18 コロッセオ
こんにちは、
どうぞお楽しみください。
【コロッセオ】
次の日、私たちは闘技場の真ん中で緊張して突っ立っていた。
闘技場は数万人の巨人族で埋め尽くされ、
「ウォォォォ~」という歓声、雄叫び、絶叫と、
『ドッドッドッドッ』という轟音、振動、重低音ストンピングで、闘技場は強く震えていた。
私たちの一回戦の相手は、ジノーヴァ公国所属の同じ人族の冒険者だった。前衛には戦士と盗人、後衛には魔法使いと僧侶という、攻守にバランスの取れたチームのようだ……
「おらたちの帰りをウルル村のみんなが待ってるだぁ」
「んだぁ……」
「だっちゃ♪」
「さぁ、行きましょう!」
私たちは円陣を組んで声を掛け合ってお互いを鼓舞する。
『グワァァァァーン』大銅鑼を叩く合図と共に、
「はじめっ!」巨人族の審判が仕合の開始を告げた。
「あっ~いやぁぁぁ~」私はおったまげて思わず心の声が外に漏れ出てしまった……
「いくどぉぉぉ~」アクスは斧を担ぎ、
「かまっ、かまぁ」ホーエは草刈り鎌を頭上でぶん回して、
「やっちゃうちゃ」アーティは竹弓を引いて、
百姓一揆の如くみんな一緒になって、後先のことを何も考えずに相手へ突っ込んで行ってしまったのだ! 仕方なく私も透かさず皆を追いかけて相手の出方を見た。
『ファイヤーボール』魔法使いは火の玉を発射し、
『プロテクション』僧侶は物理防御障壁を張った。
戦士は両手大剣を中段に、盗賊は短剣を脇に構えて私たちを待ち受けている。
「林檎加速!」私は味方3人を牛蒡抜きして先頭に躍り出ると、
『パァァァ~ン』右のパンチャックでファイヤーボールを左から右へ弾き、
『パリィィィ~ン』左のパンチャックで敵チームのプロテクションを叩き割って、
その勢いのまま回転しながら、驚き顔の戦士と盗賊の顎先に双節揚焼鍋をしゅっと掠らせた……
『ドッドォォォ~ン』脳震盪を起こして、ふらふらになっっている前衛の2人にアクスが体当たりで突撃すると、その後ろの詠唱中の魔法使いも一緒に3人を一気に吹っ飛ばした。そして、アクス、ホーエ、アーティの3人に囲まれた僧侶は、持っていた杖を捨て両手を挙げて降参した。
「勝者、ウルル村!」と審判が勝利を告げると……
「ウワァァァ~、ワァハッハ~、ヒィ~ハァハッ」
観衆の歓声と笑いに包まれて、ウルル村のパーティは初戦を危なげなく突破したのであった。
◇◇◇
そんなこんなで、いよいよ準決勝が始まった。
『ドドドドドーン!』
不戦勝だった優勝候補筆頭の巨人族の2人組が登場した。
彼らの名前は『阿』と『吽』、巨人族の中でも特に身体が大きいようで、
2人とも身長2.5mはありそうだ。観客は彼らの実力を知っているのか、その声援は今までよりも一層大きなものになっていた。
彼らの相手は『砂漠の都ジプト』の冒険者パーティだ。
今大会参加者の中では人族最強と評判の高いパーティで、重戦士2人に魔法使い2人の攻撃特化型のパーティ編成だ。一人の白騎士は、鋼の剣、鋼の盾、鋼の鎧を身につけ、もう一人の黒騎士は、黒鋼の剣、黒鋼の盾、黒鋼の鎧、といった高品質の武器と防具を身に着けていた。
『それぞれの鎧には青と金のラインが入ってめっちゃかっこいい!』
それでもこの試合の掛率は、巨人族1.1倍に対して人族13.2倍となっていて、巨人族の誰もが人族が巨人族に勝てるとは思っていないようだ。
『グワァァァァーン』大銅鑼の音が響くと、
「はじめっ!」と巨人族の審判が試合の開始を告げた。
『速度上昇』男の魔法使いが詠唱すると、
『腕力上昇』女の魔法使いがそれに続き、
砂漠の都ジプトのパーティの攻撃力は一気に倍近くまで跳ね上がった。
「すんげぇ~、あんな冒険者たちには勝てっこねぇぞ……」
「んだんだ……」
「いやっちゃ……」
「すごかねぇ~」3人との接する時間が長くなって、私の話し言葉も少し訛って博多弁になっている。
巨人族の2人は直ぐに二手に別れて、パーティを挟み撃ちにする位置に位すると、だんだん速度をあげながらパーティに突進して行くと……
『魔法火矢』炎の矢が阿に放たれた。
『魔法雷矢』雷の矢が吽に放たれた。
「ハァァァッ!」阿の覇気で炎の矢が消し飛び、
「ハァァァッ!」吽の覇気で雷の矢は掻き消され、
阿と吽は最高速度で白と黒の2人の騎士に正面衝突する。
『二重投縄ォォォ~!』と声を張り上げ、阿と吽が力任せに左の剛腕で騎士たちを挟み撃ちにすると、白と黒の戦士は空中で絡み合いながら回転して虹のような光を放ち、そのまま顔面から地面に叩きつけられた。
「うぎゃぁぁぁ~」
「ぐぅわぁぁぁ~」
そう叫んで2人の騎士は何もできないまま気を失い、残った2人の魔法使いは、腰を抜かして尻もちをついているところを、阿と吽の各々の左手で親猫に運ばれる子猫のように、首根っこを鷲掴みにされたまま、何も出来ずにぐったりと頭を垂れていた。
「ウィィィ~ン!!」
阿と吽が右手を高々と上げて、ロングホーンの指型を形作って勝利の雄叫びをあげると、
「ウワァァァ~」3万5千の観客は総立ちになって拍手喝采し、闘技場はスタンディングオベーションの状態となった。
そして、いよいよ決勝となった。
私たちのパーティは勝抜戦の籤運にも恵まれたこともあり、どうにかこうにか決勝戦までたどり着いた。次の試合に勝てばウルルの村人たちの悲願である、破岩の巻物を手に入れることができるのだが……
「みんな、この試合でお終めえだ……」とアクスが小声で言うと、
「んだな」とホーエが力なく返事をし、
「そうだっちゃねぇ」と言ってアーティがちらりと私を見た……
「ですね……」
3人とも意気消沈していた。それもそうだろう、あれほど巨人族と人族の圧倒的な力の差を見せつけられたのだから、今直ぐにでも試合を辞退して、ウルル村へ帰り支度を始めたい気分だろう。
しかし、彼らはウルル村の同朋の切なる思いを背負って今ここにいる。ここまで来たら引き返すという選択肢はあり得ない。
「なんくるなるさぁ~」と私が3人に声を掛けると、
「なんだっちゃ?」とアーティが聞いて来たので、
「切なる願いは叶うという、私の祖国の魔法の言葉ですよ♪」と答えた。
「なんくるなるだぁ~」
「なんかくるせいだぁ~」
「なんくるなるっちゃ~、グランマのばかぁ~」
みんなの調子が少し戻ったような気がしてちょっと安心した。
……、さて、いよいよ決勝戦が始まった。
これまでの戦いで3人の武器は既にぼろ雑巾のようにくたくたになっている。
アクスの斧は刃がほとんど欠け、ホーエの草刈り鎌の刃線は折れ曲がり、アーティの竹弓の弦は切れており、極め付きには彼女の虎の縞々パンツが時々ずり落ちて、こっちの方がどぎまぎして目のやり場に困ってしまう。
『まいっちんぐ、まちこ先生ぇ~』
『グワァァァァーン』大銅鑼を叩く合図と共に、
「はじめっ!」巨人族の審判が試合の開始を告げた。
「やっぱりそうだよなぁ」私の思っていた通りのウルル側の攻撃だった。
「いくどぉぉぉ~」アクスは斧を担ぎ……
「かまっ、かまっちゃうだぁ~」ホーエは柄の折れた鎌を口に咥えたまま、左右の手に刃線の曲がった鎌を持った三鎌流殺法で……
「やっちゃうちゃっ」
アーティは弓弦の切れた竹弓を右手でぶんぶん回しながら……
3人は今までの初戦からの戦いと同様、百姓一揆の如く思い込んだら命がけ、脇目も振らずに一緒になって敵地へ突っ込んで行った。だとすれば……、私は透かさず皆に物理障壁を2重掛けして最低限の安全を確保した。阿と吽は今までの戦いと同じように対角線に位し、だんだん速度をあげながら3人に突進した。すると3人は恐怖の余り突撃の途中で立ち止まり、震えおののきその場で立ち竦んでしまった。
『二重投縄ォォォ~』
阿と吽が力任せに左の剛腕で3人を挟み撃ちにすると、外側の魔法物理障壁が破壊された。辛うじて内側の魔法物理障壁で守られた3人は、そのまま回転しながら闘技場の壁まで吹っ飛ばされ、壁にめり込んで3人仲良く気を失ってしまった。
コロッセオには阿、吽、そして私しか立っていなかった。
『ウルル村の皆の夢のために、一宿一飯の恩を返すために、3人の仲間との仮初の友情のためにここは一肌脱ごうじゃあ~りませんか』と言う思いを胸にして、今まさにダイサクと2人の巨人との戦いの火蓋が切られようとしていた。
『ダァ~ンダダッ、アチャッ!』いつもの如く戦いの律動が頭を過った!
ありがとうございました。