*7*アルガス、人間に捕まったってよ
*7*
「このような真似をしおって…恥を知れっ!」
「痛ぇ!?」
「うっ」
「ぎゃあ!」
とある小さな町の安酒場で三人の少年少女がゲンコツを受けて呻き声を上げていた。
「私らの子供達がすまなかったな…」
「うっ…ぐすっ…」
初老の男がカウンターに座らせられているボロボロになって泣きっ面の男に憐憫の視線を送る。
顔には数ヶ所の青痣が浮かんで額にも小さな瘤ができてしまっている。
そうその男こそがアルガスであった。
この三人、この町の少年ヤーマス。同じく少年リブロフ。少女ピドナに見つかってしまったアルガスは…。
『『魔王だ!?』』
『え。…違うよ?』
という運命の邂逅を果たし、その後、子供らに寄って集ってボコボコにされてしまったのだ。
ヤーマスの棍棒で殴られ、金切り声を上げる少女には蹴られ…終いには二人を止めようとしたリブロフを無視するほどエキサイトした二人がピドナのロープで泣き叫ぶアルガスを縛り上げて地上へと引き摺り出してこの東ラダトームにある開拓者の町ベスへと連行されてしまったのである。
「ホントにその、スマンかったな…」
「辛いのは解るが…兄ちゃんも良い加減泣き止めよ?」
「ちょっと可哀想でしょ。あ、動かないで…もうちょっとで傷薬塗り終わるから」
「痛たたたた…っ」
その場には他にその酒場の主人であろう壮年の男とアルガスを甲斐甲斐しく世話する女給仕らしき娘。そしてバツの悪そうな顔をしたこの町の代表だという初老の男だった。
「全く…なんてことをするんだか!うちの悪ガキ共はさ。いくら町の人じゃないからって一方的に襲って捕まえて来るなんて。…将来、いい山賊になれそうね」
「ガハハッ!違げえねえ!」
「笑いごとじゃあないわよ!モウゼス!ヤー坊はアンタの馬鹿息子でしょーが!」
「イヤそりゃあ悪かったが…にしても大の男が子供相手にこうまでいいようにされちまうとはなあ~。兄ちゃん、よくそんなんでその穴の中に居たんだい? それに俺達の誰も見掛けてねえってことはこんなへんぴな場所までわざわざ来たんだろう? よくそれまで無事だったもんだ…」
「…………」
アルガスは黙る他なかった。
「確かに…それもそうね。他にお連れもいなかったみたいだし。はい…コレでおしまいよ。あ、私はロアーヌ。あなたを縛り上げたあの跳ねっかえりの姉よ。よろしくね!そう言えば旅人さん…お名前は?」
「……アルガス」
手当てを終えた彼女に背中をペチンと叩かれてしまったアルガスが渋々自分の名前を明かす。
「ほう、それではアルガス。一応、この町の代表として聞かせて貰うが…その町から離れたそんな場所で一人、何をしていたのかね。まあ、どう見てもその様では野盗の類とは思えないが」
アルガスは少し考えてから口を開いた。
「実は……その場所は偶然見つけてね。思わず調べに入っていたんだ」
「調べる? 兄ちゃん、そのなりで冒険者かなんかなのかよ」
「まっさかあ~!オヤジ、コイツ全然弱っちかったぜ? 無駄に頑丈だったけど」
「この馬鹿!武器の一つも持ってねえ相手をイキナリ殴りやがって!もっと反省しねえか!!」
「ぐぎゃあ!?」
町の代表が見舞ったゲンコツとは比べ物にならない威力のゲンコツをもろに受けたヤーマス少年が床に沈む。
「…重ねてスマンな」
「いや、もう過ぎたことだし……おっと」
「「…?」」
アルガスがおもむろに会話を途切らせてまでカウンターの隅に置かれていたレンガ片と思われる石を手に取った。それは追及を誤魔化す意図があったのか、単に地上が珍しいアルガスが興味を惹かれてしまったのかは微妙なところである。
「…このレンガ。緑掛かった色合いからして繋ぎにグリーンスライムを使ってるみたいだな。面白い」
「ほお…!判るかのかね。この緑レンガは今でも多くの建物…この保酒もそうだが、開拓時代初期から造られてたものでね。当時はそこら中にグリーンスライムが湧いていたそうだ」
この世界ではスライムは一種の資源標本として用いられるほどポピュラーな魔物だ。これは地上でも地下でも関係なく食用や薬用…そして粘着物質をこうしてレンガに混ぜて作られたり、モルタル代わりに使われたりと建材にすら用いられていた。
「ということは、この辺の地質は水だね」
「え? 水属性なら…えーと、ブルースライムなんじゃないんですか」
アルガスの発言に興味津々の少年リブロフが問い掛けた。
「あー…意外と誤解してる奴が多いんだが。ブルースライムは下位属性の火なんだよ。緑色のグリーンスライムは土属性と思われがちだが水属性。因みに、イエロースライムは気属性。レッドスライムが土属性なんだ。土中に含まれる鉄を多く含んでいるから赤ないし錆色なんだよ」
「「へえ~」」
「はあ~…こりゃあ、本物の賢者様だわ」
この酒場の主人のモウゼスが唸る。
この賢者はこの世界ではいわゆる学者先生を指す言葉である。決してどんな魔法も使える上に装備面も万全な勇者と同等か上位互換な職業ではない。
「んんっ…改めて、儂はこのベスの年寄り役のキドラントと申す。それでそんな御仁がわざわざ?」
「実は…」
アルガスは迷ったが正直に話した。意図せずこの見知らぬ土地に飛ばされてしまったことを。
「「飛ばされた?」」
「あ。僕知ってる!叔父さんから聞いたことがあるんだ!ダンジョンには知らない場所に飛ばされてしまう魔法の巻物があるんだって」
「そりゃあ災難だったなあ…で、兄ちゃんは何処から来なすったんだ?」
「ネクロゴンド…バラモスの陸地の西の方なんだが…知らないか?」
「ネクロゴンド? バラモス? 聞いたこともねえな…」
「よろしいですかな。このベスはリュウオウ中央の東ラダトームに位置しておる。儂もバラモスという陸も国も聞いた試しが無い…浅学で申し訳ないが」
「いやいや…(リュウオウ? どっかで聞いたか読んだかしたが思い出せないな…どちらしにしても知らない土地だ)」
アルガスは首を捻る。
「一応、ずっと南下していったメルキドから第二大陸へ行き来する船が出とるが…かなり距離があるのう」
アルガスはさらにもう二、三この辺の地理でのやり取りをした後に椅子から立ち上がった。
「ところで話は変わるが…この町にツルハシは売ってるかい? あ。いや、僕は手持ちが一切なくてね…できれば貸してくれると有難い」
「ツルハシを? なんでだい」
アルガスはヒョイと首を引き摺られてきた方角へと向ける。
「鉱石を見つけたから、掘りたいんだよ」




