41 ビスマルク
『日曜ダイサク劇場』をどうぞお楽しみください。
――ず~ず~ずっこけた――
【ビスマルク】
私が『幻影の迷宮』から出ると、入り口付近でオーレリアが静かに待っていた……。
「オーレリア、只今」
「ご無事で何よりです。終わったのですか?」
「ああ……終わった。かな……」
「……何か問題でも?」
「ごめん……オーレリアと大道芸で稼いだ銅貨を全部無くしてしまったよ」
「構いませんよ……お金はまた大道芸で稼げばいいじゃないですか。ダイサクさんはギターを弾いてください♪ 私、一生懸命に踊りますから」
オーレリアは百点満点の嬉しい回答を返してくれた。
「ありがとう。それともう一つ……こちらの方が厄介なのだけれど……蚕たちの命を救って欲しいと、魔人パピヨンに頼まれてしまったよ」
「そっ、そうですか、蚕たちの命を救うにはどうすれば……」
そう言ってオーレリアは神妙な面持ちで何かを考え始めた。
「とりあえず、一度宿に戻って着替えてから、魔物討伐と魔人パピヨンについて、冒険者ギルドへ報告に行こうか」
「はい、わかりました」
途端に彼女はぱっと笑顔になった。
◇◇◇
冒険者ギルドに立ち入ると、冒険者同士のひそひそ話が耳に入ってきた。
「でな、アンデットの魔物の群れが現れてよ、そいつらが手強いのなんのって、倒しても、倒しても化けて出てきてよ、俺らのパーティは散り散りばらばらになってよ、そこから逃げ出したのさ。そこに現れたのが、光り輝くあの美しい女神様だ! 『キィーン、キャシャーン、ピカーン』で、アンデットの魔物たちは、あっ、という間に全滅だぜ。いっやぁ~おっめぇにも見せたかったぜ」
「女神なんて、お前の見間違いだろ? きっと逃げるのに必死で幻でも見たのさ……なんてったって、あそこは幻影の迷宮だからな! うんうん」
そう言いながら別の男が腕を組み、うなずきながら答えると……、
「いんや、あれはぜってぇに幻なんかじゃねぇ! 嬢ちゃんもそう思うだろ?」と言って、
その冒険者は通りすがりのオーレリアへ突として話し掛けた……。
「えっ、なんでしょう?」
オーレリアは急に先輩冒険者に話を振られて、何のことか分からない珍紛漢紛のご様子だったが、間違いなく隣にいる誰かさん――オーレリア――のことだろうと思いつつも、取り敢えず冒険者たちの会話は聞かなかったことにした。
――彼女を普段着に着替えさせておいて本当に良かった――
「すみません…、魔物、倒してきました。確認をお願いします」
オーレリアが受付嬢のペネロペに声を掛けた。
「えっ、もう戻られたのですか……それでは魔石を見せてください」
「はい、よろしくお願いします」
『ガラガラ~ゴロゴロ~コロン』
オーレリアが麻袋の口を傾けると、沢山の黄魔石と一つの青魔石が転がり落ちた。
「えっえぇぇぇ~! こっ、こんなにたくさんの魔物を討伐されたのですか……あっ、あぉ、青い……青魔石まで混じっていますよ! 一体全体どのようにして、これだけの数の魔物を討伐されたというのですか?」
「相手が『お化け』だったので、私の魔法と相性が良かったみたいです。とっても、幸運でした♪」
「幸運……ですか!?」
「はい、私は幸運な少女です」
「運だけで青魔石の魔物を討伐した冒険者の話なんて……そんな話……これまで一度も聞いたことないのだけど……」ペネロペは素になり小さな声でぶつぶつ呟いている。
「これで見習い冒険者の試験は合格ですか?」とオーレリアが尋ねた。
「えっ、ええ、この成果ならば……見習い冒険者の『ウッド』どころか『アイアン等級』を飛び級して……『ブロンズ等級』いや『シルバー等級』への特進も十分にあり得ますよ!」
ペネロペは机から身を乗り出して叫んだ。
「えっ、私がダイサクさんのアイアン等級を飛び越えて、冒険者になるなんてあり得ません。全くの力不足です」
「オーレリアさん……よく聞いてください……青魔石の魔物討伐ですよ……ゴールド等級の冒険者パーティのクエスト内容ですよ! せめて飛び級への申請だけでもお願いします」
そう言ってペネロペは必死に食い下がったが……。
「いいえ、見習い冒険者の『ウッド』から始めます!」
オーレリアはずばっと即答した。
――この頑固なところは祖父のビスマルク様譲りなのかもしれない――と心中思った
「いくら魔物との相性が良かったとは言え、青魔石の魔物を単独で討伐できる冒険者が、見習い冒険者の『ウッド』なんて……ギルド長に何と言って報告すればいいのよ……」
ペネロペはずっと心ここにあらずの状態で、何やらぽつぽつ呟いていた……。
しかしながら、私はペネロペの彼のショックからの立ち直りを待たずに、続けて『魔人パピヨン』についての怒涛の報告を行うことにした――
「それから、蚕が糸を吐かなくなった理由が分かりました」
「えっ、どっ、どこからその情報を得られたのですか?」
ペネロペが我に返って私に聞き返してきた。
「魔物が遠隔精神感応で伝えてきました」
「遠隔精神感って? もっ、もう多少のことでは驚きませんよ! まぁ~そのテレパシ~についての話は後回しにしましょう。それで……蚕が糸を吐かなくなった理由は何だというのでしょうか?」
「たくさんの蚕たちが殺されているから、糸を吐かないそうです」
「蚕たちが殺されている……!? 確かに糸をとるために繭を天日で3日間乾燥させるので、繭の中の蚕はその時に死んでしまいますが……」とペネロペは小さく呟いた。
「蝶の魔物の正体は蚕の精霊でした。蚕の精霊たちが集まって魔素を触媒に強い力を持った魔人となり、人がこれ以上蚕を殺さない様、求め訴えたかったようです」
「そうですか……えっ、ま、まっ、魔人ですか!?」
「はっ、はい……その蝶の魔物は『魔人パピヨン』と名乗っていました」
「そっ、そっ、その魔人パピヨンはどうなったのですか?」
ペネロペが受付机に突っ伏して尋ねる……。
「魔人パピヨンは光の粒になって、幻影の迷宮の宙に消えてしまいましたが、蚕が殺され続けるならば、再び現れて人に危害を加えると言っていました」
「どうして蝶の魔人は消えてしまったのですか?」
「理由はよくわかりません……私の推測ですが……単なる寿命だったのではないでしょうか」
そう言ってオーレリアを流し目に見ると、彼女は微笑んで私にぺろっと舌を出した……。
「あっ、ありがとうございます。こっ、この情報提供の報酬ついては、依頼主に報告後の支払いとなりますが……それで宜しいでしょうか?」
「はい、結構毛だらけ猫灰だらけです」
「猫が灰って……了承されたということで宜しいですね?」
「はい、それで結構です。では、これにて失礼します」
軽妙洒脱な駄洒落を言って、私がオーレリアと一緒にその場を後にしようとしたところ……。
「あっ、オーレリアさん」ペネロペがオーレリアを呼び止めた。
「魔物討伐のすぐ後で大変申し訳ないのですが……ビスマルク様より貴方に目の治療の指名依頼が入っています……受けて頂けませんか?」
「指名の依頼ですか……?」
「はい、先日、宿屋パリカールのフランソワーズさんの左目を治療されましたね。その話を聞いたビスマルク様が、自分の目も診てもらえないかと、オーレリアさんへ指名の依頼されたようなのです」
「ビスマルク様はアークライト工場の創業者であり、紡績都市ミュールで最も力のある権力者です。冒険者ギルドの面子にかかわるため、この依頼だけは、どうしても受けて頂きたいのですが……」
「はい……でも……」
「目の治療が大変難しいことは、当方も十分に承知していますので、例え治療できなくても罰則は無ということでギルド長も承諾されています。ギルド長も高々見習い冒険者の魔法で、ビスマルク様の目が治療できるとは思っていないようですし……あっ、ごめんなさい」
ペネロペの口から、ついつい心の声が漏れてしまっっていた。
「いえ、確かに治療の保証はできませんので……」
オーレリアが何となく自信なさげに話をするので、
「なんくるなるさぁ~その依頼……駄目元で受けてみたら……」
「わかりました。その依頼、謹んでお受けいたします!」
オーレリアの背中を少しだけ押してあげると、彼女の中で何かが吹っ切れたのか、きっぱりと英断を下したのであった。
◇◇◇
その日の夜は宿屋パリカールの食堂で、細やかながらオーレリアの冒険者資格取得の合格祝いを行うことにした。テーブルには宿自慢の腸詰肉料理がところ狭しと並んでいる。
ふわふわ食感とハニーマスタードの相性が絶妙の『ヴァイスブルスト』、小指サイズのウインナーで、強めのハーブが癖になる『ニュルンベルガー』、パウンドケーキの型に入れて蒸し焼きにした『レバーケーゼ』、挽肉、ホウレン草、玉ネギを一口大のパスタ生地で包んだ『マウルタッシュ』のスープなどなど……。
注文した料理とサービスの料理が相まって、いろんな腸詰肉料理が出てきた。
サービスの料理は、フランソワーズさんの目の治療のお礼を兼ねていたようで、オーレリアと私の二人だけでは、とてもとても食べ切れる量ではなかった。
腸詰肉料理の中でも、私の一番のお気に入りは『レバーブルスト』だ。
カリカリに焼いた素朴なパンにバターが塗ってあり、その上にたっぷりのレバーペーストと輪切りにスライスしたトマトが乗っていた。
『ムシャムシャ、パクパク、ガツガツ、ガッツ……』
「ごちそうさまでした。ダイサクさん……私……もうこれ以上食べられませ~ん」
オーレリアが先にギブした。
「私もお腹いっぱい、おいしゅうございました!」
私もタヌキのように腹鼓を打つと、直ぐに続いてギブした。
――ポンポコリン――
こうして私たちは、ちょっぴり豪華な祝賀会を終えたのだった……。
――それにしても肉肉肉の晩餐だった……明日の夕飯は肉抜きのベジタリアン(菜食主義)な食事にしよう――
◇◇◇
『パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ………………』
次の日の朝、私とオーレリアは迎えの馬車に乗って、ビスマルク様のお屋敷を訪問した。
その屋敷は都市の中心にあり、銅製の高い柵で囲われた広い庭園には大きな噴水が設置していた。
豪華なU字型の建物の凹んだ位置に玄関があり、街の大通りが、真っ直ぐビスマルク様のお屋敷まで伸びているようで、紡績都市ミュールが彼を中心に回っているというのも頷ける。
――この庭園を一般に開放してあげれば、市民の良い憩いの場になるのになぁ』
『パッカ、パッカ、パッカ、ヒヒ~ン、ブルルル~』
馬車が玄関前の馬車回しに着いた……。
「ダイサク様、オーレリア様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
そこにはお屋敷の玄関に執事のセバスチャンが待っていて、私たちは直ぐにビスマルク様の個室に案内された……。
『コンコン』
「旦那様……お二人をお連れいたしました」
「うむ、通しなさい」
「承知いたしました」
セバスチャンが静かにドアを開けると、そこにはビスマルク様、医師のジャック、フランソワーズが待っていた。
「ビスマルク様……進めて宜しいでしょうか?」
ジャック医師がお伺いを立てた。
「うむ、任せる」
「早速ですが、フランソワーズさんを治療されたのは貴方ですか?」
ジャック医師が私に尋ねた……。
「いいえ、私ではなく、こちらのオーレリアが治療しました」
「そう、このお嬢ちゃんに治療してもらったんだよ……ほんと……アルモンド様にそっくりだよ!」
案の定、フランソワーズは治療には全く興味がないようだ……。
「本当に、アルモンドそっくりなのか?」
ビスマルク様がフランソワーズに訝しみながら問い掛けると……、
「ほんとうに、アルモンド様の小さい頃のお顔にそっくりですよ、ビスマルク様。あの娘を見た時、神さまがお遣わしになったんじゃないかと、びっくりしたんですよ!」
フランソワーズは二つ返事をした。
「こんな若い娘が貴方の目の治療をされたのですか?」
話に割り込むように、ジャック医師がフランソワーズに質問すると……、
「はい、この子ですよ、ほんとアルモンド様に瓜二つ!」
「そっ、そんな、貴方の左目はビスマルク様のご病気と一緒だったはず…
たとえ治癒魔法を使ったとしても、決して治るはずはないのです!」
「でも、私の左目はしっかり見えていますよ、ほんと、アルモンド様そっくり」
フランソワーズは治療には全く興味がないようだ。悟無好悪(さとればこうおなし)――あるがままに見る――この点は是非とも見習うべきだ。
――フランソワーズさん、流石年の功!――と思った。
「分かりました。それでは始めてもらえますか……」
ジャック医師がオーレリアに治療を促した。
「ビスマルク様……初めまして……オーレリアと申します。治療を始めてもよろしいでしょうか?」
「オーレリア? はて……どこかで聞いた名だが……まぁいい……早くやってくれ」
「承知しました……では……治療を始めます」
『ヒ~ル!』
オーレリアが目をつむり全集中で呪文を唱えると、まばゆい光がビスマルクの左右の目にゆっくりと集まった。
その光が消えると彼の両目の白い濁りはすっかりと消えて、透明な澄んだ金の瞳に変わっていた。
――すばらしい。オーレリア、完璧にゃぁ~――
「……終わりました」
「ビスマルク様……如何ですか?」とジャック医師が尋ねると、
「うむ……」
ビスマルクは頷くと、ゆっくり周りを見渡した……。
「ああぁ~み、見える……見えるぞ!」と声を上げると、
「そ、そんな、馬鹿な……たかがヒールだぞ、どうして治るのだ……まっ、まさか、二度も続けて奇跡が起きたのか?」とジャック医師が声を荒げた……。
「奇跡なんかじゃありませんよ。ダイサクさんから習った通りにやっただけです」
オーレリアが赤い髪を閃かせて、にこりと笑って答えたので、
「初級治癒魔法の『ヒール』も使い方次第なのですよ」私も思わず便乗して言い足してしまった。
――馬鹿と鋏は使いよう! 要は何を使うかではなくて、どのように使うかが重要なのだよ。ルンルン♪――
「ア、アルモンド!?」
オーレリアを見たとたんビスマルクが驚きの声を上げた。
「い、いや……アルモンドは死んだはずだ……オーレリア、オーレリア……何処かで、何処かで聞いた名だ……も、もしかして……い、いや間違いない。お前はアルモンドの娘のオーレリアではないのか!」
ビスマルクはオーレリアに聞いた。
「はい、ビスマルク様……私はアルモンドの娘のオーレリアです」
ビスマルクは父親のアルモンドと母親のリアが、既に亡くなったことを知っていたらしく、孫娘のオーレリアを長らく探していたのだった……。
「オーレリア、お前は何故すぐに私の下に来なかったのだ! 儂はずっとお前を探しておったのだぞ!」
「お爺様は、大事な息子を奪い取ったお母さまをとても憎んでいて、お父様とお母様の結婚を、最後まで認めていないと伺っていたので……」
「ごめんなさい」
俯いて喜びの涙を流すオーレリアへ……、
「そ、そんな……お前を悲しませて、すまなかった……だがもう離さん、もう二度と離さんぞ! これからは、ずっと儂の傍にいておくれ」
ビスマルクがオーレリアを抱きしめると、二人は温かい幸せの涙を流して喜びを分かち合ったのだった。
その二人を見守るフランソワーズさんも泣いていた。
私も涙を堪え切れずに天を仰ぐが、溢れた涙が頬をつつっと伝う。
――体はまだまだ若くても、私の心は数え年60歳、年を取ると涙もろくなっていけねぇや――
その傍らでは医師のジャックと執事のセバスチャンが、驚き、桃木、洗濯機、大の男二人は腰を抜かしよろめいて、ふかふかの絨毯に足を取られて尻もちをついていた……。
それから、オーレリアからビスマルク様に蚕の話をしてもらい、時間効率は悪くなるけれども、乾繭工程での作業手順を変更し、繭から蚕の蛹を一個ずつ取り出してから、専用の容器で羽化させた後、元気な蚕を近くの森へ放つこととなった……。
これで魔人パピヨンとの約束も果たせたし、蚕も元気よく糸を吐いてくれることだろう!
――これにて一件落着……よっ、めでてえな……へぃ――
◇◇◇
次の日の朝、私は紡績都市ミュールの正門にいた。
そこへオーレリアとビスマルク様が見送りに来てくれていた。
「オーレリア……ここでお別れだ……お爺様と仲良くしろよ!」
「ダイサクさ~ん……これでお別れなんですか? お別れなんですね……」
オーレリアは今にも泣き出しそうに微笑んでいる……。
オーレリアと一緒にいたのは一月弱という短い期間ではあったが、共にいろんな経験をした充実した時間だったとしみじみ思う。
「何かあったら連絡して」
私が電話の形で左手を耳に当てると……。
「はい、承知しています……冒険者ギルドの伝言板ですね」
オーレリアは素直に返事をした。
「ダイサクよ……孫共々、ほんとうに世話になった……お前は儂と紡績都市ミュールの恩人だ! 孫を見ること叶わぬ儂の目を治し……蚕は再び糸を吐き始めた……」
「ビスマルク様……蚕の命……よろしくお願いいたします」
「うむっ、承知した……それは任せておきなさい。
儂の目の黒いうちは、蚕の一匹たりとて、殺らせはせん! 殺らせはせん! 殺らせはせんよ!! わぁはははははっ~」
「ビスマルク様、ありがとうございます」
「オーレリアも頑張って……あと……ヨーグルトもよろしくね!」
私は中指と人差し指の二本を揃えると、額からぴっと離して挨拶した。
オーレリアにはヨーグルトの大量生産と販売をお願いしている。美味しいし健康にも良いので、是非とも異世界でも一般に流通させて欲しい!
「はい、承知しています。『ミュールヨーグルト』を何処の街でも手軽に食べれるようにして見せます。ダイサクさん、楽しみにしていてください!」
三大発酵食品の一つであるヨーグルトは、オーレリアが何とかしてくれそうだ!
日本でも売れ筋の、プレーン、イチゴ、ブルーベリー、無花果、そしてオリジナルの桑の実といった、味違いのアイディアも彼女へ伝承している……。
――あとは、納豆とキムチをどうするかだな――
「オーレリア、さようなら、元気でね」
「霧さえ出ていなければ、ここはとても見晴らしの良い場所なのですが……ダイサクさんの折角の旅の門出なのに……ちょっと残念です」
「うむ……ミュールはよく霧がかかるからな……こればかりは致し方無いのだ」
「安心してください」と言って私は話を続けた……。
「オーレリアは先に帰ったので、冒険者としての実戦でのレクチャーができなかったよね。最後に冒険者の先輩として、戦闘において大切なことを一つ教えておくね。パンチは予備動作を入れずに、瞬時に打ち抜くように打たないと駄目だよ。こんなふうに、さっ――流星、ファントムゥゥゥ~――」
『ドッゴォォォ〜ン……シュワワワワァ~』
すると、地表付近の大気中にあった多数の微水滴は、きれいさっぱり吹き飛び、霧が晴れて明るい日が射した。
「てっ、こんな感じかな……」と言ってにやりとオーレリアに笑いかけた。
「す、すご~い……やっぱりダイサクさんが魔人パピヨンをやっつけちゃったのですね……」
「うむ……儂の目は治ったばかりで、未だ本調子でないようだ……」
ビスマルクは呟き息を飲むと、青く晴れ渡った空を仰いだ。
「それではこれで失礼します」
「ダイサクさん……お土産話を楽しみにしています。また来て……いえ、ミュールヨーグルトができたら持って行きます」
そうオーレリアはきっぱりと言い切った。
オーレリアとビスマルクの二人は、ダイサクの姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。
「オーレリアよ、ダイサクとは一体何者なのだ?」
一生懸命に――さようなら――の手を振るオーレリアに、両手を合わせ神に祈るビスマルクが尋ねた……。
「ダイサクさんは私に幸せを運んでくれた神様です。モレアの村で生贄となっていた私を、用心棒の侍、蛸の魔人、津波から救い出し……魔法使いと冒険者に育て上げ……蚕と紡績都市ミュールを守り……最後にはお爺様に逢わせてくれました。まるで、一生分の運を一度に使い切ってしまった気分です」
『んっ……オーレリア……生贄、生贄とはなんだ!?』
不適切な言葉に引っかかるビスマルクを余所に、オーレリアは言葉を紡いだ……。
「きっとお母様が天国で神様にお願いしてくれたんです」
「……そうかアルモンドの嫁のマリが……」
「儂はお前の母親には一度も会わなかったが、アルモンドが愛した女だ、きっと素晴らしい女性だったのだろうな……お前をこんなに素晴らしい娘に育て上げたのだからな」
「はい、お母さまはお爺様が考えていたような人ではありません。優しくて、賢くて、美しい、素晴らしい女性でした」
「そ、そうか……そうだったのだろう……アルモンド……マリ……お前たちの結婚を許さず本当にすまなかった。この儂を許しておくれ……そして……オーレリアに逢わせてくれて本当に――ありがとう――」
「うふふっ……お爺様……踊りはお好きですか?」
後悔の涙を流すビスマルクを見て、オーレリアは微笑みながら彼を踊りに誘った……。
「んん……ははは……遠い昔のことでもう忘れてしまったな……オーレリア、儂は踊れんぞ」
「大丈夫ですよ……私が付添してさしあげますから」
「おい、こら……オーレリア……やめなさい」
「うふふっ……お母様はダンスがとてもお上手だったんですよ!……お爺さま、早く、早く」
二人は幸せの涙を流して手と手を取り合った。
万感の思いを込めて二人は踊り……、
万感の思いを込めて俺は己が道をゆく……。
ここで一つの旅が終わり、また新しい旅立ちが始まる。
さらば、オーレリア……、さらば、少女との日々……。
オーレリアと過ごした日々で、実の愛娘のことを思い出し、寂しくもの悲しい気持ちになってしまった……。
――ショパンの別れの曲、練習曲 作品10 第3番 ホ長調――そのピアノのメロディーが物悲しく私の心に聞こえていた……。
さぁ、出発だ、今、日が昇る! 顔を上げると頬を撫でる光風が心地いい~。
透き通った青い空に白い雲、見渡す限り一面に広がる桑の花、
「さて、あの丘の向こうには、どんな出会いや冒険が待っているかな」
再び歩み出したダイサクの心は、再会を果たした二人の心のようにすっきりと晴れわたっていた。
『ダァ~ンダダッ、アチャッ~』
劇終の律動リズムが心の中を通り過ぎた☆彡
『鬼の目にも幸せの涙』の巻(終)
ありがとうございました。
ドイツの本格ハム・ソーセージはとても美味しいですね。
さて、次からアマゾネス編が始まります。
いきなりダイサクに最大の危機が……また最強の蟲の王とは一体!?
次回をお楽しみに!




