30 幸せの青い鳥
こんにちは、
子供たちは幸せの青い鳥を見つけることができたのでしょうか?
どうぞお楽しみください。
【幸せの青い鳥】
次の日の早朝フランシス公国に到着すると、私はその足であの小さな教会へセイラさんを預けに行った。
『パッカ パッカ パッカ ヒヒィ~ン ブゥフォォォッ』
小さな教会の前で荷馬車が止まると、教会の子供たちがわっと荷馬車の周りに集まって来た。
「ダイサクのあんちゃん、もう仕事は終わったのか?」
「途中でお仕事抜け出してきたの……」
「適当じゃ駄目だよ、適当じゃ……一生懸命に働いたの?」
「ああ~終わったよ……荷物運びの任務は完遂したよ……ミッションコンプリートさ!」
「みそこんぶり……なんだそれ」
「格好だけじゃなくて、言葉遣いもへ~ん」
『酷い言われようだ』と思ったが私はそのまま子供たちと話を続けた……。
「それより……セイラ様がペルシア帝国軍の兵士に襲われて気を失っているんだ。彼女が目を覚ますまで暫くこの教会で預かってもらえないかな」
「えっ、セイラ様、怪我をしたの?」
「いや、疲れて眠っているだけだよ」
セイラさんはあの時は実際に怪我をしていたが、怪我についてはここに居る優秀な修行僧が治癒魔法で完璧治療済にしていた。
『私……普通は失敗しかしないので……今回はたまたま運が良かったのだろう』
子供たちは身を乗り出して、あちこちぼろぼろになった荷馬車を覗き込んだ……。そこで彼らは薄い一枚の布に巻かれて、すやすやと眠っているセイラさんを発見した……。
「ダイサクのおっちゃん……セイラ様の……裸……見ただろう?」
小悪魔来たりて笛を吹くように、子供たちはそう言ってにやりと笑った。
――えっ……そっ、そこ……今そこを突っ込むの――と思ったが、
私はポーカーフェイスを装って、直ぐに別の話に振った。
「みんな少し元気がないね、どうしたの?」
「ペルシアが襲って来るから、明日、この教会とさよならするんだ……」
「戦争が始まるんだよ……」
「ここにいるとみんな鬼畜波斯に殺されちゃうんだ」
子供たちは震える小さな声で答えた……。
「もう戦争はないよ……終わったよ……」
「えっ、ほんと?」
「逃げなくていいの?」
「これからもみんなと一緒にいられるの?」
子供たちは顔に生色を戻して元気に聞き返してきた。
「そうだよ、もう戦争は終わったからね」
「やったぁ~」
「あはは……いひひ……うふふ……えへへ」
子供たちはみんな楽しそうに笑っている。
「ありがとう…………」
――ペルシア帝国軍の兵士たちもある意味では犠牲者だし、彼らの帰りを待ってる家族もいるにちがいない――
例えやるかやられるかの状況だったと言っても、そんなことが心に引っ掛かっていたので、この子たちの笑顔を見て私は随分と救われたような気がした……。
「なんでダイサクのあんちゃんがお礼を言うんだ?」
「いや、なんとなくね」
私は頭を掻きながら返事した。
「ふ~ん……そうなんだ……変なの?」
不思議そうな顔で私を見つめる子供たちだったが、今まで通りこの教会でみんなと一緒に暮らせることを思い出すと、にわかにパッと笑顔になった。
そして、元気に騒ぐ子供たちを見ていると、私の何となくすっきりしない気分がすっと晴れやかになった……。
それからセイラさんを教会に任せて、私は冒険者ギルドへちゃっかり約束の報酬を受け取りに行った……。
「アスナさん、おはようございます」
「おはようご……ええっ! ダイサクさん……ご無事だったのですか?」
そう言うとアスナは私の足をじっと見た。
「はい、恙なく無事に御者の依頼を完遂して参りました……とは言っても……ペルシア帝国軍の袂での待機中に急に竜巻が発生して……そこから命からがらやっとのことで逃げ出しただけですが……」
「……そうですか……今も情報が錯綜していて……こちらの冒険者ギルドでも収拾がつかない状況です。申し訳ございませんが、今回の依頼の報酬については後日の清算でも宜しいでしょうか?」
「……そうですか、それは仕方ないですね。承知しました……それでは少しだけでも報酬を増し増しでお願いします。シーラさんからも報酬の割り増しをねだられていますので……」
「えっ、シーラさんもご無事だったのですか?」
「はい。だだ……私が安否を確認できているのはシーラさんだけです。後の方はどうなったか分かりません……」
「……そうですか……皆さん……ご無事だと良いのですが……」
アイリは心配そうに目を伏せた。
「では、私はこのまま旅を続けます。報酬は別の冒険者ギルドでの受け取りにして頂けますか」
「承知しました。報酬の支払いについてはこちらで調整いたします」
「ところで……情報が錯綜しているとはどういうことなのですか?」
「冒険者ギルドは独自に斥候を出して、ペルシア帝国軍の動きを逐次監視していたのですが……奇跡が起きたみたい……です」アスナは歯切れの悪い返事をした。
「奇跡ですか?」
「はい……奇跡です」
「どのような奇跡なのでしょうか?」
「それは突然神風が吹いてペルシア帝国軍は一瞬で消えてしまったようです……。もう少し詳しくお話しいたしますと、ペルシア帝国の主力の陸軍は竜巻に巻き込まれ海の沖に投げ出されてしまいました。また、秘密裏に集結していたペルシア帝国海軍の軍船は、大粒の雹と激しい雨を伴った下降気流により、大時化で荒れた海に飲み込まれ沈んでしまったようです」
「海軍もいたのですか?」
「はい、報告では総数1000隻以上の無敵艦隊だったそうです」
「そうなのですか……」
瓢箪から駒、超巨大積乱雲は私の与り知らないところで、八面六臂の大活躍をしていたようだった。
「こんなことあるんですね……」アスナは訝しみ、
「なるほど……あるんですね……」私はしみじみと賛同した。
2人の納得した理由はかなり食い違っていたようだったが……。
「それではこれで失礼します」私がさっと話を切り上げると、
「お疲れ様でした。そうそう、ペルシア帝国軍が壊滅したことで、フランシス公国の冒険者ギルドは、今まで通り存続する運びとなりました。また機会があれば是非こちらの冒険者ギルドへお越しください。その時には今回のような恐ろしく危険な依頼ではなく、駆け出しのアイアンの冒険者でも安心して受けることができる、教会の庭掃除や溝渫いと言った、安全な仕事を斡旋できると思います」
アスナはさっと髪を揺らしながら笑顔で教えてくれた♪
◇◇◇
冒険者ギルドを後にして、フランシス公国の正門に来ると、そこにはセイラさんと教会の子供たちが待っていた。
「ダイサク様、お待ちしておりました」
「セ、セイラ様……気がつかれたのですね……良かった」
「はい、ダイサク様のお陰で無事に帰って来ることができました」
セイラさんは教会から直接ここへ来たのだろう。彼女は真っ白な祭服を身にまとっていた。華美な服や薄い一枚の布も好いが、こちらも負けず劣らず美しい。
濡れた金色の髪に潤んだ碧い瞳が、清楚な白い服によく似合っていて、私にはそれがあたかも花嫁衣装のようにも見えた。
「いえいえ……私は自分の身を守ることで一生懸命で、何もお手伝いできませんでした……護衛騎士の皆さんのご冥福を心からお祈りいたします……」
「ところで、ダイサク様……貴方様がフランシス公国と私の命……そして、この子たちの笑顔を守ってくれたのですね……」
「えっ、セイラ様がおっしゃっている意味が私には良く分かりませんが……私はセイラ様のご指示通りに自分が逃げるので精一杯でしたよ」
私はそう言ってセイラさんの感謝にしらっぱくれた。
「そうですか……分かりました」
私の言葉に納得していない様子だったが、セイラさんはそのまま話を続けた……。
「ダイサク様は神様ではないでしょうか?」
そう言ってセイラさんは上目遣いに私を見た。
その何気ない禁じられた遊びの一言を皮切りに、そう、あの教会の子供たちの言葉の連撃が始まった――
「えっ……セイラ様、そっ、それはないよ!」
「そっ、そうよ……セイラ様の体を抱きついて……柔らか~いって喜んでいたよ」
「ダイサクのおっちゃんは、セイラ様の寝顔を見ながらずっとにやにやしていたぞ」
「そっ、そうさ、ダイサクのあんちゃんは修行僧だ!」
「修行僧~、修行僧~、修行僧~、修行僧~」
私にとって非常に不本意な、子供たちの大合唱が永遠と続いている。
「小悪魔たちを今すぐ縮空で大気圏外へ飛ばして、宇宙から青い地球を見せてやろうか!」
誤解を解かねばと慌ててセイラさんを見やるが……、
「まぁ、ほんとに」
セイラさんは『ぽっ』と思いっ切り顔を赤らめながらも、満更でもない様子だったので、私は『ほっ』とし、そんな2人を子供たちは『ぼっ』と指をくわえて見ていた……。
――ちなみに以前試しに物理障壁魔法を二重張りして縮空で飛んで見たところ、海の上には巨大な大陸一つしか見当たらなかった。そして、この星も地球と同じく青く美しかった――
「ダイサク様、宜しければこの国にずっと残って頂けませんか? この度貴方様に受けた恩を全て返すことができるとは思いませんが、末永く私たちと一緒にフランシス公国で暮らして頂きたく存じます」
セイラさんはそのように嘆願した。
「……大変ありがたい申し出なのですが……私はまだまだ修行中の『修行僧』の身であり、見聞を広めて武を極めるために、世界をもっと旅して回りたいのです」
「……そうなのですか………」
セイラさんは私の返事に少し意気消沈してしょんぼりしてしまった。
「でも……ぎりぎりまで頑張り踏ん張っても、追い詰められて窮地に陥った時はいつでも呼んでください……光よりも早くセイラ様のもとへ駆け付けますから――」
「ホントですかぁ~?」
セイラさんは上目遣いで、いたずらっぽく私の顔を覗き込んだ。
「あっ……本当です。冒険ギルドの伝言板に書き込んでくだされば……」
「承知しました。それでは貴方様の旅が終わられたら、必ずここに戻ってセイラを迎えに来てくださいませ、私だけの神様――」と言って、
セイラさんは両手でさっと私の左手を取り彼女の指を絡めると、その手を彼女の胸の前に持ってきて何かに祈りを捧げている!
『純粋な彼女の心の中でなにかが大爆裂しているな』とは思ったが……。
「それでは……これで失礼します」
「はい……行ってらっしゃいませ♪」
「ダイサクのあんちゃん、またな」
「早く帰って来てね」
「また……いろんな旅のお話聞かせてよ」
「お土産……楽しみにしてるよ~」
「ばいば~いき~ん」
子供たちが手を振って思い思いの言葉を贈ってくれた。
彼らの小さな指に後ろ髪を引かれながらも、公国旗はためくフランシス公国を後にしたのであった。
今日もいい天気だ――頬にあたる海風が心地よい。
道に沿って、ずっと百日紅の可愛いピンク色の花が咲き誇っている。
風もなく海はベタ凪で海面は静まり、まるで絵に描いたかのような素晴らしい海辺の景色が広がっている……。
『ピィ~ヒョロォ〜、ピィ~ヒョロロロォォォ~』
私の頭上では、真っ青な空をあの鳶が旋回しながら、子供たちから貰った『黒のコッペパン』と『ビーフジャーキー』を、性懲りもなく狙っている……。
――さて……あの岬の向こうには、どんな出会いや冒険が待っているかな?――
そう思いながら歩み出すダイサクの心は、純真無垢な子供たちの笑顔のように、すっきりと晴れ渡っていた――
『ダァ~ンダダッ、アチャッ!』
劇終のリズムが私の心の中を通り過ぎた!
【フランシス公国は前途多難な恋の始まりか?の巻】終
ありがとうございました。
次の話は猫耳族の漁民を食い物にする、七人の侍サムライと竜神様のお話です。
次回をお楽しみに!




