09 千手観音
こんにちは、
どうぞお楽しみください。
【千手観音】
「……ニーナ……ニーナ起きろ……み、みんな大丈夫か?」
ティナが皆に声を掛けた。
「んにゃんにゃ……だいじょうぶニャ……」
「平気です」
「無問題です」
「……ここは? 暗くて……よくわからないな」とティナが囁いた。
「閉ざされた空間にゃ……どこにゃも出口がないニャッ」
「ティナ……あそこに何かいます」
マリアが何かの存在に気付きリーダーのティナに知らせた。
私たちが見つめる真っ暗な闇の先には、金色の何かがぼんやりと浮かび上がっていた……。
「仕方ない……マリア、灯を頼む……」
「はい、承知しました。『ホ~リ~ライト!』」
マリアが神聖光輝の魔法を唱えると、辺りは魔法の効果以上に明るくなった……。
この空間にはたくさんの水晶が点在していて、魔法の光を乱反射したようだ。
そして、空間の真ん中には『千手観音』の像が鎮座していた……。
高さは3メートル程だろうか、背後に無数の手が浮かんで見えている。
この時点では千手観音の二つの目は静穏に閉じられていて、立派な仏像にしか見えていなかったのだが……。
『ゴォォォ~ン……ゴォォォ~ン……ゴォォォ~ン……ゴォォォ~ン』
除夜の鐘を撞くような低く大きな音が響き、千手観音の両の目が、阿弥陀如来菩薩の如くすっと薄く開いた瞬間が戦いの始まりの合図だった――
『バリッ――バリィバリィィィッ――ドッドッゴッ~ン』
私たちのすぐ近くの地面に大きな穴が開き、焦げ臭い臭いと真っ白な白煙が生じた……。
「なっ、なにぃ……魔法攻撃か!?」とティナが声を上げた。
「おっ、おへそ、とられちゃうニャ」ニーナは自分の臍を両手でさっと隠した……。
「そっ、そんな……この魔法の威力は……間違いない……必殺魔法――サンダーブレイク――です」
マリアはこの雷撃をそのように解析した。
「……みんな……ここは腹を括って戦うしかないみたいだね。マリアはここから後方支援……ニーナは私と一緒に前衛だ! 一気に攻め落とすよ、私について来な!」
「はいニャッ」
「わ、わかりました」
「…………?」
私が右手の人差し指で自分を指差すと……、
「……ダイサク……私たちのクエストに誘って悪かったね……見ての通り千手観音は凄まじい怪物だ! 私の直感もビリビリしているよ……あんたは怪我しないように後ろに下がって岩陰に隠れてな……大丈夫、安心しな……何とかして見せるさ!」
「それじゃぁ~みんな押していくよ! はぁりぃやぁぁぁ~」
「はいニャァァァ~」
「プロテクション!」
ニーナはティナの直ぐ後ろに続き、マリアはティナの鉄の盾の防御力を物理障壁の魔法で30パーセント上昇させた。
そして私はティナ指示されたとおり、この戦いの戦況を見定めるべくミサイルフリゲート艦のように、皆のずっと後ろの岩陰から戦いを静観することにした……。
ティナは千手観音の目の前で左に大きくステップし、奴が合掌している二の腕の右下脇腹へ、力いっぱい鉄の剣を叩き込んだ――
『キュイィィィン、ドッカーン』
何と言うことか、攻撃を入れたはずのティナの方が逆に吹っ飛ばされてしまった……。
『キュイィィィン、シュッバッッッ、ガガッゴロゴロゴロ~』
一方、ティナとほぼ同時にブーメランで攻撃を仕掛けたニーナは、跳ね返ったブーメランによって右足に深い傷を負って、顔から地面にぶち当たり転がった……。
「……そ、そんな……物理反射障壁なんて!?」
青ざめたマリアは直ぐに倒れたティナのもとへ駆け寄った……。
「まずいね、物理反射障壁に雷魔法かい……こんな恐ろしい怪物、これまで見たことも聞いたこともないよ!? 私たちのパーティじゃぁ、全く勝ち目がないね……ゴフッ」
唇についた真っ赤な血反吐を拭いながらティナはそう呟いた。
「ティナ、しゃべらないで……『ヒィ~』」
マリアが治癒魔法のヒールを唱えようとした正にその時だった――
『バリバリバリィィィ、ドッゴ~ン』
ティナとマリアに必殺魔法のサンダーブレイク)が直撃し、2人はその場にどさりと倒れてそのまま意識を失った……。
「ティにゃぁ~ マリにゃぁ~」
ニーナは、右の頬から血を滲ませ、もう動かない右足を右手で抑え引きずりながら、ティナとマリアの元へ向かった……。
「ティにゃぁ~ マリにゃぁ~ ティにゃぁ~ マリにゃぁ~」
泣きながら何度も何度も2人の名前を呼ぶニーナ、ティナとマリアへ救いの左手を差し伸べた将にその瞬間だった!
――ア~ヴェ~マリィィィイ~ア~――
『バリバリバリィィィ、ドッゴーン』
とうとうニーナに対しても、蟻たちの行進を虫眼鏡で集めた太陽の光で焼き尽くすような、無慈悲な追い打ちの一撃が放たれた……。
『ドサッ……』
ニーナは棒立ちのままサンダーブレイクに打たれ、棒切れのように無言でその場に倒れてしまった。
「ああっ、何と言うことだ……パーティはここで全滅してしまっ……しまう……しまうま……い、いや、まだ全滅していな~い……まだ、自称切り札のAのダイサクが残っているじゃ……あ~りませんか……」
「ずっと昔のRPGだけど、昨日のことのように覚えているのさ……この攻撃パターンの好敵手を……ありがとう、我が聖典よ!」
――そろそろおいらの出番だぜということで……今後ともよろしく♪――
私は先ず『魔法反射障壁』と『治癒魔法』を唱え、倒れた3人に魔法反射障壁を張、簡易の救命救急を施すと――
『リフレクション!』
この手の敵には慈悲と思いやりの心が必須だ!
敵に塩を送るという訳ではないが、千手観音にも魔法反射障壁しっかりと張ってやった……。
私はアイテム袋よりオールウイングとアイアンカイザー(鉄拳鍔)を取り出し、避雷針代わりにオールウイングを地面に垂直に突き立てると、アイアンカイザーを拳に装着して準備は万端整った……。
そうして私は威風堂々と千手観音の真っ正面に立ち塞がる――
「かかって、こいやぁ~」
敢えて的になるように、わざとらしく声を大きく張り上げて奴を煽った――
『バリバリバリィィィ、ドッゴッッッ~ン』
『ピッシーン』
千手観音のサンダーブレイクは奴自身に跳ね返った――
『バリバリバリィィィ、ドッゴッッッーン』
千手観音は自身のサンダーブレイクを喰らって白煙を上げた……。
『バリバリバリィィィ、ドッゴッッッ~ン』
『ピッシーン』
必殺パワーのサンダーブレイクが霊する――
『バリバリバリィィィ、ドッゴッッッーン』
「シャウワァァァ~」
魔法反射により二度目の雷撃が直撃すると、千手観音は挙句の果てに大きな悲鳴を上げた……。
――馬鹿め……これ以上サンダーブレイクは使えないゼット――
私は足を大きく開いて右手と右足を前に出し、千手観音に対して体を真横に構えた。
親指で左の頬に付いた水晶の粉をすっと拭った後で、右手人差し指をくいくいっと曲げておいでおいでと手招きすると……、
『ギュウォォォ~ン、ウォォォ~ン、ウォォォ~ン、ドッス~ン、ドッス~ン』
千手観音は白いモビルスーツのように力強く立ち上がるとゆっくりと動き出した。
千手観音は戦法を近接戦闘に切り替え、物理反射障壁を解除して私に近づいて来る。そして攻撃の射程距離に入るや否や――
『シュラシュラシュシュシュ、シュラシュシュシュシュ!』
背後にある大きな998本の手を使って、拳固、手刀、掌底を仏通しで繰り出だした――
「ホワァッタッタタタタタァ~」
千手観音の998発の攻撃を、アイアンカイザーによるアイアンパンチと、立ち技最強のムエタイの防御技である、前蹴り、肘膝防御、片手払いを使って全て相殺すると、拳の衝突によって生じた数多の衝撃波が水晶を砕き、その粉塵が空間に舞い散ってきらきらと美しく輝いた……。
そのような攻防を寸時に繰り返しながら、私は千手観音との距離を徐々に詰めていった……。
『スッ、ガゴッ……スッ、ドゴツ……スッ、バシュゴッ』
途中から千手観音の攻撃を受け流し、腕を一本ずつ着実に潰してゆくと、やがて雲の狭から光明が射し奴に隙が生じた。
千手観音は終に合掌していた両の手の甲にある心眼を見開くと、清浄の右手と不浄の左手を使って、私を捕縛しようと黄金に輝く救いの手を差し伸べた……。
『勝利機招来!』
私は千手観音が掴みにきた両方の手を、ムエタイの両手払いで下へ強く開き払って必殺の連撃技に繋いだ――
「アッチァァァッ~、流星真空飛び膝蹴りぃ~」
私はアップルパワーを開放して超加速すると、空気との摩擦で真っ赤に燃え上がった膝を千手観音の顔面にぶち込んだ――
『グワァシャャャ~ン、ゴォォォ~ン……ゴォォォ~ン……ゴォォォ~ン』
金属が潰れるような鈍い音が、除夜の鐘の音の如く大きく鳴り響く!
私は流星真空飛び膝蹴りの反作用の力を使って、月面宙返り2回転半ひねりで着地すると、先ほど地面に突き立てたオールウイングを手に取った――
『縮空!』
私は瞬間移動で千手観音の頭上に躍り出た――
「戦いはこれで決まりだ……」
『流星燕返しぃぃぃ~』
思い切り仰け反った千手観音に、止めのファイト~イッパ~ツ!
千手観音は残った全ての手を頭上に翳しつつ、物理反射障壁を張ろうとするが時すでに遅し。
私は千手観音の懐に飛び込むと、右鎖骨から股間へ切り落とす――
そこから手首を返してアップルパワーの方向を転換すると、股間から左鎖骨へオールウイングを切り上げて、勝利のVの字の軌跡を描きながら千手観音を仏陀切った!
「グワッシャャャウワァァァ~」
「ホワァァァ~」
千手観音は断末魔の叫び声を上げながら3つの火の塊になった後、滅紫色の魔素となって宙に消え、私は奴の背中越しに大きく息を吐きながら勝利の呼吸を整えた……。
強者どもが夢の跡には『紫魔石』だけでなく、超レアドロップアイテムの『物理反射の盾』が落ちていた。
私がその紫魔石と物理反射の盾を、ささっとアイテム袋に入れた矢先……。
『フュオオオオーン』
初めに聞こえたミュージックソーのようなテクノチックなノコギリ音がしたかと思うと、再び周りの空間が歪み、我々のパーティは再び『あなたの知らない世界Q』へと吸い込まれてしまった……。
ありがとうございました。