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2、中体連での出来事


 中体連のバーは百二十五センチから。あたしの最高記録は百三十六センチ。あたしの身長は百五十八センチ。もう少し跳べるはずだ。

 練習はきついけれど、自分のペースで自分の限界に挑むのは悪くない。何よりバーを越えるときの一瞬が気に入っていた。浮遊感とともに視界が空だけに支配される一瞬。えもいわれぬ快感。それはわずかコンマ何秒か。次に訪れるのはマット上に落ちる衝撃。空が一瞬で遠のいて、世界が一瞬どこかへ飛んでいってしまうような感覚。

 初めてバーを落とさずに跳べたとき、あたしはぞくぞくと鳥肌が立ったのを覚えている。今までのどの遊びよりドキドキして、気持ちよかった。

 あたしはその感覚に酔ったように毎日跳び続けた。



 七月下旬。

 あたしは中体連の陸上競技場にハイジャン選手として立っていた。一日中夏の太陽が肌を焦がす下で、心臓がばくばく言うのを聞きながらバーを睨み、足を踏み出したその日の記録は百三十九センチ。

 それまでの練習の成果は、たった二度の跳躍で判定された。二回目の跳躍では百四十のバーを背中は超えたのに、それに気を取られて残った足を振り上げるのを忘れたのだ。結果、足にバーが引っ掛かりバーを落としてしまった。

「ああ〜! もったいない! 跳べてたのに!」

 西月先輩がため息混じりに言った。その西月先輩は百六十ニセンチを飛んで、県大会に行くのが決まった。

 あたしは自分が情けない気持ちでいっぱいになったけれど、自分の種目が終わってからは同じ部員の応援に徹した。


 

「立野さん」

 中体連最後の日、あたしは陸上部の先輩の男子に声をかけられた。

「はい?」

「ちょっといい?」

 あたしはよく分からないままその先輩の後ろについて行った。段々と人気がなくなっていく。

 陸上競技場の出口から半周。彼は周りにうちの学校の陸上部員がいないことを確認しているようだった。

「あの……?」

「あ、ごめんごめん。俺のこと知ってる?」

「ええと、男子陸上部の先輩としか……」

 あたしの答えに先輩らしき男子は寂しげに笑った。

「そっか。そうだよな。接点ないしな」

「すみません」

「俺、広田和希。西月と同学年。中距離やってる」

 彼はそう名乗った。あたしは、はあ、と気のない返事をする。その広田先輩があたしになんの用があるのだろう。

「俺さ、立野さんのこと、前からいいなって思ってたんだよね」

 広田先輩の言葉にあたしはとたんに警戒心をあらわにして、身を硬くした。

 何言ってるんだろう、この人。

「立野さん付き合ってる人いるの?」

「いません」

 あたしは即答した。

「じゃあさ、俺と付き合わない?」

 広田先輩の言葉にあたしは鳥肌が立つのを感じた。

「付き合いません」

 再びあたしが即答すると、広田先輩はぽかんとあたしを見つめた。

「え? 他に好きな人でもいるの?」

「いませんけど。広田先輩こそなんであたしがいいなって思ったんですか?」

 あたしは問いに質問で返した。

「え?」

 広田先輩は戸惑うように私を見ている。

「そ、それは……」

 言い淀む広田先輩をあたしはじっと見た。広田先輩は恥ずかしげに目を逸らした。

「一見クールなのに、ハイジャンに対する情熱にグッときたというか……。ベリーショートの髪も似合ってて可愛いし」

 広田先輩の答えにあたしはなんだか胸がむかむかした。

「あたし全然クールじゃありません。あたしのことよく分からないのに付き合うってなんですか? あたしは広田先輩のこと知らないのに付き合えません。失礼します」

 あたしはお辞儀をすると自転車置き場へと駆け出した。

 分からない。相手のことをよく知りもしないのに付き合ってなんてどうして簡単に言えるの?

 でも。

 言ってきたのが青木だったら? あたしはなんて答えたんだろう。

 一瞬考えてぶんぶんと頭を振った。

 


 翌日。

 広田先輩があたしに告白したことがなぜか陸上部に広まっていた。誰かが見ていたのかもしれないし、本人が言ったのかもしれない。

「広田先輩かっこいいのになんで立野振ったの?」

 短距離の早田が個人練習前のストレッチのときに言ってきた。あたしは嫌な気分になった。

「じゃあ、早田はかっこよければ誰でもいいの?」

 あたしの言葉に早田は面食らったように顔を赤くした。

 一気に場の空気も重くなった。

 あ〜あ、失敗。

 陸上部では部活という共通点があるおかげで教室よりかは浮いてなかったのに。やっぱりあたしはどこかおかしいんだ。

 なんであたし広田先輩に告白なんてされたんだろ。


「立野ってさ、同学年女子にいじめられてんの? 大丈夫?」

 西月先輩がハイジャンの練習のときに言ってきた。あっけらかんと訊いてくるのが西月先輩らしい。

「いじめられてはいません」

 あたしは事実を述べる。

「立野、一年の女子とあまりつるんでるの見ないし、特に今日は空気悪かったからさ。気になって」

「あー、広田先輩のことでちょっと言われただけです」

「なるほど。立野、広田から告白されたんだってね。広田、悪くないと思うけど? なに? 立野、好きな人でもいるの?」

 西月先輩の口から言われて、あたしはドキッとした。

「い、いません!」

 声が裏返った。広田先輩から言われたときは動揺もしなかったのに、なんだか頬が熱い。

 あたしは嘘は言っていない。青木は好きな人なんかじゃないもん。広田先輩のあたしに対してのような軽い気持ちとは違う。

「ふーん? 赤くなっちゃって。まだ子供だねえ、立野は」

 西月先輩に悪気は全くない。でもこのときはカツンときた。

 まだ中学一年だよ? 子供で何が悪いの? みんなみたいに急ぎ足で大人のふりすることがいいとは思わない。逆におかしいよ。

 あたしは冷静になろうと息を吐いた。

「じゃあ、そういう西月先輩はどうなんですか?」

 お返しとばかりに訊き返す。部活馬鹿の西月先輩だ。きっとそんな対象いないはず。

「え? 言ってなかったっけ? あたし、濱崎と付き合ってるよ」

「え?!」

 すらっと背が高くてボブの似合う美人の西月先輩。綺麗なのに女女してない性格が好ましくて、あたしは西川先輩には心を許していた。その西月先輩が長距離の濱崎先輩と付き合ってるなんてあたしは全く知らなかった。濱崎先輩のことはよく知らないけれど、ふんわりと柔らかな空気を纏った男性だった気がする。二人が一緒にいるところが想像できない。

「西月先輩って、濱崎先輩が好きなんですか?!」

「好きじゃなかったら付き合わないでしょ」

 怪訝そうな顔で西月先輩に言われた。

 あたしは青天の霹靂という感じで、その日珍しくハイジャンに身が入らなかった。

 あの西月先輩でさえ、好きな人がいる……。

 恋愛とはほど遠い感じがしたのに。



 簡単に好きとか、付き合うとか。あたしには理解できない。

 青木のことが頭をよぎる。

 分からない。

 あたしのこの想いはなんなのだろう。

 あたしは名前の分からない気持ちを毎日持て余していた。

 青木を見つめるかわりに今日も空を見上げる。

 本当は青木の笑顔が見たい。

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