39 幻影の迷宮
こんにちは、今回は幻影の迷宮のお話です。
どうぞお楽しみください。
【幻影の迷宮】
次の日の朝、私たちは紡績都市ミュールの南の森にある、『幻影の迷宮』と呼ばれているダンジョンの入口にいた。
と言うのも、オーレリアが見習い冒険者を卒業して正式な資格を得るために、実際に魔物の討伐をして、冒険者ギルドへ魔石を納品する必要があったからだ……。
「心配かい?」私はうつむき加減のオーレリアに声を掛けた。
「はっ、はい……迷宮に来るのは初めてなので……少し怖いです……」
「怪我をしないように、今回は浅い階層で安全最優先の探索しかしないから……そんなに心配しなくていいよ」
「そっ、そうなんですか……私は生まれてから一度も魔物と戦ったことがないので……」
「そうなんですよ! おまけにこのダンジョンの魔物たちは、聖魔法にめっぽう弱いらしいし、それらしい手持ちの装備をいろいろ貸してあげるから……きっと大丈夫だよ」
「そうですよね……ダイサクさんと一緒なら何処へでも行けますよね……よろしくお願いします」
――君と一緒なら~どこへでも行ける~さぁ未来へハッピーアドベンチャ~――
オーレリアは、迷宮に立ち入ることも、魔物に相対することも、全てが初めての経験ということなので、彼女が誤って怪我をしないように、私はとっておきの装備を彼女に貸し与えようと考えていた。
ちなみに今回の使命を果たすための心強い武器と防具は――『世界樹の杖』『白金の鎧』『鏡の盾』『天使の翼』――である。
世界樹の杖は魔法の威力を数倍から数十倍まで増幅し、白金の鎧は魔力を流すことで物理耐性と魔法耐性を飛躍的に引き上げる。
鏡の盾は敵の魔法攻撃を反射して逆に相手をカウンター攻撃する防具で、天使の翼は魔法力を一瞬で移動エネルギーに変換するアイテムだ。
世界樹の杖の威力に幅があるのは、使い手の技量に依るところが大きいからで、使い方次第では、名刀にもなるし鈍刀にもなる。
また天使の翼は、魔力の質と量を乗算した値がその者の移動速度となるため、使い手の潜在能力によって加速は大きく変わってくる。
――弘法筆を選ばず――とは言うものの、やはり使用する道具は良いに越したことはないだろう……。
天使の翼の他にも『天使の輪』という、相乗効果で移動速度を二乗化できるアイテムもある。
しかしながら、それほど強い魔物と戦闘する訳でもないし、そればかりか天使の輪は使用者の頭上で光り輝いて、あたかも女神様のように見えて、悪目立ちする人になってしまう恐れがある……。
従って、今回はオーレリアへの天使の輪の装着は敢えて控えておいた。
いずれにしても、オーレリアが安全にダンジョンを探索できるように、数々の希少級の装備でがっちりと守りを固めた……。
はたまた私と言えば、黄色いジャージ風強化服、武闘家の靴、そして両腰には相棒のパンチャックだ――フライパンではない――。
「ダイサクさんは普段と変わらない服装ですね……私だけこんな立派にして頂いて……よろしいのでしょうか?」
いつもと変わらぬ私の普段着を見て、オーレリアが申し訳なさそうに私に尋ねた……。
「大丈夫だよ、気にしない気にしない一休み一休み……だって、魔物と戦うのは、オーレリア……君だけだから~♪」
「えっ、そっ、そうなのですか?」
オーレリアは私の答えを聞いてすっとんきょうな返事をした。
「だって……私が一緒に戦ったら不正行為になっちゃうでしょ」
「それはそうなのですが……私はてっきり一緒に戦ってもらえ――」
「大丈夫大丈夫……休み休み……君の後ろからパーフェクトなタイミングでアキュレイトな指示を出してあげるから……Don't worry~」
「どっ、どんとうり? そっ、そうですか……良くわかりませんが、分かりました。で、では……よろしくお願いします」
彼女は心なし微妙な返事をした……。
オーレリアの支度も整い、いよいよ幻惑の迷宮での大冒険が始まる。期待に胸が膨らむ、わくわく、どきどきの瞬間はいくつになっても堪らない。
私たちのパーティは、運転手にオーレリア、車掌に私の二人だけで、『ダイサク探検隊』となって見知らぬダンジョンを突き進む……。
――すすめ! すすめ! すすめぇ~!! 陸を海を空を~迷宮探検隊ぃぃぃ~――
ちなみに、オーレリアの初陣ではあるが、事前の下見や仕込はやっていないので、ピカピカの髑髏や白骨死体、動かない毒蛇にタランチュラ、泥沼に嵌った携帯を持った原住民はいないはずだ……。
もともと『幻惑の迷宮』と言われる所以は、幽霊のような実態のない魔物や、冒険者を惑わせる攻撃を行う魔物が多数出現することから由来しているようだ。
今回の狙いはゴーストやファントム、いずれも実体のない魔物だが、聖光照射や悪霊浄化によって比較的容易に退治できるので、強力な聖魔法が使えるオーレリアにとって、これらの魔物は鴨が葱を背負ってくるような、こちらの思惑通りの都合が良い魔物以外の何物でもないかも知れない……。
――かも~かも~―
しかしながら、オーレリアに浄化されて浄土に帰る還ることを恐れてか、私たちは進んでも、進んでも、魔物に全く遭遇できなかった……。
その理由は……恐らくオーレリアの聖魔力が強すぎて、そもそも力の弱いアンデッド系統の魔物は、彼女に近づくことすら出来ないのではないだろうか……。
そんなこんなで、本来ならばシルバー等級冒険者の主戦場である7階層まで、私たちは心ならずも進むはめになってしまった……。
ここに至り、待ち構えていたように複数のアンデットモンスターが一斉に現れた。
前衛には統一の鉄甲冑を装備したスケルトン、後衛には整列したゴーストだ。
――このアンデットたち、何者かに指揮されているな――
そのように私が考えたとおり、初めて遭遇した魔物は『リッチ』率いる、アンデッド30体程の一個小隊であった。
リッチとは、死霊術に長けた魔法使いや僧侶が、永遠の生命を求めて魔術により自らの肉体を不死化した存在であり、決して見習い冒険者が戦って良い相手ではないはずではあるのだが……。
「……素晴らしい……そなたはその力を如何にして手に入れたのだ」
そのように問いかけるリッチに対して、
「さすが……貴方様には分かりますか? この力は、訓練し、鍛錬し、修練した賜物です」
私はにんまり顔で答えた。
「お前ではない、そなただ」と言ってリッチはオーレリアをびしっと指さした――
「えっ、私ですか」
「女神の力を持つ者よ……そなたはその力を手に入れるために、どれほどの年月を費やしたのか? 神へ何を祈り……何を求め……如何なる代償を捧げたのか?」
「い、いえ……ちょっと前に魔法を覚えて、ついさっき装備品を借りただけなのですが……ごめんなさい……」
「…………我はこの不死の体を得るために、愛する者全てを捨てたのだ! 代償なくして、そのような膨大な力を得ることは罷り成らぬ!!」
「………………」
オーレリアはリッチの剣幕に口をつぐんで貝になってしまった……。
「もう一度尋ねる……そなたはその力を手に入れるために……いかなる代償を払ったのだ?」
「まいったな……話、長くなりそうだね……どうする?」と私はオーレリアに囁いた。
「……そうですね~とっととやっちゃいましょう……そう言うことで――」
「オーレリア、いきま~す――フォ~ロ〜ミィィィ~」
『シュゴァァァァァ―』
オーレリアはそう言い放つと、天使の翼を輝かせるやカタパルト発進した。
そして、勢いよく飛び出した彼女は、問答無用で魔物の一個小隊に襲い掛かった。
――どちらが悪者なのか? そんなの関係ない零戦の如き特攻だ――
『聖光照射!』
オーレリアは、リッチの張った魔法障壁をいとも簡単に破壊するやいなや、前衛のスケルトンの部隊を鎧ごとふっとばすと――
『悪霊浄化!』
続けて聖魔法の呪文を唱えて、後衛のゴーストの部隊を一瞬で消し飛ばし、リッチ率いるアンデットの一個団体を、あっという間に冥土へ送り届けてしまった……。
「何なのだ……何なのだ……そなたの理不尽までの魔力は?」
「残ったのは貴方だけです……覚悟してください」
「なっ、こっ、このまま、やらせはせん! やらせはせん! やらせはせん!! たった一つの命を捨てて……生まれ変わった不死身の体……悪の神殿叩いて砕く……闇の王、リッチがやらねば誰がやる……」
「ごめんなさ~い……あなたの言ってること……よくわかりませ~ん! はぁぁぁ~――エンジェル・フラッシュ――」
世界樹の杖が青白く光った刹那、一筋の閃光がリッチの体をズッキューンと貫いた。
「うっ、うおぉぉぉ~……神よ~」
『バッシュシュシュシュュュ~』
リッチは跡形もなく青白い光の粒になって迷宮の宙に消えた……。
光が消えた後には、たくさんの黄魔石に加えて貴重な青魔石が一個落ちていた。
――オーレリアさん、なんだい……お前さんはポルシェターボかい……ちっとぶっ飛ばしすぎとちゃうかい――
ああ~上野駅、希少級の装備の攻撃力がこれほどの威力を持っているとは……。
日々鍛錬して技を研鑽し、やっとの思いで魔物を討伐している冒険者たちは、全員とほほと泣けてくるだろう……。
あれやこれやで、私たちは8階層の安全地帯にあるベースキャンプに到着した。
このベースキャンプは冒険者にとって砂漠のオアシスのような存在だ。
料金設定はちょい高めだが、お涙頂戴ではなく金さえ払えば、食事に宿泊、食料や水の補充、装備の修理、怪我の手当等の冒険者が必要とするものは、ひと通り何でも揃えることが出来る。
そんな安全地帯のはずのベースキャンプが、怪我人で溢れ、殺気立っていた……。
私は頭部に怪我をしていた、頭と右目を包帯でグルグル巻きの冒険者へ尋ねた。
「何かあったのですか?」
「ちょ、蝶の魔物、蝶の魔物のせいで……ミュールの冒険者部隊は全滅してしまった」
「シルバー等級の冒険者パーティが、複数で連携して魔物の討伐に当たったのではないのですか?」
「そうだった……しっかりと綿密な作戦も立てていた……しかし、あの蝶の魔物にかかったら……恐ろしい……化物だ! 今まであんな強え魔物に出会ったことはねぇ~……奴を前にして、俺たちは手も足も出なかった……というか……訳が分かんねぇ間に全てのパーティが全滅していた」
「どういうことでしょう……もう少し詳しく教えてもらえますか?」
「……そうだ……蝶の魔物は10階層にある大広間の空中に静止していやがった。俺たちは距離を置いて奴を囲み、魔法を使って一斉攻撃を仕掛けた……そう……こっちから仕掛けた……はずだったんだ……」
「……だが、命中するはずの魔法が、奴に当たらずに消えた……宙で全部消えちまいやがった。そして、次の瞬間、はっと俺が気づいた時には全ての冒険者がやられていた。奴は怪我をして逃げ惑う俺たちを追うでもなく、宙に浮いたまま、じっと俺たちを見下ろしていたのさ……」
「……どのような魔法を使って、冒険者の皆さんは魔物を攻撃したのですか?」
「俺たちが攻撃に使ったのは、聖魔法と炎魔法だ。一体全体、奴は何なんだ……黒い蝶みたいな態をしやがって……ちっくしょう!」
――まぁ、この『幻惑の迷宮』で使用する魔法の選択肢としては間違っていないのだろうが……いかんせん情報収集不足だな――
「オーレリア、まだまだ情報が不足しています。ちょっと行って、その蝶の魔物を見てきますので、ここで待っててください」
「いいえ、ダイサクさんの傍が一番安全だと思います。一緒について行きます」
「ちょっとだけだから……」
「連れてってください!」
「お茶でも飲みながら待っててよ」
「いいえ、待ちません。ついて行きます!!」
オーレリアが頑として主張を譲らないので、仕方なく二人仲良く偵察に行くことになった。
◇◇◇
然したる魔物とも遭遇せずに10階層までやって来ると、私たちは金色の鱗粉が漂う空間に迷い込んだ。
「オーレリア、注意しろ……何か徒ならぬ気配を感じる――」
「はい、了解しました。ダイサクさん、あれは何でしょうか?」
オーレリアが少し緊張した声で囁いた。
私たちの視線の先には、頭と腰に、美しい模様の大きな羽を持った人型の魔物が居た。
その腕、腹囲、膝下はカブトムシのように細く、首回りはマフラーのように金色の毛が覆っていた。
そして、額から生えた2本の触覚が、船舶用のレーダーようにゆっくりと大きな円を描いている。
――このデザインは日本の国蝶であるオオムラサキのようだ――
その魔物は既にこちらの存在に気づいているようだったので、しばらく遠巻きにじっと様子を窺っていると、奴は遠隔精神反応で直接私たちの脳に言葉を伝えてきた……。
『我が名は魔人パピヨン……陽の光を見る前に、繭ごと釜茹でにされる、幾百万の蚕たちの無念の思い……その無念を晴らすために私は生まれてきたのです。ひとつひとつの蚕に宿る精霊が集まり、『幻影の迷宮』の魔素を纏いて誕生した魔人……我は不条理を正し、人に裁きを与える存在』
――確かに魔人パピヨンの言い分は理にかなっているが――
「ミュールの都市の人々は、紡績業を生業として生計を立てています。蚕が糸を吐かないと飯の食い上げです」
私は魔人パピオンに歩み寄りながら反論した。
『であれば食物連鎖のルールに従い、弱きものは強きものに従うしかありません。強い者が弱い者を思うままに滅ぼして繁栄するのです。何故に蚕たちが殺されなければならないのか? 弱きものたちの願いを受けて、私は食物連鎖の頂点に君臨すべく、ガイヤの意思の力を以て、何者よりも強く生まれてきたのです』
「……そこをなんとか考慮してもらえませんか?」
『くどい! お前たち人間の都合によって、どれほどの同胞が死んでいったと思っているのですか……蚕はみんな生きている……断じて人間の贄や出しではない」
魔人パピヨンから怒涛の如く遠隔精神反応が伝わってきた。
――この話はいつまで経っても平行線だな――そう思った矢先。
『これ以上、話すことはありません! 貴方はここで死になさい』
魔人パピヨンがその腰羽を広げると、両羽の中央にある大目玉が鬼火のように不気味に青白く光り輝いた――
『ダァ~ンダダッ、アッチャッ~!』
戦いの幕が切って落とされようとしていた――
ありがとうございました。
いよいよダイサクVS魔人パピオンとの大決戦が始まります。
次回をお楽しみに!




