*5*アルガス、と喋るシャベル
*5*
「いやあ~急に声が聞こえるもんだからビックリしたわ」
『いや…その…コッチもまさか言葉が通じるとは思わず…』
静まり返った洞穴の中にアルガスとシャベルとの会話が響く。途轍もなくシュールな光景である。
そして、敢えて言うがアルガスが精神の異常をきたしてシャベルを使って腹話術をしているわけではない。
『……まあ。何故かアンタに私の声が届いているのかはこの際、置いといて』
「え。お、置いといて良いんだ…?」
『それよりも、よ。アンタ、私の持ち主だからって雑に使い過ぎよ。言っとくけど、この土壁からこの鉱物を取り出すの。私、無理だから』
「ええええええ~」
シャベル相手に落胆の声を上げるアルガス。シュールである。
「そんなこと言わずさあ~…な? 先っちょ。ほんの先っちょだけ壁に突っ込むだけだから」
『嫌よ!あとその頼み方も嫌。…というか、単純に現状で私のパワー不足なのよ。この鉱石を掘るには少なくとも一段階のアップグレードが必要なのよ!』
「あ、アップグレードぉ~?」
ダンジョンマスターが各自扱うダンジョンツールは千差万別だが、差異こそあれどれもが初期段階からある程度の代価を払って改造すつことで性能を底上げすることができるのだ。
「……でも、アップグレードつったらさあ」
『そうね。人間族の捕らえた魂が最低でも1個は必要になるわ』
「だよなあ~…」
アルガスも伊達に古参のダンジョンで三十年過ごしてきたわけではない。詳しいカテゴリーとそうでないものとの知識量が非常に偏っているが、ことモンスターやダンジョンの仕掛け等には詳しかったりする。
故にこういったダンジョンツールの知識はそれなりにあった。ただ、自分のツールと意思疎通できることまでは知らなかったが。
そして、総じてダンジョンツールの強化には特殊なアイテムが必要となる。その最たる材料こそが人間族である。
そもそも。ダンジョンとは魔物の棲み処と同時にその糧ともなりうる地上からの人間族という資源を誘い込む集積トラップである。宝箱を意味ありげに設置したり、非情に解り易~い金貨の詰まった袋や有用なドロップアイテムをモンスターがむざむざ落とすのも偏により多くの人間族を呼び込む為である。
「いや、先ずその人間族がいなけりゃ…始まるもんも始まら…」
『いや、その心配はなさそうだけど?』
「ないって…は?」
迷宮で生き永らえた魔人は暗視の能力の他に優れた五感を超える空間把握能力と察知能力も有している。まあ、いずれも自身の庭…ダンジョンでしか機能しないのだが。
だが、既にマップ状に感覚として捉えている空間に地上から何者かが侵入してきた気配にアルガスは気付いた。
★=現在地 ↑=地上へ 通路=□ 資源=? 侵入者=●
↑
❸
□□□□□□□□□□□□□
□
□
□□□□□□□□□□□□□
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? □
★□□□□□□□□□□□□
※現在、ダンジョンに3体の簒奪者が侵入している。
●名前不明:性別不明/属性不明/レイダー/HP:7,MP:0
●名前不明:性別不明/属性不明/レイダー/HP:4,MP:0
●名前不明:性別不明/属性不明/レイダー/HP:3,MP:0
「げっ!三人もかよ!?」
アルガスが思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
アルガスは咄嗟に息を殺して壁にへばりついた。
アルガスはほんの少しだけ安堵していた。それはその三者とも種別が<レイダー>であったことだ。レイダーは人間族の簒奪者では最も低級な部類だ。特殊能力を一切持たない、下手すると単なる一般人なのだ。それにHPも低い。正直言って敵ではない。むしろ、仮にもこの面子でダンジョンに挑むなど自殺行為でしかないとすら言える。
だが、同時に絶望もする。
現状このダンジョン…いや、魔素すらほぼ無い洞穴にモンスターは1体も居ないのだ。本来この程度なら仮に三者が武器を手にしていたとしても、実家のスケルトンが1体でもいてくれたら凌げるかもしれないと十分に思える。が、居ないものは居ないのだ。
故にアルガスが見つかった時点で終わりである。現在の彼には抗う術など無い。
「ぐっ…逃げようにも地上まで一本道だ。どうする?」
だが、無情にもその三者の声が徐々にアルガスの元へと近づいてくる。
「おい、ヤーマス。あんまり奥まで進まない方が良いんじゃないか?」
「ビビッてのか? リブロフ。この辺は滅多にモンスターなんて出ないじゃないか」
「けどさあ…流石に危ないって。ホントにまだ発見されてないダンジョンだったりしたら…どうするんだよ?」
「フン!そん時は俺達のコレでぶちのめすまでだぜ!なあ、ピドナ!」
「どうでもいいけど…早く見て早く帰りましょ? 言っとくけど。こんなガキっぽい遊びで死ぬなんてアタシは嫌よ」
「…………」
「冷めてんなぁ~ピドナは。ロマンっていうか…こう冒険心が擽られねえのかよ!」
「無いわよ。あと、煩い」
(……子供か? こんな場所に? ということは意外と人間族の村や街が近いのか…)
アルガスが聞き耳を立てながら首を捻る。
★=現在地 ↑=地上へ 通路=□ 資源=? 侵入者=●
↑
□
□□□□□□□□□□□□□
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□
□□□□□□□□□□□□□
□
? ❸
★□□□□□□□□□□□□
※現在、ダンジョンに3体の簒奪者が侵入している。
●ヤーマス♂/開拓民/レイダー/HP:7,MP:0
特殊能力・アイテム/棍棒
●リブロフ♂/開拓民/レイダー/HP:4,MP:0
特殊能力・アイテム/松明
●ピドナ♀/開拓民/レイダー/HP:3,MP:0
特殊能力・アイテム/ロープ
距離が近付いたからか、それとも相手のレベルが低いからかステータスが完全にオープンになる。
が、幾ら子供相手と言えど三人掛かりに勝てるかどうか…アルガスは自身の天秤に掛けられたプライドがブランブランと揺れたせいか緊張とは別の意味で顔色が悪くなってきていた。
「…突き当りだ。どうすんだよ?」
「リブロフ。アンタの叔父さん迷宮荒らしなんでしょ? こういう時どうすんのよ」
「ピドナ。僕の叔父さんは荒らしなんかじゃないよ、歴とした冒険者だよ!」
「でも、やってることは泥棒と一緒じゃない。そりゃ魔物だって怒るわよ」
「「…………」」
少女の容赦ない言葉に眉間に皺寄せる少年二人。
「いいんだよ!どうせ魔物はお金や伝説の武器なんて持ってたって意味ねえ~だろお!」
「…叔父さんから教えてもらったんだけど…迷宮では左手側の壁をずっと伝っていけば必ず出口へ戻ってこれるんだってさ」
「じゃあ、左ね」
「よっしゃあ!行くぞっ!この未来の勇者ヤーマス様に続けぇ!」
(ナイスだ!リブロフ…君だけは将来、僕の実家のダンジョンに挑んできても生かして返すように皆に嘆願しておいてやろう!)
アルガスはガッツポーズを取る。
件の三人組が自分の方とは逆の左側の通路に進む隙に地上へと脱出できると踏んだのだ。
足音を確認するとアルガスもなるべく音を立てないように移動を開始した。
…のだが。
「ちょっと!ヤーマス!」
「ソッチは右だよ!逆だよ、ヤーマス!ちょっと待って…よ…」
「「あっ…」」
こうしてアルガスと三人組はまるで運命に導かれるようにして出遭ってしまったのだ。
『フッ…アルガス。短い付き合いだったわね…? じゃあね…』
勝手な事を伝えてシャベルが彼の手元から姿を消した。