04 妖艶な悪魔
こんにちは、
全寄生植物の魔物――ラフレイシア――との戦いです。
どうぞお楽しみください。
【妖艶な悪魔】
『ヒュンヒュン、ヒュヒュンヒュン、ヒュヒュンヒュン――』
ラフレイシアの幾多の触手が、物凄い風切り音と一緒になって一斉に襲い掛かってきた。
『ガッゴ~ン、ドッゴ~ン、ドッガ~ン』
私がその触手を紙一重で躱すと、目標を見失った触手は轟音を立てて壁や地面を破壊して大穴を空ける……。
「アッチョオァァァ~」
『パッカ、パッカ、パッカ、パッカァァァーン』
私は怪鳥のような雄叫びを上げながら、ラフレイシアの触手の先端をパンチャクで一つ一つ確実に叩き潰していく……。
『ドサッ、ドサッ、ドサッ』
先端を叩き潰されたラフレイシアの触手は、一旦地面に落ちて動きを止めたように見えた……。
『シュッ、シュル、シュル、シュル、シュル』
しかし、それは直ぐに再生すると再び私に攻撃を仕掛けてくる。
そんな一進一退の攻防を繰り返しながらも、私はラフレイシアの攻撃によって自身の態勢が崩されないように、指先から足先まで中心を保ちつつ、流れるような強く柔らかな円の動きを描いて、徐々にラフレイシアの本丸に近づいていった。
「アッタタタタタァッ〜」
ラフレイシアとの間合いに入ると、己の体を回転させて遠心力を上げ、奴の胴体にパンチャックを5連打で叩き込んだ――
「カッカカカカァ~ン」
私の攻撃はラフレイシアの固い表皮にいとも簡単に弾き返されてしまった。
――想像以上に表皮が固い……まさに特級の怪物だ……が……そうであっても――
「押して参る! 林檎加速」
私は自身をアップルパワーで一気に加速して、一度ラフレイシアと距離を取ると、アイテム袋から櫓のような形状をした一振の刀――オールウイング――を取り出した。
「チェストォォォー」
私はオールウイングを正眼に構え、真正面からラフレイシアに突っ込んだ――
『ヒュン、ヒュヒュン、ヒュヒュヒュン!』
ラフレイシアは一斉に全ての触手を鞭のように撓らせて、死に物狂いで襲い掛かってきた――
「縮空!」
その刹那、私はアップルパワーを使って一瞬で空間を圧縮して歪めると、ラフレイシアの頭上に空間を通り抜けて躍り出た――
『ザザッ、ザザッ、ザザザッ~キュキュイ~ン』
いち早く違和感を感じとったラフレイシアは、全ての触手を頭上に集めると、それぞれの触手に魔力を通して強化し、鉄壁の守りで防御した。
『流星ぃぃぃ~唐竹割りぃぃぃ~!』
私は林檎引力を使って超常加速すると、空気との摩擦熱によって流星の如く真っ赤に燃え上がったオールウイングを、ラフレイシアの脳天から垂直に叩き込んだ――
「ズドゴッジュババババァァァ~ン」野太い音がその空間に響く……。
ラフレイシアは幾重にも重なった触手と一緒に、オールウイングによって竹を縦に切り裂くように真っ二つに切り裂かれ、真っ赤な炎を上げて燃え上がり、膨大な黒紫色の魔素を放出しつつ消えゆきにけり……。
そして、激しい戦いの跡には……『紫魔石』とレアドロップアイテムの『覇王多撃の鞭』が落ちていた。
私はそれを拾うとアイテム袋にさっと仕舞い込んだ。
ちなみに、私が使った技――縮空――は、いわゆる瞬間移動だ。
アップルパワーを使って三次元空間を強引に圧縮して歪を作り出し、その歪を通り抜けて三次元の2点間をショートカットしたのだ。
この原理を簡単に説明すると、平らなゴムのシートの上に重い鉄球を置くとゴムは沈む。その近くに別の鉄球を置くと二つの鉄球の間は沈んで凹み、その凹んだ場所に向かって各々の鉄球は転がり衝突する。
これが重力と万有引力の概念であり、単位質量辺りの重力による位置エネルギーが大きければ大きいほど、空間により大きな歪を作ることが可能となり移動距離も延びるのだ。
私はこの技を会得するまでに丸一年半の月日を要した……。
しかし、戦闘の幅が大きく広がり、本当に頑張った甲斐があった。
縮空を使うことによって、まさに鳥よりも、飛行機よりも、いや光よりも速く自分の望む場所へ瞬間的に移動できるのだ。
「うぅぅぅ~ん」フィーアが気づいた。
「フィーア、大丈夫?」
「……ダッ、ダイサクさん……わっ、私は?」
「少し気を失っていたようだね……でも、もう大丈夫……あとは少しお話をするだけだからね……」
「おっ、お話……お話をするの?」
フィーアはさっぱり訳が分からないという珍紛漢な顔をしている。
「いやいや、フィーアとじゃなくて……あちらの御仁とさ……」
私はラフレイシアが位していた後方の暗闇に向かって話しかけた――
「貴方も私と戦うのですか? いつまでも隠れていないで、もうそろそろ出てきたらどうでしょう……」
「……あらぁ~……見つかっちゃったのぉ~」
正体不明の何者かが暗闇から浮き出た……。
それは肩ほどまで伸びた美しい漆黒の髪と紅玉の瞳を持ち、上半身は天使のような透き通った穢れのない無垢な肌、下半身はゴムのような真っ黒な柔軟性のある艶めかしい皮膚を呈していて、美しく淫らなボディラインが際立っていた。
その風姿はあたかも――妖艶な悪魔――の様相を呈していた!
「それほどまでに膨大な魔力を持っていたら、どんなに隠そうとしても隠し切れませんよ。山鼠が光った尻尾を丸出しって感じですね☆彡」
「失礼ねぇ~私の尻尾は丸くないわよ~」
その者は黒くて先が三角にとがった悪魔の尻尾を、私に見なさいと言わんばかりにくねらせた。
「私の名前はシーラパーナ……悪魔よ、あっ、くっ、まっ……今後ともよろしくねぇ~」
そう言うと悪魔はモナリザのように怪しく微笑んだ。
「……えっ……あっ、悪魔ですか!?」
悪魔は魔人の上位階級の存在で、魔王と同等以上の力を持つと言われている。
「それでぇ~……あなたは一体何者なの~?」
シーラパーナは真っ赤な唇に左手の人差し指を当てて質問してきた。
「私はダイサク、しがない普通の冒険者ですが……」
私はシーラパーナから目を離さないようにしてポーカーフェイスで答えた。
「しがない普通の冒険者ねぇ~……そんなに強いのにぃ~……そんなの有り得な~い。全然普通じゃないわよぉ~だってぇ~……あなた力の底、全く見えないじゃないのぉ~……あ~あ、私の大切なラフレイシアちゃん、いなくなっちゃった……」
――ラフレイシアは間違いなくこの悪魔が用意した魔物のようだ――
「私たちは早くこの空間から出たいだけなのですが……」
子飼いの魔物を失って、少し悲しそうなシーラパーナに直談判してみると、
「ええ~見逃してくれるのぉ~」
「はい、戦うつもりはありませんよ……私たちを元の場所まで無事に送り返してさえ頂ければ……」
――相手の手の内を読めない状況で、向こうに戦う意志がないのに、こちらからわざわざ戦いを仕掛ける必要はないだろう――
「いいわよ~ん……すぐに転送してさしあげるわぁ~……それじゃぁ、また会いましょう……さようならぁ~――」
『シュィィィ~ン』
シーラパーナがそう言うや否や、私たちの足元に魔法陣が現れてぴかぴかと輝き回りだした……。
◇◇◇
「…………!?」
ハッと気付くと、グッときて、パッと元の場所に戻っていた。
「フィ、フィーア……大丈夫?」
「……だっ、大丈夫、大丈夫だけど……ダイサクさん、あの人は誰なの?」
フィーアは涙目で私に尋ねてきた。
「シーラパーナって言ってたね……一体何者だろうね?」
私はシーラパーナが悪魔だということを、フィーアには隠しておくことにした。
知らぬが仏という諺のように、真実を知らない方がいいことは世の中に沢山ある。フィーアが悪魔の存在を知ってしまうと、余計なトラブルに巻き込まれてしまうかもしれない……。
それから私たちはダンジョンの3階層でぱっぱと薬草を採取した後、迷宮から出てフィーアと一緒に冒険者ギルドに向かったのであった……。
◇◇◇
冒険者ギルドの中はいつにも増して騒ついていた。
「……何かあったのですか?」私は傍にいた冒険者に尋ねた。
「でっ、出たってよ!」
「……えっ、何が出たのですか?」
「おめえは呑気なやつだなぁ~……冒険者の間で出たといやぁ~怪物か化物と相場が決まってるじゃねえか! 別の迷宮でな、でっけえ花の怪物に遭遇して、ゴールドやシルバーの冒険者が大勢やられちまったって噂だぜ……。おお~怖ぁぁぁ~……お前もせいぜい気をつけるこったなっ!」
『ドンッ!』
「おっとっとっ~」
私は冒険者のおっちゃんに背中を思いっきり強く叩かれ、その拍子でそのまま受付嬢のアイリの前まで躍り出てしまった。
「アイリさん、只今帰還しました。それで……つつがなく依頼の薬草を採取してきました」
「あっ、ダイサクさん……やっ、薬草でしたね。それでは査定して参りますので、しばらくお待ちください」
アイリに薬草を渡すと、彼女は裏の事務室に入って行った。
…………暫く待っているとアイリが受付に戻ってきた。
「薬草1㎏の納品でしたので銀貨2枚となります。どうぞお確かめください。……何はともあれ無事で安心しました。巨大な花の怪物――ラフレイシア――が現れて……ゴールドランクやシルバーランクの冒険者たちに多くの犠牲者が出ているということで――ギルド緊急警報――が発令された模様です……。恐ろしいですね~怖いですね~ぞっとしますねぇ~」
「そうなのですか? 私も十分に注意します。もしダンジョンでそんな特級の怪物と出くわしたら一目散に逃げますよ♪」
私はラフレイシアを思い浮かべてながらアイリにそう答えた。
「ぜっ、是非そうしてくださいね。ゴールドランクの冒険者が敵わないような怪物に襲われたら、アイアンランクのダイサクさんなんて一瞬で殺されてしまいます! そんな特級の怪物を見かけたら脇目も振らずに逃げるのですよ!!」
そう言うとアイリは優しい目をして微笑んだ……。
「承知しました。アイリさんの言われる通り一目散に逃げることにします」
「ダイサクさん……右手を出してください」
アイリにそう言われて右手を差し出すと、彼女はその細い小指を私の小指を強く絡めた。
「指切りげんまん……ですよ。……約束を破ったら……頬っぺたぶっちゃいますからね☆彡」
アイリは優しくも厳しく、私に警告してくれたのだった。
――アイリさんに追加で針千本飲まされないよう注意しましょう♪――
ありがとうございました。