ以上ロビンの逆鱗に触れないようにしつつも、心の中で切りのいいところまで歌い続けた……。
ケレニャガ山の6号目付近は標高が2500mを越えていて大変寒かったが、8合目にある洞窟に入ると一気に気温が上がったように感じた。
「今なら……未だ……ぎりぎり引き返せるわよ」とロビンが忠告してくれた。
「ここから先は私だけで結構ですよ。ロビンさんはここで引き返してください」
私がロビンを心配してそのように答えると、
「あんた……ほんとに馬鹿――馬鹿も休み休み言え!」
私はロビンから大声で怒鳴られてしまった。
『しまった……ロビンの怒りの炎に油を注いでしまったようだ』
◇◇◇
「着いたわよ……もう引き返せない」
ロビンは声を潜めて自分にも言い聞かせるように囁いた。
私たちは洞窟を抜けてケレニャガ山の嘗ての火口に到着していた。火口の中央には金の王座があり、そこにはなんと全身黒づくめの甲冑を着た黒騎士が一人鎮座していた……。
「…………ロビンさん、あの強そうな黒騎士は何者でしょう?」
「知らないわよ、私もここに来たのは初めてなのよ!」
「そうなのですか?」
「あんた馬鹿……おじいちゃんと私の会話を聞いてた――」
「我が名は火の神、炎廻! 何故お前たちはここに来たのか?」
ロビンと2人でひそひそ話をしていると、黒騎士から先に己が名を名乗り私たちに問うた。
「…………」ロビンが返事をせずに暫く黙っていたので、
「火の鳥の結晶を頂きに参りました」
私はロビンの代わりに尻馬に乗って答えた。
「ばっ、ばか、いきなり本当のことを言うんじゃないわよ」
「えっ、駄目だったのですか? 神様にお願いすれば、もしかしたらフェニックスのクリスタルを『はい、どうぞ』ってくれるかもですよ……」
「そっ、そんな訳ないでしょ――」
「では、お前たちの命を賭して火の鳥の試練に挑むが良い! この試練は己の限界に挑む厳しい試練となるであろう!」
そのように黒騎士は宣した。
「ほら、やっぱり……ダイサク、あんたは下がってて……ここからは私がやってやるわ」
ロビンはそう言って火の精霊が宿る『吹子の剣』を抜いた。
「いえいえ、ロビンさんこそ下がってください。ガンツさんとの約束通り、ここは私が――」
『ドゴォォォッ!』
ロビンのトラースキックを腹に受けて、私の体は又もや『くの字』に折れ曲がった。
「おぇっ――」
「こっ、これだからアイアンは……馬鹿は黙って見てなさい!」
「しおしおの……はい……承知しました」
私が話し終える前であったが、ロビンの凄い剣幕に押されて白を黒と承諾してしまった。私はロビンに言われるがまま、紙袋を被せられた猫のように、そろりそろりと後ずさりした。
「会社員としての長年の生活で身についた習性は、消そうとしてもなかなか消えないものだな。ふっ……」
『――ドゴォォォ~ン、ドガァァァ~ン、バガァァァ~ン』
黒騎士座る玉座の前に置いてあった3体の石像に天より東雲色の光が注ぐと、それらは眩く輝き轟音を立てて木っ端みじんに割れ飛び散った。そして、石像の中から何者かが現れた……。
「あちょぉぉぉ~、技の化身、ゴクウ、見参!」
「さぁさぁさぁさぁ~、知の化身、ハッカイ、推参!」
「うんとこどっこいしょ、力の化身、ゴジョウ、参上!」
私たちの眼前には、3匹の魔獣……ではなく、意思の疎通が出来そうな立派な身なりの魔人のようなものが顕現した。
ゴクウは豪華なデザインが入った金の鎧を装備し、赤いスカーフと股袴を身に着けていた。
ハッカイは黄色の道着を着用し、太り過ぎでおへそが見えている。服の色が私の戦闘服と似ているのがちょっと面白くない。
ゴジョウは深沙大将のような鬼の形相で、髪は怒髪天を突き上半身裸で筋骨隆々。髑髏の瓔珞を首に下げ、象の皮素材と思われる丈夫そうな股袴を穿いていた。また、頭に皿は無かったが、眉間にはクリソベリルキャッツアイのような緑の宝石が埋まり、白い縦筋の光が不気味に光っていた。
「…………なんで3体も? 私はシルバー等級なのよ。ゴールド等級の最強の冒険者パーティの時でさえ、神の使いは1体しか現れたことはないって言ってたじゃないの……火の神の試練は相手の力量に準じたものじゃないの…………」
そうロビンは嘆くように呟いた。
「かっ、神の使いですか?」
「そうよ、火の神……エンカイの守護者……」
「…………」
―猿、豚、河童とは実に面白い―西遊記か? ―
「俺がやる、お前たちはそこで見てろ」
大聖者ような身なりの猿が豚を押し退けてずいと前に出て来ると、猿は身の丈程の赤い棒をぶんぶんと振り回した。
ゴクウの武器は私が思っていた通り『如意棒』のようであった……。
――間違いなく伸び縮みすると思っていた方が良いだろう――
ちなみにハッカイの武器は馬鍬のような、熊手に9本の歯をつけたような形状の『釘鈀』であり。
一方、ゴジョウの武器は刺股のような『降魔の宝杖』であった。
「俺の名はゴクウ、エンカイ様の一番弟子だ! この自慢の如意棒で打ちのめしてやるから疾っ疾と掛かって来やがれ」
ゴクウは如意棒を軽快にくるくると回してしゅっと右脇に抱えた……。
「何時もいいとこ一人占めしやがって、ゴクウの兄貴はずるいなぁ~」ハッカイが声を上げ、
「我は剣さえ手に入れば特に口出しはせぬ」ゴジョウは小さな声で呟いた。
ちなみに沢山の刀を背負っているところを見ると、ゴジョウは茶器ではなく刀集めが趣味のようだ。
「……一騎打ちなら勝機もあるわ、『吹子の剣』よ、猛る炎を集わせ敵を焼き尽くせ!」
『…………』ロビンが力強く詠唱するも吹子の剣に何の変化も起きなかった。
「何を寝ぼけたこと言ってんの? エンカイお師匠様の目の前で、火の精霊がお前たちを助ける訳ないじゃないの。ブッヒィヒィヒィヒィ~」
「えっ……そ、それなら……直接に叩斬ってるあげるわよ!」
そう言うとロビンはゴクウに勢いよく斬り掛かった。
「そんな太刀筋じゃ蚊蜻蛉も落とせないぜ――」
『カンッ――ドン、パッパン、トットン……』
ゴクウは如意棒でロビンの剣を軽く受け止めると、電光石火の如き早業ででロビンの腹を突いてのめらせ、続けて背中と腹を叩いてひょいと彼女を如意棒に乗せた。
「……ほぉ~らよっ」
そう言って、ゴクウはにやりと笑いロビンを私の足元に投げ捨てた。
『ドサッ』
「あぅっ……ちっ、力の差がありすぎる……シルバー等級の私じゃ全く歯が立たない……これじゃあ……神の試練じゃなくて神の制裁じゃないの……」
「ロ、ロビンさん、大丈夫ですか――」
「ばっ、馬鹿は直ぐに逃げなさい…………」
ロビンは消え入るような声でそう言い残して気を失ってしまった。
私はロビンをそっと隅に寝かせると一人前に進み出た……。
「アハッ~ゴクウの兄貴……次はおいらにやらしてよ」
ハッカイが前にしゃしゃり出て来た。
「……お前じゃ……勝てねぇぞ……」とゴクウが忠告した。
「もぅ~兄貴には騙されません。おいらがこんな奴、お茶の子さいさいでやっつけちゃうよ……。女はシルバーであの程度、ましてや男はアイアンでしょ。おいらはゴールドにだって負けないんだから♪」
ハッカイは鼻息を荒くして力強く釘鈀を肩に担ぎ構えた。
「……好きにしろ……豚、おめえじゃそいつには逆立ちしたって勝てねえよ」
「豚は死ななきゃ治らない……なぁ~むぅ~」とゴジョウがお経を唱えた。
「……と言うことで……ここからは私がお相手して差し上げます。お前をこてんぱんにやっつけた後で、その女は有難~く頂きたいと思います。ブッヒィヒィヒィヒィ~」
豚のように下品に笑いながらハッカイがほざく――
「フゥォアァァァァ~」
私は怪鳥のような様な声を腹から出して呼吸を整え腰からパンチャックを抜いた……。
足を大きく開いて右手と右足を前に出しハッカイに対して体を真横に低く構え、親指で額に描かれた『バカ』の文字をすっと拭って、右手人差し指をくいくいっと曲げて奴を挑発した。
―さぁ~、そろそろ俺等おいらの出番だぜっと! ―
『ダァ~ンダダッ、アッチャッ~♪』
戦闘開始の律動が脳裏をさっと通り過ぎた!
ありがとうございました。
三獣士との戦いの結末は如何に?
ダイサクは火の神の試練を乗り越え、フェニックスのクリスタルを手にすることができるのでしょうか?
次回をお楽しみに…




