31 モレアの漁村
こんにちは、
今回は猫耳族が暮らすモレアという小さな漁村のお話です。
どうぞお楽しみください。
【モレアの漁村】
眩しい太陽と白い雲、岬の道に沿って『なんじゃもんじゃ』の清廉な白い花がふさふさと咲き誇っている。
私は3年前にこちら世界に転生し、今は気ままな一人旅を続けている。
私が訪れた岬の入江に『モレア』という小さな漁村があった。
そのモレアの漁村の近くの浜で、30人程の猫耳族の漁民たちが地引き網を使って漁をしていた。
――異世界にはどんな魚がいるのかな?――
私は興味本位でちょっと彼らに声を掛けてみた。
「こんにちは……いい天気ですね。この辺りでは何が獲れるのですか?」とさりげなく聞いてみた。
「……………………」
猫耳族の漁民たちは、私の呼びかけには反応せず黙々と網を引いている……。
「こんにちはぁ~、何か獲れましたかぁ~?」もう少し大きな声を掛けてみたが……。
「……………………」先程と同じく返事がない。
猫耳族の漁民たちは誰一人こちらを振り向きもせずに、ただただ網を引いている。
――もしかして私の言葉が通じていないのでは――
「ニャニャニャ、ニャニャニャァ~、ミャーオー、ゴロニャ~ゴ~、シャッ!」
私は独学で学び知り得た全知全能の知識を以って、喜怒哀楽の色んなパターンの猫語で彼らに話しかけてみたところ……。
「黄色いお方、見ての通り取り込み中じゃっ……わしらに構わないでくんねぇ~」と言って邪魔者扱いされてしまった。
何のことはない。猫耳族の漁民たちは知っているのに知らんぷり、花札の鹿のようにぷいと横を向いて私をシカトしていただけのようだ。
ここに居ると彼らの仕事の邪魔でしかない様子だったので……、
「どうもすみません」
私は猫の手にした左掌を額にちょんとつけ、彼らに謝罪して直ちにその場を離れた。
道端の小石をぽんぽん蹴りながらモレアの漁村へ向かってぶらぶら歩いていると、波打ち際で猫耳族の子供たちが、砂山を作ったり、穴を掘ったりの砂遊びをしながら小さな声で話しをしていた……。
「……あの侍の人たち……いつまでいるのかにゃぁ~」
「本当に竜神様が怒って津波が来るにょ?」
「明日……姉が生贄にされて……いなくなっちゃうにゃぁ」
猫耳族の子供たちが交わしている会話の内容から察するに、モレアの漁村で何か深刻な問題が起きていることは間違いないと推察できた。
なぜならば会話の節々に禁忌のNG言葉を使った、色んなこいこ~いの役――五光、雨四光、猪鹿蝶、赤短、青短、月見で一杯――が出来ていたからだ!
「こんにちは」私が猫耳族の子供たちに自然に声を掛けてみたところ、
「………………」大人たちと同じく返事はなかった。
「こんにちはったらこんにちは♪」私はもう一度明るく声を掛けてみるが……。
子供たちはますます警戒して黙って私をじっと見ている……。
「これ食べる?――」
そこで、私は子供たちに最終兵器のラングドシャのビスケットを差し出した……。
「にゃ、にゃに、にゃに、にゃんにゃ……!?」
すると匂いを嗅ぎ付けた子猫たちが、一斉に私の周りに集まって来た!
子供たちは私のさくさくのバタービスケットに向かい両手を広げ、空や雲や夢までも掴もうとしている。
『細工は流流、仕上げを御覧じろ』
「食べてみるにゃ?」
「にゃあ~にそれ?」
「いい匂~い」
「もらっていいのにゃ?」と言って子供たちは一気に話しを始めた。
「はい、どうぞ」子供たちにビスケットをずいと差し出すと……。
「はっ……にやぁ~うにゃぁ~い……」
『パクッ、ハムハム、ガジガジ、ムシャムシャ――』
「うにゃっ……うにゃっ、うにゃにゃっ……おいしぃ~にゃっ!」
猫耳族の子供たちはビスケットに頬をすりすりしたり、地面を後ろ足でけりけりしたりして、全身で嬉しさを表しながら、ビスケットのあまりの美味しさに驚き慄いている。
「ほっぺたが落ちるくらい美味しいだろうな」
そのように私は簡単に推測することができた。なぜならこの世界の食文化を中世時代の水準と仮定すると、私が子猫たちにあげたビスケットは、21世紀水準の完成為尽くされた最終形態だからだ――
この子猫たちは千年先の未来の菓子を、時空を飛び越えて食べてしまったという訳なのだから……。
―中世の菓子とは、れぇ~べるぅが違うのだよ――れぇ~べるぅが――
私はアップルパワーを使うこともなく、難なく子猫たちの懐に飛び込んだ――
「ところで、皆の村で何かもめごとが起きてるのかな?」
ぎんぎらぎんにさりげなく子供たちに聞いてみた。
「うっ、にゃにゃぁ~ん」
子猫たちは未だ話すことを躊躇っているようだったので……、
「まだまだあるにゃ~、食いねぇ、食いねぇ、菓子くいにゃぁ~」
森の石松の寿司のように追加でビスケットを差し出した。
『パクッ、モグモグ、パクッ、モグモグ、』
「うっにゃにゃぁぁぁ~」
子猫たちはビスケットを両手に持ったまま、交互にさくさくのビスケットに噛りついた――
「津波が来るの?」と今度は具体的な内容をそれとなく聞いてみた。
「よく分からないにゃぁ~」何人かの子猫たちが回答した。
「明日……ペコリの姉が……いなくなっちゃうにゃ……」
一人の女の子が悲しそうな声で答えた。
「私はダイサク……冒険者だよ。よかったらお姉ちゃんから話を聞かせてもらってもいいかな?」
「私はペコリ、姉にもお菓子くれるにゃ?」ペコリがそう聞いてきた。
「姉に会わせてくれたら、その娘にもお菓子を一杯あげるよ」
「じゃあ……ペコリの後についてくるにゃっ――」
ペコリはそう言い残すと、いきなり脇目も振らずに全速力で走り出した!
「ちぃ――まるで鉄砲玉だな」
私はラングドシャのビスケットを咥えた子猫の後を大急ぎで追いかけた。
暫く後を追いかけた後、ペコリはモレア漁村の南の外れにある、風が吹けば飛ぶような粗末な荒ら屋に飛び込んで行ったぁ~。
「You're Cat of Cats!――お前は猫の中の猫だ――」
「姉ぇ~ペコリ帰ったにゃぁ……でね……ビスケットも連れて来たにゃ~」
「……なぁに、ビスケットって?」姉らしき猫耳娘が返事をしたが――
「こんにちは」
「………………」
私が入口で挨拶した途端、ペコリの姉も、地引き網をしていた漁民や、ビスケットをあげる前の子猫たちと同じく慌てて口を噤んだ。
「この人がビスケットくれるにゃ……とってもとっても美味しいから食べてみるにゃ~」
ペコリが彼女の姉に話し易くしてくれたので……。
「私はダイサクと言う修行僧で、冒険者を生業に世界を旅しています。ペコリのお姉さんからモレア魚村のお話を詳しく聞けるとのことでしたので……」
姉の方はお菓子で釣れる雰囲気ではなかったが、私は何とか会話を続けてみようと試みた……。
「……はじめまして、私はキャロ、ペコリの姉です」
キャロさんはロシアンブルーの猫毛にコバルトブルーの瞳、身長155m程の可愛い、年の頃14~15の猫耳娘だ。
ペコリと姉妹だけあって2人の容姿はよく似ていた。
「ダイサクさんは冒険者なのですか?」とキャロが聞いてきた。
「はい、アイアン等級の冒険者です」
「アイアン等級の冒険者なのですか………。そうであれば、貴方にお話ししても無駄だと思います」
キャロは首を項垂れてひっそりと答えた。
「そう言われても……宜しければ話をしてもらえませんか?」
私がキャロにビスケットを差し出してぶらんぶらんと食い下がると、キャロはさっとを掴んで、仕方ないにゃといった様子で重い口を開いて話しを始めてくれた……。
「今、このモレアの漁村には深刻で切実な2つの問題があります」
キャロは神妙な面持ちで淡々と語り始めた。
「一つ目はモレアの村は必ずと言ってよいほど、年ごとに津波に繰り返し襲われます。そこで、この村の沖に浮かんでいるバリハイ島の『竜神様』に、1年に1度、3人の若い娘を人柱として生贄に捧げて竜神様のお怒りを鎮めなければなりません」
「えっ、竜神様への生贄ですか――」
「はい、竜神様への生贄です」キャロはオウム返しで答えた。
「それでは……二つ目の問題は何でしょう?」と私は尋ねた。
「二つ目の問題は、モレアの村から津波の脅威を取り払うため、一月前にボーラ村長が冒険者ギルドを介して腕の立つ七人の冒険者を雇ったのですが……。
この冒険者たちが依頼もせずにモレアの村に居座り続け、村の食料を片っ端から飲み食いしたり、村人に暴力を振るったり、村の傍を通る荷馬車を襲っては強奪したりを繰り返しているのです」
「冒険者たちとの契約を即座に破棄してはどうなのですか?」
「……ボーラ村長が契約の破棄を繰り返しお願いしているのですが、侍たちはこちらの申し入れを全く聞き入れません……。『俺たちが直ぐに問題の依頼を解決してやるから暫し待つがよい!』と通り一遍の返事が返ってくるだけです」とキャロは諦めたかのように答えた。
「……そうですか、それは困りましたね。では、あと2つ3つ質問させてください」
「はい……どういったことでしょう?」
「竜神様とは神様なのですか?」
「……わかりません……今まで竜神様を見た村人は誰一人いないのです。しかも生贄として捧げられた女は誰も戻って来ていません」
「そうですか……竜神様が何者なのか全く分からないのですね?」
「はい…………」と言ってキャロは私の発言を肯定した。
「それから……生贄を捧げさえすれば津波は起きないのですか?」
「はい、生贄を捧げた年にはモレアの村は津波に襲われません。生贄を捧げさえすればモレアの漁村の平和は保たれるのです」とキャロは答えた。
――戦争や紛争がない穏やかな平和な生活は大切だが、誰かの犠牲で成り立つ平和は間違っているな――
「七人の冒険者たちを、今まで強制的に排除しようとはしなかったのですか?」
「……いいえ……村の銛打ちたちが、冒険者たちを力づくで村から追い出そうとしたのです。彼の冒険者たちは魔法を一切使わなかったのですが、それぞれが剣の達人で、村一番の銛打ちでさえ赤子の手を捻るように鼻先であしらわれてしまいました」
「彼らはどのような武器を使っているのですか?」と私は尋ねた。
「侍たちは鎖鎌、両刃の長い刀、日本刀、木刀、大太刀、槍などを使っています……七人の剣豪は三者三様……それぞれ違った武器を得意としています」
「それで……彼らは魔法を使わなかったのですね」
「はい。『儂らは魔法を使えぬ』と言って嘆いていました」
確かに異世界の魔法の武具はとても高価で、普通の冒険者では手に入れることもままならない。
――冒険者の等級上昇を途中で断念してしまった冒険者崩れだな――
「キャロさん……良かったら私を雇ってみませんか?」
私はキャロにそう申し入れた。
キャロは私が携えているフライパンのような武器をちらりと見ると、
「……私が……貴方を……雇うのですか?」と途方に暮れた返事をした。
「はい、私が丸っとモレアの問題を解決しましょう! 報酬は金貨10枚で結構ですよ」
私は屈託のない笑顔でさらっと答えた。
「…………丸ごと全部なんて――そんなの無理に決まっている」とキャロは小さく呟いた。
――キャロよ、お主、心の声が漏れているぞ――
「まぁ~騙されたと思って私を雇ってみませんか?」
そう言ってキャロを後押ししてみたところ、
「すみません……私は金貨どころか銀貨の貯えさえありません。それに……私は明日竜神様に生贄として捧げられてしまいます」
「竜神様……ですか……」
「はい……竜神様です……そうしないとモレアの村は近いうちに津波に襲われて、人、家、船、たくさんの命、財産が一瞬で海に呑み込まれてしまいます」
「そうですか、分かりました。それでは金貨10枚はキャロさんが払える時に払ってください」
「にゃっ――ダッ、ダイサクさん、私の説明を聞かれていましたか? 明日……私は生贄として竜神様に捧げられるのです。もう二度と生きて村に戻って来られないと思います――にゃのになぜ、払える時で良いのですか?」、
キャロが不思議そうに私の顔をそっと覗いて見た。
「はい、有る時払いの催促なしで――結構毛だらけ猫灰だらけ――ですよ」
私はにやりと笑ってそのように答えた。
「……………」
キャロは少し考え込んでいたが…………。
「わかりました。それではダイサクさん、できるのであればモレアをそっくり救ってください
よろしくお願いします」
キャロは何も期待していない様子で素っ気ない返事を返した。
「それではキャロさん……早速ですが七人の侍の居る場所まで案内してください」
私がもぐもぐとビスケットを頬張るキャロにそう申し出ると……。
「にゃぁ~ん……今からですか――うんにゃんこっこ――」
キャロはビスケットを喉に詰まらせた。
ありがとうございました。
次のお話ではダイサクと七人の侍との仕合が始まります。
剣豪を相手にダイサクはどのように立ち回るのでしょうか?
次回をお楽しみに!




