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38 紡績都市ミュール

暑中見舞い申し上げます。

紡績都市ミュールでのお話です。

どうぞお楽しみください。

【紡績都市ミュール】


 紡績都市ミュールに着いた私たちは、本日の宿代を稼ぐため、小高い丘の上にあるグエル広場で大道芸を披露することにした。

 グエル広場の真ん中には大きな噴水がありその周りが石畳になっていて、人通りも非常に多いため大道芸には打って付けの場所だったからだ。


 大道芸の内容は、私がウクレレを弾いて音楽を奏で、オーレリアが歌って舞い踊るという算段だ。

 ここまでの道中、ああでもないこうでもないと、二人で試行錯誤しながら何度も練習を重ねてきたので、それなりのストリートパフォーマンスの形になっていると思われる……。


 フラとフラメンコは、オーレリアにとって初めて見聞きするものだったが、フラ――ハワイアンダンス――は元来ハワイの明るい日差しと豊かな自然を神にたとえて、人々が神への信仰、体験、出来事を後世に伝える手段として始まったものであった。

 一方のフラメンコは、移動型民族ジプシー、スペインを支配していたアラブ民族、在来のアンダルシア人の、民族芸能が融合してできたユニバーサルな芸術である。


 フラやフラメンコが誕生した環境や状況が、今私たちが存在している異世界こちらのものに類似しているからだろう……。

 オーレリアは比較的すんなりと、フラとフラメンコを身に付けることができた。


 あとは街の人たちが、私たちの音楽と踊りに興味を持ってくれるかどうかだが、必殺のフラでゆっくりと観衆の心を掴んでから、フラメンコを駆使して観衆と一緒になって歌と踊りを楽しむことができれば、たとえ世界が違っても九割方は大丈夫だろう……。


『パッカァァァ~ン』

 私はパンチャックを打ち鳴らスト――

「は~い! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい。お代は見てのお帰りだよ~ 楽しい楽しい、大道芸の始まりぃ~始まりぃ~」

 声を張り上げ周りの人たちの注目を集めると、そこから間髪を入れずに大道芸に入った。


『ポロン~ポロン~ポロロ~ン』

 私はウクレレでオータサンのようにハワイアンメロディーを奏でる。

 オーレリアは姿勢よく、すっとクウポジションを取ると……。

愛するアロハあなたオエマヒナを仰ぎ、ナルマカニに揺れるウコンの花プアオレナァァァ~」

 彼女が井上真紀のような、優しく、おおらかで、魅力的な声で歌いながら、ゆっくりと流れるようにフラを踊り始めると、通りすがり人々が、段々と私たちの周りに集まって来た。


 フラのゆっくりとした曲調の踊りで観衆を引き込んでから、フラメンコの早い曲調の踊りへと、一気に切り替えた。

 オーレリアが曲に合わせて、陽気かつ軽快に噴水の周りを舞い踊ると、周りの観衆も律動リズムに合わせて、手拍子を打ち、足を踏み鳴らし、掛け声をかける――

 子供たちも両手のカスタネットを打ち鳴らしながら、オーレリアと一緒にひたすら踊って踊って踊りまくった。


 こうして拍手喝采、大盛況のうちに、私たちの大道芸は幕を閉じたのだった。

 

「皆様のお気持ちを!」

 最後にオーレリアがスカートの裾を広げ、観衆に投銭おひねりをお願いした――

「ほんと、楽しかったわぁ~」

「またやってくだされ」

「もっと、もっと踊りた~い」

 老若男女からの愉快という言葉を頂きながら、ありがたくも、一回の公演で銀貨5枚相当分の銅貨が集まったのだった。


 『一芸は身を助ける』

 道楽で覚えた技でも、熟達した技ならば困窮した生活の生計を立てる手段になる――

 修行僧、冒険者、そして新たな大道芸人。いつの時代でも、生きるための引き出しは多いに越したことがない……。

 30分間程のストリートパフォーマンスで小銭を稼いだ私たちは、情報収集を兼ねて、その足で都市中央にあるミュールの冒険者ギルドに向かった。


『ギッ、ギィ、ギィギィ~』

 冒険者ギルドの入り口の両開きの扉を開けると、そこには冒険者たちの姿はなく、室内はいつになく閑散としていた。


「こんにちは」と言って私は受付嬢に声を掛けた

「こんにちは、ペネロペです。ようこそミュールの冒険者ギルドへ……今日はどのようなご用件でしょうか?」

 受付嬢は褐色かちいろの髪に、ペリドットのような黄緑の瞳がすこぶる美しい、人族の女性だった。


「はい、この娘の冒険者登録を行いたいのですが……ペネロペさん、よろしくお願いします」

 私はそう言って受付嬢にオーレリアを紹介した。

 ちなみに、私は会話の中でできるだけ名前を使うようにしている。相手の名前を覚えてみせることで、相手に好印象を与えられ、有用な情報をより多く引き出せるのだ。


「承知しました。それでは、こちらで登録のお手続きをいたします」

「よろしくお願いします」

「先ずはお名前を教えてください」とペネロペはオーレリアに聞いた。

「私の名前はオーレリアです」


「オーレリアさんですね。今後の流れを簡単に説明しますと……初めに『冒険者見習い』から始めて頂き……いずれかのクエストの完了で『アイアン等級』の資格の取得となります」

「えっ! いきなり、アイアン等級ですか!?」

 オーレリアは少し驚いた声を上げた。


「はい、アイアン等級となりますが……なにか?」とペネロペが聞き返した。

「ダイサクさんと同じ等級のようですが……それで宜しいのでしょうか?」

 オーレリアが不思議そうに私を見ながら尋ねた。


「いいんだよそれで、アイアン等級はあくまで駆け出しだよ。これより下のランクはないからね」とオーレリアに伝えると、

「はい、実力さえあれば、直ぐにランクは上がると思いますよ」

 そう言ってペネロペは2人の会話に割り込んだ。


「あっ、あの~アイアン等級より上位の等級の方々は、皆さん魔人を討伐し、海を凍らせることができるのですか?」

「ええっ! 魔人を討伐し……海を凍らせる……ですか!」

 ペネロペは一瞬驚いたようだったが、直ぐに落ち着き回答した。


「魔人討伐は、最上位のミスリル等級冒険者ならば可能かも知れません……しかし、桶や池の水を凍らせるならともかく、海を凍らせるのは先ず無理でしょうね。それは神のみぞなせる所業でしょう……何処でそのような夢語りを聞かれたのですか?」とペネロペが聞き返した。

「いいえ……絵空事ではありませんよ……それは私が先日実際に目にしたこっわぁぁぁ~」

――オーレリア、何てことを聞いているの……駄目よ、だめだめ~――


 私は慌てて右手でオーレリアの体を引き寄せ、左の手のひらで彼女の口を塞ぐと、ペネロペに対してにやりと笑いかけ、何事もなかったかのように話をすり替えた……。


「あっ、あと~……紡績都市ミュールの情報をお聞きしたいのですが……ここの冒険者ギルドは閑散としていますね……いつもこんな感じなのですか?」

「いいえ、そんなことはありません。いつも冒険者ギルドの中はごった返していて、五月蠅いくらいです」

「それでは、何か事件や事故が起きているのでしょうか?」

「はい……それはですね……」と言いながらペネロペは姿勢を正した。


「ミュールは人口4万5千人の比較的大きな都市です。主な産業は紡績で、蚕の繭から糸を紡いで絹糸を出荷しています。しかしながら、たいへん困ったことに、蚕が全く糸を吐かなくなったのです。そこで、紡績生産最大のアークライト工場の創業者であるビスマルク様より、冒険者ギルドへ直々の原因究明の依頼が参りました」


「原因は何か分かったのですか?」とペネロペに聞いてみたところ……。

「はい、恐らくは『蝶の魔物』の仕業であろうということは判明しました」

「……蝶……その蝶の魔物の討伐を行えば、問題は解決するのですか?」

「ミュールの冒険者ギルドでは、それが可能ならば問題は解決すると考えています。しかし……その蝶の魔物はとてつもなく強いらしく……クエストを受けた冒険者たちは、皆さん大怪我をして退散されています。このままでは紡績都市ミュールは立ち行かなくなり、今後はその存続も危ぶまれるでしょう。目下、ミュール所属のほとんどの冒険者は、蝶の魔物の討伐隊を編成し、都市の南の森にある『幻惑の迷宮』へ出払っているのです」

 ペネロペは憂いを帯びた表情でそのように答えた。

 

「オーレリアの祖父もビスマルクという名前で、工場を経営していると言っていたな……」

――恐らくは同一人物だろう……何処の馬の骨か知れない輩が、そんな重要人物に飛び込みで会いに行っても、門前払いになってしまうのが落ちだろう……もう少し情報を集めて、それ相応の準備をしてから会いに行った方が良いだろう――と私は考えた。


「おじいさんに会いに行くのは少し後回しにして、先ずは『幻惑の迷宮』で魔物退治をしようか……」

 私はそのようにオーレリアへ提案した。

「蝶の魔物を倒しに行かれるのですか?」とオーレリアは小声で聞いてきた。

「いや……蝶の魔物はとても強いみたいだから……危険な討伐には関わらないよ。このダンジョンには、主に聖魔法と相性の良いアンデット系の魔物や、眩しい光に弱い魔物がいるみたいだからね……この手の魔物は、聖魔法にとって誂え向きの獲物なのさ」

 そのようにオーレリアに説明すると……、

「はい、ダイサクさんにお任せします」とオーレリアは素直に返事をした。


◇◇◇


 私たちは冒険者ギルドのお薦めの宿『パリカール』で、明日のダンジョン探索に備えることにした………。


 パリカールの宿の一階は、受付と食堂になっていて、女主人一人でこの宿を切り盛りしている様子であった。


「あの~お忙しいところすみません……宿を一泊お願いしたいのですが」

「ツインルームでいいかい?」恰幅の良い女主人が答えた。

「いいえ、シングルルームを2部屋でお願いします」

「えっ、シングルルームを2部屋かい……甲斐性がない男だね……いいけど2部屋だと少し高くなるよ……いいのかい?」

「……結構です」

「で……食事はどうするさ?」と女主人は続けて聞いてきた。

「夕飯と朝食をつけてください」

「あいよ……一人銀貨2枚……前払いだよ」

「はい……これで……」


 受付で女主人と何やかんや宿泊の手続きをしていると、揺り椅子ロッキングチェアに座ったおばあさんがじっと横からオーレリアを見つめていた。

「お母さん、そのの顔に何かついているのかい」と女主人が聞いた。

――このおばあさんは女主人のお母さんのようだ――


「いやさ、びっ、びっくりしたよ、イザベル……この娘、アルモンド様に瓜二つだよ!」

「アルモンド様って……あのアルモンド様かい?」

「そうさ……あ、あのアルモンド様だよ!!」


「……アルモンド様って……知ってる?」と私がオーレリアの耳元で尋ねると、

「はい……私のお父様のことだと思います。お父様のお母様は早くに亡くなられたらしく、お父様は乳母に育てられた頃のお話を、時折されていました」と彼女は小声で答えた。


「ごめんね、お嬢ちゃん……私の名前はフランソワーズ……アルモンド様が幼い頃、お世話をしていた女さ」

 そう言いながら、おばあさんは右目を見開いてオーレリアを見ている。

 その一方で……もう片方の目からは光が消えてしまっていた……。

――フランソワーズの左目は白く濁っていて何も見えていないようだ――


「オーレリア……おばあさんの左目……水晶体が加齢による酸化と糖化で濁って見えていないみたいだね……魔法の浄化で治してみようか……君にとって、うってつけの練習台だと思うよ」

 オーレリアはこくりと頷くと、フランソワーズに向かって話しかけた……。


「おばあさん……おばあさんの左目を診せてもらっていいですか?」

「いいよ、いいよ、何でも見ておくれよ……あらま、声までアルモンド様にそっくりだよ……お嬢ちゃん、年はいくつだい?」

 オーレリアとの会話そっちのけで、フランソワーズはいろいろと一方的に聞いてくる……。

「今年で15歳になります」

「15歳かい……若くていいねぇ~アルモンド様にお子様がいらっしゃったら、ちょうどお嬢ちゃんくらいの年頃なんだろうねぇ・・・…」

 フランソワーズは治療なんぞ『どこ吹く風』で話を続けている……。


「おばあさん……ちょっと眩しいけれど我慢してくださいね」

 オーレリアは目をつむり集中するや、小さな声で治癒の呪文を唱えた。

「ヒール!」

 まばゆい光がおばあさんの左目に集まる――

「ひぃやぁぁぁぁぁ~」

 あまりの眩しさにフランソワーズは一瞬驚きの声を上げるが、その光が収まると彼女の左目の濁りは消え、澄んだエメラルドのような緑色の目に変わっていた。


「……あっ、ありゃりゃぁ~見えるよ……見える……な、なんだい……お嬢ちゃんは魔法使いなのかい?」

「ええっ、お医者さまもさじを投げたのに……お、お母さんの左目……すごくきれいになっているよ!」

驚き入って腰を抜かす、フランソワーズと女主人のイザベルに対して……。


「オーレリアが魔法を使えることがばれてしまうと、魔人が彼女を殺しにやって来ます。彼女は秘密の聖女です……このことはここだけの秘密でお願いします」

 私は適当な作り話をでっちあげ、彼女たちに噂の拡散防止をしておいた。


「そうかい、そうかい……ありがとよ……それにしてもアルモンド様にそっくりだよ! 右の目……左の目……どちらの目で見ても、本当によく似ているねぇ~」

 そのようにフランソワーズはしみじみと呟いた。


 フランソワーズは、自分の右目が治って見えるようになったことよりも、オーレリアがアルモンド様に似ていることの方が、よっぽど気になっているようだった。

――まぁ、実の子だからな、そりゃあ~似ているだろう――


 それにしても……母親と父親は似ても似つかないのに、子供は母親にも父親にも似ているというのは……。

「ふっしぎだなぁ~」

 そんな変なことが気になって、その日の夜は余り眠れなかった……。

ありがとうございました。

次回は幻影の迷宮にて蝶の怪物に遭遇します。

パピオンとは?

そして、その真の目的とは?

どうぞお楽しみに!


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