*6*閑話
*6*
「…チキショウめっ!坊ちゃん…何処にいなさるんでゲス!」
浅黒い肌を持ったゴブリンが未開の山野を駆け回る。
彼に取っても見渡す限り見覚えのない土地である。しらみつぶしに探すと言っても限界があった。
「それにしてもアッシともあろうもんが迂闊だった…ありゃテレポートの巻物なのは間違いなかった。が、まさか……よりにもよってトラップ用のランダムテレポートの巻物だったとは。アッシも耄碌したもんでゲス」
汗に塗れて焦燥と不安で歪んだ顔をさらに顰めているのは魔人アルガスの世話人、ディリータであった。
まあ、幾らダンジョンのアイテムの知識がある彼もまさかよりによってアルガスの妹であるミルウーダが意図して渡したであろう品がそんな代物とは思いもしなかったのだから無理もない。
ランダムテレポートの効果とはその名の通り、テレポートのように任意の場所に転移できるのではなく全く意図しない階層の何処かに転移してしまうものである。これは主にダンジョンで未鑑定であるこの巻物の封を誤って紐解いてしまった侵入者への嫌がらせである。
しかし、最も怖いのはダンジョン外へと持ち出して使用してしまった場合だ。この世界の何処に飛ばされるかは神のみぞ知る、というヤツである。そんな危険な代物を同じダンジョンマスターの身内から渡されるとは恐らく神々ですら驚かされたのでは? とディリータは溜め息を吐いた。
「にしても、ここらがアッシらのネクロゴンドのある土地どころか、第三の大陸じゃあないのは明らかでゲスな。…土に含まれてる魔素の味からして。…まあ、海の上に放り出されなかっただけ良かったんでゲスが。微妙に坊ちゃんとは転移先の座標がズレちまったみてえだし」
ディリータは険しい山肌を駆け下り、藪から飛び出しては高い木々に昇り、鋭敏な獣のように飛び跳ねる。
「見つけた…さて、どうかね」
ディリータは目的の場所を見つけると慎重に歩を進めていく。先ず、周囲の警戒から入り口付近に罠の類かもしくは斥候が出ているかどうかだ。
最低でも一人か二人。地上に見張りが立ってれば信憑性が高い。
案の定、その洞穴の近くに3体のゴブリンが暇そうに座っていた。
「良し…」
ディリータはなるべく刺激しないように努めて近づく。敵意が無いことを表わす為、両手を前に突き出して掌を広げて上に向けている。
彼は長年共に過ごした友であり、自身の誇りを以て仕えてきた主人でもある若い魔人を探していた。
彼にとっては自身の血を分けた家族と同じくらいに…自分の命よりも大事に思う人物である。
その若い魔人はとある理由から古参のダンジョンから広い外の世界へと出す事を家族達から暗に躊躇われていた。その存在すら世界に露見することすら。
彼は知っていた。そのせいで自身が仕える若い魔人は家の迷宮に囚われ燻り、徐々に自信を失くして腐っていたのを。
だが、彼は知っている。その若い魔人は本来ならば一介の魔人が持ってはならぬほどの異質な能力の持ち主であることを。
それを誇らず、驕らず、隠さずに…迷宮のどのような低位の魔物とも分け隔てなく接し、無償で施すその能力であらゆる痛苦を癒して嫌な顔をせずに共に過ごす若い魔人は迷宮のどんな魔物からも慕われ尊敬を集めていたことを。それが彼の誇りでもあった。
そして、不安だった。何故突然にもはや現ネクロゴンドに必要不可欠になったその若い魔人を地上へと出したのかと。
何を焦っていたというのか。その若い魔人を失えば、遠からずネクロゴンドは内側から崩壊を迎えることは単なる下っ端に過ぎない彼ですら理解できることなのにだ。
だが、そんな考えをゴブリン達に近付くつれ彼は頭から振り払う。
「ギギッ!?」
「ダレッ! ダレダ!」
「テキ! ミカタ チガウ!」
3体のゴブリンは余りにも稚拙な言葉で叫びながら慌てて腰を上げ、それぞれが粗末な槍や棍棒をディリータへと向ける。
「はあ…この感じだと、また…外れでゲスか。まあ、一応は確認だ…おい。お前さん方、この辺で若い魔人を見掛けたかそこで匿ってねえですかね? その御方はアルガス様ってお名前で……その魔人なんだが生まれつき角が無いんだ。おっと、勘違いしなさんな。人間じゃあねえからな?」
「「…………」」
3体のゴブリンは黙って顔を突き合わせて首を傾げ合うとバタバタと洞穴の中へと入って行く。
「……どれ、少し様子をみやしょうか」
ディリータはその場に腰を降ろす。
「聡明な坊ちゃんのことだ。恐らくは既に地下に隠れてらっしゃるはず。問題は何処にだが…そこはアッシの足で探して回らなきゃなんねえが」
ディリータも伊達に長くアルガスと過ごしてきたわけではない。彼の行動指針を何となく把握は出来ていた。
無敵型の魔人はダンジョンから地上へ出てしまえば、その多くはまさにまな板の上のダンジョンマスターである。個人の戦闘能力は並の魔物以下である場合が大半であるし、強力な魔法が使えるアルガスの他の兄弟姉妹ならまだしも魔法が一切使えないアルガスは普通の人間以下なのだ。故に地上では身を護る術が無い。
なので、日が傾き出した今時分は既に地下へと非難しているはずだ。恐らく、あれだけダンジョン造りに難色を示していた様子から他所のダンジョンを間借りしている可能性が高いと彼は考えていた。
まあ、最悪こんな知らぬ土地ならばダンジョンツールで掘っただけの穴に隠れてる場合もあるので彼は既に今日潜った穴は二十を超えていた。が、殆どは空っぽになった魔物の巣か思わぬ侵入者に怒る魔物から非難めいた声が上がるだけに終わった。
そんなことを思い出して大きな溜息を吐いたところで洞穴からゾロゾロと数体のゴブリンとのそりと大きな巨体が身体を揺らしながら穴から這い出てきた。
「オウ… ナンデェ ゴブリン ジャネエカ コノヘンジャ ミナイツラ ダ」
「…山トロールか」
ディリータは腰を上げる。
「申し訳ねえが、アッシの仕える主人を探してるんでゲス。悪ぃが、ちょっくら中を検めさしておくんなせぇ」
「フザケルナ!」
「ソウダソウダ!」
「マックロ イヤナヤツ! カエレ!」
「マックロゴブリン ハイルナ!」
「…………」
当然と言えば当然なのだが、ブラックゴブリンである彼と他のゴブリン種とは仲が悪い。どうやらそれは他所の土地でも変わらぬようだ。断固としてディリータを拒否する。
だが、それでも彼は黙って耐える。
こういった粗野な連中だと角を持たないアルガスを人間族だと思って襲う可能性がある。なので意図して隠してる可能性も否めない。なので、彼には確かめずに去るという選択肢など端から無い。
「マテ オマエラ」
ガラガラ声でゴブリン達を黙らす山トロール。
「アンタはそこの馬鹿共と違って話ができそうだが?」
「オマエ サガスノ ツノナイ キイタゾ? オマエ ソコソコ ツヨイ ナノニ テシタ? ツノナシノ ガフ ガフフフファファ」
山トロールが嘲笑したような不気味な笑い声を上げる。その不揃いで醜い歯の隙間からは火の息と燃え残る臭いガスが漏れ出す。
ディリータの眉間に皺が寄る。
「ドウダ オレサマノ テシタ ナルカ? ソンナ ヨワムシ モウ シンデ……」
「……あ゛ア゛?」
浅黒い肌のゴブリンからドスの効いた声が漏れ、ここぞとばかりに囃し立てていたゴブリン達が石化してしまう。
「この山猿どモ… ヨオク ミミアナ カッポジッテ キケヨ」
名門であるネクロゴンドに運よく見初められ、下働きとしてその栄えある迷宮に足を踏み込んでから必死に覚えた魔人語|(地上の人間達が使う共通語とは微妙に発音が異なる)から無機質で耳障りな拙い魔物の言葉へと変わっていく。
それと同時に長く垂らした髪が逆立ち、バチバチと紫電が奔る。
本来ゴブリン種よりも頭二つ分は魔物としては上位であるトロール種ですらその威圧感に怯えて縮み上がってしまっていた。
「オレガ ツカエル ネクロゴンド ソノ イダイナル マジン ハ アルガス ソレ ブジョクスル オレ ユルサナイ…ッ!!」
「「ヒィッ…」」
薄暗くなった空に地上から数発の稲妻が落ちて静かになった。
だが、運の悪いことに、その怒れるブラックゴブリンの尋ね人はそこから少し離れた場所で懸命に掘った穴の中で既に爆睡していた為にその見慣れた稲妻に気付くことは無かった…。