40 魔人パピヨン
こんにちは、
いよいよ魔人パピヨンとの大決戦です。
どうぞお楽しみください。
【魔人パピヨン】
「オーレリア、魔人パピヨンとの話し合いは決裂した……というよりも、奴の言い分の方が尤もかつ正論だと思う。知りたい情報は手に入れたので、とりあえず疾く疾くとこの場から退散しよう」
「はい、わかりました」
そう言ってオーレリアはこくりと頷いた。
「それから『白金の鎧』に魔力を流しておいて……そうすれば大抵の攻撃は凌げるはずだから……」
オーレリアに指示を出し、急いで今来た道を引き返そうとしたのだが、魔人パピヨンは既に先回りして空中で静止し、大小四枚全ての羽を大きく広げて私たちの行く手をさえぎった。
『鈍間な亀の如き人間が、魔人たる私から逃げきれると思ったのですか? 人とは本当に愚かぶで、度し難い生き物ですね、フフッ』
そう言うと魔人パピヨンは口角を上げた。
「こうなったら、伸るか反るかです。乾坤一擲、オーレリア、いっきま~す――」
「こっ、攻撃しちゃ駄目だ――」と慌てて彼女を呼び止めたが、時すでに遅し……。
「ホ~リィィィ~ライトッ!」
アーマースケルトンの部隊を一撃で葬った、聖光の礫が魔人パピヨンに降り注ぐ――
『シャララララァァァァァ~』
だがしかし、『鱗粉反射鏡』と魔人パピヨンが何かを念じると、聖光照射は奴に届く前に宙に消えた。
いや、消えたというよりも、私には攻撃魔法が奴の周りで拡散した様に見えた。
――恐らくは宙に漂うあの金色の鱗粉が魔法を拡散したのだろう――
拡散した魔法は、直ぐに再び収束して私たちの方へ跳ね返って来た――
『ドッピュピュピュピュピュー』
細いレーザービームのような魔法光線が四方八方から降り注ぐと、オーレリアの白金の鎧は、狙い通り魔法光線を吸収し、鏡の小盾はその攻撃を見事に反射した。
それに引き換え、私の装備のジャージには魔法光線を防ぐ機能は何も付いていない……。
『アッチャチャチャチャォ~』
私は熱された船の甲板の上で慌てふためく蛸のように、蛸踊りしながら魔法光線を紙一重で躱すしかなかった。
「あっ、あら……ごめんなさい……ぷぷぷっ…」
オーレリアは私の踊りを見ると、とりあえず謝りはしたが、笑いをこらえ切れずにさっと私から視線をそらした……。
「オーレリア……私が時間を稼ぐから、その隙に『天使の翼』を使って、早くこの場を離れて――」
私は気を取り直してオーレリアに次の指示を出した。
「わっ、わかりました。お気をつけて!」
『シュオォォォ~ン』
天使の翼が魔力で溢れ白く輝くや、その光は一気に推進力エネルギーへ変換される――
『シュゴォォォォォ~』
けたたましい音を立てて、彼女はオーラバトラーの如くその場から飛び去った。
私はオーレリアが戦場から離脱するのを見届けると……。
「うわぁっ~やぁらぁれぇたぁ〜これで私の人生は終わりなのかぁ~絶景かな、あっ、絶景かなぁ~……三途の川が見えまするぅ〜」
魔人パピヨンの目をこちらに向かせるように、わざとらしく大声を上げると……。
『クルルン、バタン、ガクッ……』
魔法光線が当たった振りをして、二回転半しながらその場に倒れて首を傾げ、二の腕越しに、横目でちらりと魔人パピヨンを見やった……。
『フフッ、あと一人……蟻の子一匹逃がしません』
魔人パピヨンの羽が光ったかと思うと、両羽の目玉模様に光が収束し、高速で逃げるオーレリアの背後から、何か良からぬものを発射しようとしている……。
「やらせないよ――林檎加速」
『ドッカァァァ~ン』
私は瞬く間に魔人パピヨンの前に躍り出ると、弓を引くナックルパンチを、触角の間にある額目掛けて一発お見舞した……。
『キュキュン……なっ、なにっ……』
何が起きたか分からずに後ずさる奴を尻目に、私は腰からすっとパンチャックを抜く……。
「ハァァァァァ~」
私は怪鳥のような声を出しながら、腹から息を吐き出して呼吸を整えると、足を大きく開いて、右手と右足をずいと前に出し、魔人パピヨンに対して体を真横に構えた。それから片方のパンチャックを左の脇に挟み、親指で左の頬に付いた金の鱗粉をすっと拭うと、ラメ――きらきらの鱗粉――を付けた左目で、ぱちりと天使のウインクをかまし、右手人差中指でこいこいをして奴を挑発した。
――さぁ~『怪獣大決戦』の始まり、始まりだぁ~――
『たった今、貴方は魔法光線で撃ち抜かれたはずではないのですか!?』
「あっ、あれのことですか……」
私がたった今居た場所を右手人差し指ですっと指し示すと、なんとその場には幾重もの魔法光線が空中で静止した状態となっていた。
「林檎時間停止、超重力場解除」
『ドヒュー、ドヒュッ、パーヒュー、バチバチバチ』
アップルパワーの超重力の束縛から解き放たれ、時を戻された魔法光線は、動き出した瞬間に衝突し、火花を散らして弾け飛んだ。
「残念ながら貴方の攻撃は私には届いていません……アカデミー賞、エミー賞、トニー賞の三冠王にさえ成れるかも知れない私の名演技に……貴方はまんまと騙されてしまいました――やっおぅ~」
『ブゥゥゥ~ン』
魔人パピヨンの右手に突然刃渡り1メートル程の長さの『妖精剣』が顕現した。
奴は何も言わず冷ややかな目を向けると、私の周りを蝶のように舞って、蜂のように突き刺してきた。
――蝶だけに舞うんだよ……ひ〜らひらのふ〜わふわ――
『シュラ、シュシュシュシュシュッ』
最後の侍ソウシを上回る程の超高速の突きが私を襲撃した――
『パッパッパッパッパッカァァァ~ン』
私はパンチャックを双節棍のように使って奴の突きを弾くと、隙をついて素早く牽制の一打を叩き込んだ――
「アチャチャォォォ~」
『カラッブ~ン』
なんたることか、パンチャックは見事に空振ってしまった。
『ひ~らひら、ふ~わふわ、ひ〜らふわ』
魔人パピヨンはゆっくり動いているように見えるが、攻撃が当たる瞬間に攻撃を見切って避けているようだった。
――私の攻撃をこれほど完璧に躱す強敵と戦うのは、黒影カンガルー以来だ――
『ガガガッ、バッシュ、ザッシュ!』
空を切った互いの斬撃は、幻影の迷宮に無数の深い爪痕を残していった。
鎬を削り合うような攻防が続いた後で、魔人パピオンはさっと間合いを取ると、埒が明かないと考えてか、戦法を接近戦から遠隔戦に切り替えた。
『七面蝶!』
金の鱗粉は魔人パピヨンとそっくりな、幻影の蝶の魔人を6体形作ると、真実と偽りを合わせた7体の魔人パピヨンとなって私を取り囲む……。
『精霊炎光』
本体と思わしき個体の羽が光り輝き、両大羽の目玉模様に光が収束すると、
『バァピュュュュュ~』
荷電粒子ビームが明後日の方向に発射された――
「えっ、どこを狙っている?」
その瞬間だった!
『キュン、キュン、キュン、キュン、キュン、パァピュュュュュ~』
荷電粒子ビームは6回方向を変えると、虚を突いて私の死角となる真後ろから発射された――
「ちぃ~反射衛星砲かよ――アプセル!」
私は林檎加速――アップルアクセル――を使ってぱっと魔人パピヨンの包囲網から逃れると、この劣勢を跳ね返すべく身を翻して流星の大技を放った――
「流星ファントムゥゥゥ~!」
『ドッゴォォォ〜ン』
流星ファントムは、林檎引力の衝撃波で広範囲を一度に攻撃することによって、複数の敵をまとめて一掃することができるMAP兵器だ。
その強力な林檎引力の衝撃は、当然ながら全ての魔人の幻影を一瞬で消し去った……。
『……もしかして、あなたのその異常な力はラプラスの……そうであれば……私もガイヤの指示通り、最終形態でお相手しましょう』
安心したのも束の間、魔人パピヨンは一段ギアを上げて攻撃を始める……。
『兜蝶』
魔人パピヨンの頭部を鮮やかな鉄紺色の兜が覆うと、奴の2本の触角の間に、カブトムシの角に似た電波塔の役目を果たす角が出た……。
『九官蝶!』
『キィキィー、キィキィキィィィィィー、キューチャン』
黒板にチョークがこすれ軋むような、あの金切り音がダイレクトに私の脳に響いた!
「くっうぅぅぅ~」
私は両前腕で左右の耳を塞ぎ、思わず動きを止めてしまった……。
ちなみに、黒板やガラスをひっかく音というのは、人の祖先にあたるマカク猿が、仲間に危険を伝達する時の叫び声、もしくは、危険視すべき捕食者の上げる声と同じ周波数らしい。
それは人間の遠い記憶にある危険察知の本能を刺激するもののようだ。
『緊蝶』
魔人パピヨンの金色の鱗粉は、蚊取り線香のようなぐるぐると渦巻く金の鎖に姿を変えて、私を拘束すべく休まずに追いかけてくる――
「アプセル!」
私は林檎引力を使って、金の鎖の攻撃をすんでのところで躱していたが、徐々に追い詰められて次第に逃げ場を失っていった……。
――やばいですねぇ~――と思った矢先だった。
『八百矢蝶』
奴の周りに浮遊していた金色の鱗粉が、それぞれ集まり八百の蝶を形作ると、それらは浮遊砲台として私の周囲に陣を敷いた。
『八百乱舞!』
魔人パピヨンは私が接近戦に特化していると踏んだのか、浮遊砲台を使った遠距離からの魔法攻撃に切り替えた。
それらは個々が意志を持ったかのような動きで、矢継ぎ早に正確な攻撃を仕掛けてきた。
――ちぃ~やっかいな……まるで独立連動システムだ――
『シャン、シャン、シャン、シャン、シャン、シャン……』
あのカブトムシの角から発する遠隔精神感応を使って、浮遊砲台へ何らかの指示を出しているのだろう。
戦闘の途中から、私の脳裏には何処からともなく鈴の音が聞こえていた。そればかりか耳につくその音は、ゆっくりと鳴り響きながら止むことなく段々と大きくなっていった……。
『ビシュッ、ビシュッ、ビシュッ、ビシュシュシュシュ~』
浮遊砲台から一斉に魔法光線が照射される――
『パパパパパーン……』
私は無想転生のような流れる動きで、パンチャクを使って浮遊砲台の攻撃を捌いた。
しかしながら、浮遊砲台は俊敏に移動しながら、あらゆる方向から連携して攻撃を仕掛けるため、私の方は防御で手一杯で、こちらから攻撃をする余裕は全くなくなっていた……。
魔人パピヨンはその隙をついて最終の攻撃に移行していた。
――これ以上奴に時間の猶予を与えると、ますますこちらが不利になる――
「やむをえ~ん……オーレリア、ごめんねぇ~流星全方位銭投げぇぇぇ~――」
私は大道芸で額に汗して稼いだ大切な銅貨を、アップルパワーを使って全方位に電磁加速砲の如き超加速で一斉発射し、八百矢蝶の幾多の浮遊砲台を全て一瞬で打ち落とした。
だけど……その引き換えに大切な銅貨は……彗星のような緑色の長い尾を引きながら、流れ星のように迷宮の宙に消えていった………………。
――つん、つ、つんつん、つんつくつんつん、流れ星、飛んで行く迷宮の宙へ~……みじめ、みじめぇ~……流れ星、しらけないでぇ~――
『極大精霊炎光』
私が銅貨との別れの余韻に浸る間もなく、魔人パピヨンの四枚の羽は光り輝き、四つ其々の目玉模様に光が収束していた。
『トゥ、トゥ、トゥ、トピィ、ピィ、ピィ、ピィ、ピィ、ピィ、ピィピピピピ………………』
魔人パピヨンは無防備な状態でエネルギー充填120%の荷電粒子ビームの発射態勢に入った。
浮遊砲台からの大技への連続攻撃に繋げようとしているのだろうが……。
「おそぉぉぉぉぉ~い!」
「流星回転破壊鉄鍋~!」
私はパンチャックを切り離すと、柄を弾いて左右の拳の前でそれぞれを高速回転させた――
それから両大羽の目玉模様を狙って、悲しみを怒りに変えた憤怒の流星ダブルパンチで弾き出す。
――食べ物とお金の恨みは恐ろしい……めらめらめら~――
『ギュォォォォ~ン、ギュォォォォ~ン』
それぞれのパンチャックは白く輝く円柱の軌跡を残し、魔人パピオンの両羽の大目玉を打ち抜いた!
――お見事! あたぁりぃぃぃ~――
「縮空!」
その刹那、私は空間を一瞬で縮めて魔人パピオンの頭上に躍り出ると、揚力を失った魔人パピヨンの兜を掴んで逆にこっちが大技の連撃を繰り出した。
「零戦木葉落としぃ~!」
もつれ合うように錐揉み落下してからの――
『流星~カーフブランディングゥゥゥ~(子牛焼印押)!!』
魔人パピヨンの頭を両手で掴み、右膝を奴の後頭部に強く押し付けてから、真っ赤に燃え上がる顔面を凄まじい勢いで地面に叩きつけた。
『ドォッゴォォォ~ン!』
衝突で地表が大きく凹み、魔人パピヨンの周りに纏っていた黒紫色の魔素がはらはらと剥がれ落ちた……。
すると内側から白く輝く蚕の精霊が現われた。その精霊が四散して辺り一面が光で一杯に満たされると、何処からともなく私の脳に直接に魔人パピヨンの声が響いてくる……。
『ラプラスの悪魔の力を譲り受けし強き者よ……敗者に弁は許されませんが……もし私の願いが叶えられるのならば……生の喜びを知らず、無垢に死んでゆく同胞たちの命を救ってもらえないでしょうか……何とぞ、何とぞよろしくお頼みします……』
魔人パピヨンが切願し終えると、光は再び集まり『白魔石』と『妖精剣』となり、彼の残留思念は綺麗さっぱり消えてしまった……。
昨日の敵は今日の友とは言っても、よりによってノースリーブシャツを着ている私の袖にすがるとは……。
――さてはて、どうしたものか、人と蚕とでは落としどころがほんに難しい――
「それにつけても、何処消えたかぁ何処に消えたかぁ〜銅銭ぃぃぃ~がぁ飛ぉぶぅぅぅ~……う~ん……絶好蝶!」
今宵もお後がよろしいようで……Good night Tonight!
ありがとうございました。
次は紡績都市ミュール編の感動の最終話です。
オーレリアはおじいさんと再会し幸せを手にすることができるのでしょうか?
次回をおたのしみに!




