10 闘牛士
マリアに隠されたもう一つの正体とは?!
どうぞお楽しみください。
【闘牛士】
「んんっ……はっ」
気が付くと、そこはラマンチャの迷宮のシルバーミノタウルスと戦いを行った、私たちのパーティが元居た場所だった……。
「皆は……良かった……『あなたの知らない世界Q』から全員戻って来ているようだ」
――全員、気を失っているようだが大丈夫だろうか?――
そのように頭の中で思いを巡らせながらも、直ぐに3人の救命救急を開始する……。
「良かった……とりあえず……呼吸と心拍に異常はない」
ティナ、ニーナ、マリアの3人とも全員命に別状はなかった……。
『ハイヒール……ハイヒール……ハイ、ヒール!』
私は中級治癒魔法を唱えて、ティナ、ニーナ、マリアの3人全員の傷をほぼ完全に治療した。
「ううう……ダ、ダイサクかっ……無事だったのか……」
「うにゃ~、ダイサクにゃぁ~」またもや寝ぼけ眼の猫に、
「あああ……ダイサクさん……よくご無事で……」と涙ぐみ安堵するマリア。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ……ダイサク……千手観音はどうした?」
「うにゃ~頭がくらくらするニャ~すごい数のきらきら星だったニャァ~」
「どこも痛くない……ダイサクさんが治療してくれたのですか……?」
「はい……皆さんが気を失った直ぐ後に、また空間が歪んで運よく元の場所へ戻って来れたのですよ。それから、気を失っていた皆さんに、私が治癒魔法で治療しました……こう見えても――何てったって修行僧――ですからね」
そう言って、私はにやりと笑みを浮かべた……。
「ダイサクさん……治癒の魔法が使えたんですね……けれども……私たちの怪我はヒールで治るような、そんなに軽い怪我ではなかったはずなのですが?」
マリアの私への疑惑の心の声が駄々洩れで、何やらぶつぶつと独りごとを呟いていたのだが、私は要らぬ詮索を受けたくなかったので白っぱくれることにした……。
――年を重ねると自然と呆けた振りができるので便利なのじゃ――
「……それで千手観音はどうなった?」
「良くわかりません……何かの弾みで空間が歪んで、千手観音は次元の狭間にでも落ちてしまったのではないでしょうか? 何はともあれ、全員無事で良かったです!」
「それにしても……千手観音とは一体何だったのだ?」
「にゃにゃ不思議にゃ……とにかく良かったニャァ~」
「ダイサクさん……ありがとうございます」
「私も少しは皆さんのお役に立てて良かったです」
「でもにゃ……真っ赤に燃える太陽じゃにゃくて、櫓をぶん回すダイサクを見たような気がするニャァ~?」
「真っ赤なオールですか? 白河夜船ですか……たぶんニーナは雷に打たれて変な夢でも見たんですよ!」
「なんの船にゃっ? ダイサクはときどき珍紛漢なことを言うニャッ……それにゃしてもニーニャは火祭りの夢でもみてたのかニャァ~……にゃにゃにゃ……もしかしてダイサクがあの怪物をやっつけたんじゃにゃいのキャッツ?」
――ビックラッコォォォ~ン……ん~……この猫ったら……爪と勘だけは猫一倍するどいんだから……』
ニーナが猫拳でいきなり核心の経絡秘孔を突いてきた。
――アチョォォォ~――
「私はアイアン等級の駆け出し冒険者ですよ……そんな腕前は持ち合わせていません……ティナさんに言われた通り、カチカチと歯を鳴らしながら、皆さんの戦いをずっと後ろの岩陰からそっと震えながら覗いて見ているだけで精一杯でしたよ」
「…………」
「…………」
ティナとマリアは思うところがあるのか沈黙していた……。
「やっぱり、そうだニャア~」
「いやぁ~本当に凄い戦いでした……それにしてもニーナのブーメラン攻撃……ほんとに惜しかったです……あれが当たっていれば一発で勝負はついてましたね」
そう言って猫の耳の後ろを撫でるように煽てると……、
「そうにゃ……それほどでもにゃいニャ♪」
ニーナはゴロゴロと喉を鳴らした。
私は即座に『びっくり』を『振り』に変えて、120パーセントの名回答で返したのだった。
――お見事! 我ながら自画自賛だ――
「千手観音! 物理反射障壁に必殺魔法のサンダーブレイクか……皆よくあそこから生きて戻って来れたもんだね……ダイサク……ありがとよ!」
「いえいえ、どういたしまして♪ 『船は帆で持つ、帆は船で持つ』困った時はお互い助け合いですよ!」
「そうだな……、それじゃあ、みんな帰ろうか!」
「はいニャァ~」
「はい、帰りましょう!」
「ついていきま~す。どこまでも『ポッポッ~』」
◇◇◇
私たちは冒険者ギルドに行って、ミノタウルスの討伐依頼の達成と、未確認迷宮怪物(ULM)の『千手観音』についての報告を行った。
「……ということだ」
「にゃっ! クマネズミが走ってるニャ!!」
「……ということです」
「ニーナ、静かに! 室内を走ってはだめ~」
私はネズミを見て反射的に駆け回るニーナを注意した。
ティナとマリアが受付嬢への説明を終えると……。
「ティナさんのパーティがシルバーミノタウルスと遭遇されたのさえ驚きですが、物理反射障壁と雷破壊の魔法を持つ未確認の迷宮の怪物ですか……。
今迄それほどまでに恐ろしい怪物の話を聞いたことがありません。この件に関してはギルド長から他の冒険者ギルドへ、早急に確認を取って頂きます」
レイナはひしひしと心の底から怯えていた……。
それから、レイナにミノタウルスの黄魔石、魔牛肉、シルバーミノタウルスの青魔石と特A魔牛肉を査定して貰った……。
暫くすると査定を終えたレイナが受付に戻って来た……。
「ミノタウルスとシルバーミノタウルスの査定が終わりました……今回の報酬は、黄魔石が金貨1枚、魔牛肉が金貨3枚、青魔石が金貨5枚、特A魔牛肉が金貨5枚となります……それからギルド長の心遣いで、千手観音の情報提供が特別報酬として金貨4枚……合わせて金貨18枚になりましたが……これでよろしいでしょうか?」
「それでいい」と言ってティナは報酬を全部まとめて受け取った……。
「それではダイサク……これがおまえの取り分だ……」
私が約束の金貨1枚と銀貨8枚を受け取ると……、
「それで……これは私からだ……世話になった」ティナは金貨を1枚追加で差し出した。
「ダイサクさん……ありがとうございました」マリアも金貨を1枚差し出した。
「ダイサク、ありがとニャッ♪」ニーナは魚の干物を1匹差し出した。
「ありがとうございます……私……感謝感激、雨あられでございます」
――皆の心遣いにぐっと泣けてくる――
明日はロンダの町の『麦の収穫祭』だ!
ロンダ町の中心のメイン会場――闘牛場』――で、正午に待ち合わせの約束をしてパーティの皆と別れた……。
私は少し疲れていたので、そのまま宿の『ドンキイヌ』に帰ってきた。
「ただいまぁ~」私は女主人に声を掛けた。
「お疲れ様……無事に生きて帰って来れたようだね……すぐに夕飯にするかい?」
「お願いしま~す」
「あいよ……今日もパエリアでいいかい?」
「はい、それとオニオンスープを……」
「あいよ……今日のパエリアは、『魔牛肉と海鮮のパエリア』だよ。オニオンスープはおまけしとくよ!!」
2日続けてのパエリアだったが、味違いで大変に美味しゅうございました♪
◇◇◇
次の日の午後、待ち合わせの闘牛場に行くと、ティナとニーナが先に着いて待っていた……。
「ワァァァ~! ワァァァ~! ワァァァ~! ワァァァ~!!」
闘牛場は闘牛士への歓声で溢れ返っている……。
「あれっ、マリアさんは?」と二人に尋ねてみたところ……、
「あそこだ!」
「あそこニャ!」
ティナとニーナが闘牛場の中心を指差した……。
「ええっ……マッ、マリア……マッリあぁぁぁ〜!?」
そこには、ご自慢のストレートの金髪をくるりんぱに纏め、白シャツ、赤いネクタイ、青生地の服、大きな金銀の刺繡の入った布を身に纏うマリアが、一人静かに佇んでいた。
「マリアは冒険者になるずっと前から闘牛士をやってるぞ!」
「マリアは断崖の町ロンダで最高の闘牛士ニャッ!」
「ティナでなく……マリアが闘牛士~!」
「だぁ~かぁ~らぁ~……シルバーミノタウルスの突進をひらりと躱して……私へ難なくシルバーミノタウルスをキラーパスすることができたのか!」と呟き一人納得した。
「オーレ! オーレ! オーレッ! オーレ! オーレ!」
マリアが6本ある手銛を黒野牛に1本づつ打ち込む度に、闘牛場全体が大きな歓声で包まれた……。
そして、終にクライマックスの『テルシオ・デ・ムエルデ』!
マリアが赤布を右に左に翻し、長剣で黒野牛の肩甲骨から心臓を貫いて止めを刺した!
『ドッサッァァァ~』
ブラックバッファローは前膝を地についてゆっくりと倒れた。
「ワァァァ~、ワァァァ~、ワァァァ~、ワァァァ~、ワァァァ~、マリアッ! マリアッ! マリア! マリアッ! マリアッ!!」
マリアへの歓声により闘牛場はいつまでも終わることなく震えていたのだった……。
◇◇◇
翌朝、ティナ、ニーナ、マリアの3人が、ロンダの町の正門まで旅立つ私を見送りに来てくれた。
「ダイサク……達者でな」
「ダイサク……また来るニャッ」
「ダイサクさん……お世話になりました」
「こちらこそ大変お世話になりました……何かあれば冒険者ギルドの伝言板で連絡してください」
「そうしよう」
「わかったニャッ」
「承知しました」
「それから、ティナさん、これを……」
「これは……?」
「これでパーティのみんなを守ってあげてください」
私は千手観音の超レアドロップアイテム――物理反射の盾――を、母親に隠れておばあちゃんが可愛い孫に小遣いをあげるように、アイテム袋からこっそり取り出して、ティナにそっと手渡した。
――いいから、いいから……取っておきなさい♪――
「ダイサク……こっ、これを……どこで!?」
「あそこに落ちていたので……抜かりなくひらりと拾って……自分のアイテム袋に入れておきました。何てったって……私、最高の荷運び人ですからね……」
「それならば……この盾は、拾ったお前が使えばいいじゃないか?」とティナが言うので、
「いえいえ、相棒が焼き餅を焼きますから」
そう言って、私はすっとパンチャックを人差し指で指し示し、ニヤリと笑った……。
「そうか……それでは……暫く借りておこう」
「ダイサク……また帰って来るニャッ」
「やはり……」マリアはそう呟いた。
「それでは、失礼します……またお逢いしましよう♪」
「さらばだ……」
「ばいニャッ……」
「さようなら……」
ティナとマリアはゆっくりと手を振り、ニーナは両手をぶん回していた……。
私も皆にゆっくり大きく手を振り返した……。
「マリア……この盾は……」手を振りながらティナが尋ねた。
「はい……間違いなく物理反射の盾ですね!」
ゆっくりと手を振りながらマリアは神妙に答えた……。
「こんな神話級の防具が、その辺に落ちているはずもないな……」
「はい……落ちているはずがありませんね……」
「マリア……あの戦いを見たか?」
「はい、ちゃっかり見ましたよ……あれほどの衝撃波ですからね……寝た子も起きちゃいますよ……」
「凄まじかったな!」
「はい、凄まじかったです……」
「彼は一体何者なのでしょうか?」
「武神か……?」
「神様でしょうか……?」
ティナとマリアが同時に呟いた……。
「なんニャ、みんな知らなかったのニャ? ダイサクはアイアン等級の駆け出し冒険者ニャァ~」
そうと叫んで、ニーナが2人の話の腰を引っ搔いた……。
「ははは……そうだな……気前のいい変わり者の冒険者だな!」
「ふふふ……そうですね……私たちと一緒に死線を越えて冒険した仲間ですね!」
3人は彼の姿が金色の麦畑に消えても延々と手を振っていた……。
今日もいい天気だ。頬にあたる微風が心地良い……。
金色に輝く穂をつけた麦の畑と、真っ青な空に湧き出る真っ白な入道雲、麦畑の白い大風車は大きな黒い羽根をゆっくりと回して、まるで手を振ってくれているようだ……。
「さて……あの丘の向こうには……どんな出会いや冒険が待っているかな?」
そう思いながら歩み出すダイサクの足取りは、『貧相な馬』のようにちょっぴり軽やかだった。
『ダァ~ンダダッ、アチャッ~』
――新たな戦いの律動が俺を呼んでいるゼット――
ありがとうございました。
私もかつて旅先で、闘牛になりきり闘牛場を駈け回ったことがありました。
次回をお楽しみに!