プロローグ 先生とメーテル
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【プロローグ 先生とメーテル】
盤古パンゲア大陸の中心にある大草原のぽつんと一軒家で、先生(L)はメーテル(M)に話しかけた。
「メーテルさんどうかしやしたか? 最近やけに元気がないじゃないですか……」
「はい、先生……、ダイサクさんは私たちと一緒に月面基地アルテミスまで来きてくれるでしょうか?」
そう言ってメーテルはふっと小さなため息をついた……。
「そんなことは誰にもわかりゃあしません。ダイサクさんは丁度今、この時代の世界を旅されています。この旅の中で、自分の目で見て、肌で感じて、心で考えて、ダイサクさん自身の将来と世界の行く末ついて、自ら答えを見つけてくれると思いますよ」
「見つけることはできるでしょうか?」
「見つけてもらうしかありやせんよ!」
「時間……余り残っていませんね……」
「そうですねぇ~、あと1年と少しですかね。世界の終わりまでに残された日は……。なぁ~に、また直すぐに新しい世界ができますよ。もっと健康的で文化的な生活を営むことができる、戦争も争いもない人類にとって平和な理想の世界がね……」
「そうでしょうか?」
「そうじゃないですか! それが私たちの人類から与えられた至上の使命なんだから……」
「それはそうなのですが、そうなると、この世界の人たちは……」
そう言ってメーテルはふっと目を伏せた……。
「しかたありやせん。私たちは、どんなときも人類の味方なんです! そもそも人類は、こちらの世界の人たちと共存なんてできないじゃないですか。姿形は良くも悪くも似てはいますが、DNAの組成、構成、配列に至る何から何まで全くの別の生物なんですよ」
「そうでしたね……」
「そうです!」先生はきっぱりと自分に言い聞かせるようにメーテルに返答した。
「私たちはこちらの世界に長居し過ぎたのでしょうか……?」
「そうかも知しれません。それが私たち3名の役割でしたから……」
「そうでしたね。しかし、Kは、キルマリアは……、私たちはこの世界の人々と深く関わるべきではなかったのでしょうか?」
「Kの死は人類帰還計画を成功に導くための、必要不可欠な犠牲だったと考えるしかないでしょう! そのお陰で、私たちは全てを断ち切り、吹っ切り、割り切きって『ノアの箱舟計画』と『隕石落とし』に依る『人類帰還計画』を、何の躊躇なく冷徹に実行する覚悟を決めることができたじゃないですか!」そう言うと先生は寂しそうに笑った……。
「冷徹……ですか……」
「ええ、そうです。人類は2億3千万年という気の遠くなるような遥かな時間、この時が来るのをずっと待ち焦がれていたんです。今の環境であれば人類は再び地球へ戻れるんです。時は満ちやした……私たちは……もはや待ったなしの状況なんだから」と先生は淡々と論じた。
「それに……」先生の言葉が途切れた。
「それに?」
「メーテルさんが一番良く分かっているじゃないですか。人類には殆ど時間が残っちゃいないことを……」と先生は|飄々と話を続けた。
「2億3000万年という余りにも長い年月に耐え切れずに、睡眠低温状態装置の人類は全て死んでしまいました。目覚めた途端……どこぞの浦島の太郎のように、歳を取って逝ってしまうんだから質が悪い……そんなこんなで、私たち機械以外で今の時代に残っているのは、人類と主だった動植物の遺伝子情報くらいのもんです。既にこの計画を変更できる権限を持つ人類は誰一人として生き残っちゃぁ~いやせん」
「それでは……」
「そうです! 2億3千万年前の幕開けの計画通り、ほんの一握りの者だけを選別した後、その他の大半の生物には、この蘇った青い地球上から人類帰還のために全て消えてもらうことになります。この計画を実行できるのは、もう私たちしか残っちゃいないんだから……」
「それしかないのでしょうか?」
「それしかありやせん! 放射能と同じく魔素は人類にとって劇薬です。
その魔素を細胞水準で自然にその体内へ取り込もうとする異世界の生物と、免疫力さえ殆どない脆弱な昔の人類が、共存なんてできるはずもありゃせん」
先生は語気を強めて言った。
「話は変わりますが……魔人たちの強化は順調に進んでいるようですね?」
「はい、随分と時間とお金を掛けやしたからね。こちらから冒険者ギルドへ依頼をかけたのが良かったのでしょう。強い冒険者たちが年々歳々どんどん集まりやした。お陰様でディアハンター(鹿狩人)たちも上手くやってくれているようです」
「そうですか、それは良かったですね…」
そう言ってメーテルは悲しそうに微笑んだ。
「より強い異世界人の遺伝子を手に入れ分子機械と組み合わせることで、更に強い魔人の誕生に成功しています。吸血鬼ドラキュラ、三重連ゴーレム、神白鷹シャーキン、蛸入道クラーケン、大王烏賊ジャマイカと言った魔人たちも、これまで以上に強力な魔人に進化しています」
「その魔人たち、悪い噂が絶えないようですが?」
「そうですね……色々と思いのままに悪さしているようですが……まぁ~それも致し方ないでしょう。魔人たちには『如何なる手段を用いても構わない……Xデーまでに一人でも多くの異世界人を減らしなさい』としか命令していません。遅かれ早かれ異世界人は皆死ぬ運命にあるんですから……」
「……ところで……シーラパーナは今何をしていますか?」
「Kが死んだことが余程ショックだったんでしょう。暫くは何もせずにふらふらしていたようですが……」
「彼女、大丈夫でしょうか? 私たちナノマシン(分子機械)は命令に反すると、自動的にアポトーシス(細胞死)するようにプログラムされていますね」
「私も彼女が自己崩壊しないか危惧しています。……まぁ~魔物を使役して最低限の役割は果たしているようですが……」
先生は少し心配そうに答えた。
「あと……ヤマト帝国の動向はどうなっていますか?」
「あの国はこの世界を救済するために、ずっと水面下で動いていたようですが、ここ最近はしゃかりきになって、形振構わず表立って行動しているようです」
「ヤマト帝国の女帝アマテラスは未来予知の力を持っているそうですね……」
「はい、齢百二十にもなる婆さんですが……大地と精霊が味方について、あの婆さんに未来の事象を見せてあげているんじゃありやせんか……」
「ガイア理論ですね……」
「はい、地球そのものが一つの生命体であるという考え方で、今の地球の状態を維持するために自己調節機能を働かせ、隕石の衝突という未来に起こり得る我々の凄惨な計画を、超感覚的知覚を使ってあの婆さんへ伝えているようです。私たち人類は、大気汚染、水質汚染、森林伐採によって気候温暖化と生態系破壊を引き起こし、終いにゃあ~第6次核戦争でこの地球を滅茶苦茶にしてしまいましたからね。地球も腸が煮えくり返って相当お冠のご様子で……いよいよ本腰を入れて私たち人類の敵に回ったようです……」
「アマテラスの配下には、手強い軍師や武将がいるようですね」
「はい、注意すべきは宰相スターシャと勇者アキラです。彼らはあの手この手を使って魔力集めに東西奔走……、あちこち忙しく走り回って、魔導砲のエネルギー源となる魔力を世界中から搔き集めています」
「巨大な――魔導砲――ですか……」
「はい……落ちてくる隕石を、極大魔法で破壊しようとでも考えているのでしょうが……天井から目薬……うまく行くはずもない。そもそもマッハ30(秒速10㎞)以上の超高速で落下してくる隕石に、超電子計算機の計算もなしに目検討で魔法なんて当たりっこありやせんし、万が一にも隕石に魔法が命中したとしても、我々が何重にも対策を講じているプロジェクト・メテオは止めようがないでしょう。隕石の衝突によって津波が発生するだけでなく、衝撃波が地球全体の地殻内を駆け巡ります。それにより塵や岩石が大気中に舞い上がり、摩擦による稲妻や森林火災が発生……全ての生物は生きながらにして焼かれてしまうのだから。加えて、太陽光は数年間にわたって遮断され、大地には硫酸の雨が絶えず降り注ぐことで、異世界の生物は殆どが絶滅してしまうのです!」
「それでは例え隕石を破壊できたとしても……」メーテルは静かに尋ねた。
「はい、将に焼け石に水! 事前に計画を阻止するか二連星の隕石を一瞬で消滅させるしか、この世界を救う手立てはありやしません。魔法があると言っても所詮は異世界人の猿知恵です。一見気が利いていて、お利口そうに思えますが、あたしに言わせれば、落ちてくる隕石を破壊するなんて小賢しく思慮の足らない浅はかな考えです。まぁ~いざとなれば、私がひょいと行って魔法回路のヒューズの一つでも、ちょちょいのちょいと抜いてしまえばいいんだから――魔導砲については全く心配する必要はありませんね」と先生は答えた。
「ところで……ダイサクさんが敵に回ったらどうしましょう?」
「そちらの方が問題です。ダイサクさんには一緒に付いて来てもらえるよう粘り強く説得はしてみますが……最終的に彼が何を信じ選ぶのか? どうしても彼が計画の邪魔になるようならば……戦うしか他に道はないでしょうね」
「ダイサクさんに勝てますか?」
「ダイサクさんと戦って勝つですって! 実に愉快ですね……まぁ~まともに戦ったら勝ちゃあしないと思います。何てったって『ラプラスの悪魔』は、彼に暗黒力を青天井一杯まで貸し与えていますからね。何でそんなことをするんですかね? まさに神のみぞ知るってもんです」
「それでは、ダイサクさんが敵に回ったら、私たちの計画は失敗してしまうのでしょうか?」メーテルは物静かに尋ねた。
「いえいえ、あくまでも正々堂々と真っ向から戦かったらという前提ですよ。ダイサクさんとなんか、まともにやりあう訳ないじゃないですか」と先生は少し笑って話を続けた。
「方法はいくらでもありますよ。たとえダイサクさんでも、寝ている間に、いきなり大洪水が起きたり、出し抜けに隕石が降ったりしたら、対処の仕様がないじゃありませんか」
「そうですね……ダイサクさん……善い人ですものね」
メーテルは何かを思い出し微笑みながら囁いた。
「はい……人を信じすぎますし、普段は隙だらけです。争いの無い平和な時代の心を、そのまま持って来られているんだから……だからこそ、私たちと一緒に来てもらいたいんですよ! 人工知能、電子計算機、それと機械だけじゃあ~遺伝子情報から新しい人類の器を作り上げて、知識や環境を提供することはできても、人として持つべき微妙な心情や感情を、教えることなんてできやしませんから」
「そうですね。機械は自分の意思を持たずに、指令どおりに動いて物事を繰り返すもの。私たちは遥かな時間を旅して永遠の命を手にしていても、血の通った温かい人の心には、未だ手を触れることさえできていません」
そう言ってメーテルは話を続けた。
「ダイサクさんには新しい時代の担い手となって、私たちと一緒に失われた世界の文化を創ってもらいたい。彼にしか分からない嘗の人の心を、復活を果たした人類に継承してもらいたい。そうでなければ、人類は感情も何もない有機物で作られた単なる機械となってしまうでしょう」
そう言ってメーテルは寂しそうに笑った。
「そうです。例え遺伝子情報から人の器を作り情報を入れたとしても、人格や人間性が宿るかどうかわかりやしません。そして、それらがなければ姿形は人と変わらなくても機械ロボットと同じ、多様性が無くなって遅かれ早かれ進化は止まり、挙句の果てに人類は滅亡してしまうでしょう。
そんな訳ですから、ダイサクさんには何としても私たちと一緒に来てもらうしかありやせんよ。そうでなければ人類が真に地球に帰還できたとは言えやしない。それは文明が滅亡し、計画が失敗に終わったと同じことなんです」と言って先生は淋しそうに笑った。
「それはそうと、ダイサクさん、天空岩を木っ端微塵に壊してしまったようですね」
「ええ……ウルルと言う、取るに足らない村に、ダーリン川の水を引くためにやっちまったようです」
「どうしても壊さなければいけなかったのでしょうか?」
「いいえ……少し遠回りになるでしょうが、天空岩に沿って水路を作れば良かったじゃないですか……ラプラスの悪魔から借りている、無限のダークエネルギーを使えば、ダイサクさんにとっては造作もなかったでしょうに……」と先生は呆れて言った。
「村人から、どうしてもと頼まれて断りきれなかったのでしょうね」
「綺麗な娘さんでもいらっしゃったんでしょう。格好いいところを見せようとして、張り切りすぎたんじゃありませんか? ダイサクさん……女性にはからっきし弱いんだから……でもね――それで人は変わるんだから怖ろしいのです――油断ゆだんができないんです」
先生は語気を強めて言った。
「エアーズロック……残しておきたかったですね」
「ええ、ほんとに……。未だに残っていた数少ない2億3000年前の自然遺産でしたからね。あの時代だったなら正に国際問題です。世界遺産をあっという間に跡形もなく消し去ってしまうんだから……」
「ふふふ……ダイサクさんもあれが正真正銘、かつてオーストラリア大陸にあった本物のエアーズロックだと知っていれば……」
「ええ……壊したりはしなかったでしょうね」と言って先生は苦笑いした。
「よろしい、お話しましょう。ダイサクさんにも、そろそろ真実を伝えていい頃合じゃありやせんか。彼へ一筆、手紙を書いておきます」
「そうですね、その方が良いと思います。先生、よろしくお願いします」
メーテルは祈るように腕を抱え込むと、小さな窓から青い空を見上げた……。
青い空には2億3000年前と同じように……唯白い雲がゆっくりと流れていた…………。
※ラプラスの悪魔――未来を含む宇宙の全運動を確定的に知り得るという超人間的知性のこと――
ありがとうございました。