デグ太との蜜月と、ちゃめ子との戦争
デグーという動物を知っていますか?
アンデス山脈に棲息する、モルモットの仲間です。
通称『アンデスの歌うネズミ』。さまざまな声を出し、機嫌がいい時などには『ピピピピピ……』と小鳥のような声で歌います。
とても頭がよく、脳の大きさに比較した知能の高さでは全動物の中でも群を抜いていると聞きます。マトリョーシカ構造を理解できるし、道具を使うことも出来ます。ただしモルモットの仲間だからか、実験動物としても使われているそうです……。
見た目は顔が丸いことと、尻尾の先にホウキみたいに毛が生えていることを除けば、丸っきりドブネズミ。その見た目のせいか、私が初めてデグーを知った7年ぐらい前には人気のないペットでした。
ヨーロッパあたりでは前から人気のあるペットだったらしく、最近ではペットショップでもよく見かけるようになりました。私がお迎えした時には二千円〜高くても二万円ぐらいでしたが、今は一番安いアグーチカラーの子でも一万円以上するようです。
一人暮らしの寂しさに何かペットが欲しいなと思い立ったのが約7年前。
触れ合えるペットで、アパート暮らしなのでケージに入れて飼えるもの──と検索したら、真っ先にデグーが出てきました。
『デグー? 初めて聞いたけど、どんなの?』
画像を見て、ドブネズミそのものの見た目にちょっと引きましたが、ドブネズミを家畜化したファンシーラットだって可愛いじゃんと思い直し、市内で売っているお店を探し、見に行きました。
5匹のデグーさんがおりました。元気のいい女の子から、じーっと動かない子、黙々とペレットを食べている男の子。
かわいい! どの子もかわいい!
よしお迎えしようと即心に決めました。
どの子にしよう? と見ていると、回し車をたどたどしく、でもめっちゃ楽しそうに回している男の子を発見。
じっと見ていると、横目で私のほうを見てきます。
ふいに回し車を止めると、こっちを向いてお辞儀をしてきました。おもちみたいにへにゃっと潰れるようなお辞儀が可愛くて、迷わずその子に決めました。
何を飼うかは決めていなかったものの、ケージは既に部屋に組み立てて用意してありました。
巣になる藁と、餌やチモシー(主食兼敷草)も買い、名前を『デグ太』に決めたその子を連れて帰りました。
お持ち帰り用の紙箱を開けてみると、かたまってビクビクしてる。デグーは完全草食動物で、つまりは食物連鎖ピラミッドの最底辺なので、とても臆病な動物です。
「大丈夫だよ。安心して」
とっておきの優しい声をかけてあげました。
「これ、食べる?」
買ってきたばかりの乾燥カボチャを持たせてあげると、コリコリと食べはじめてくれました。
「ふふっ」
私が笑ったのが恐ろしかったのか、手に持っていたカボチャをポトリと落としました。
デグ太くんは五日間、巣穴の中に籠もりっきりで、姿すら見せてくれませんでした。
まずは新しい環境に慣れてもらおうと、餌や水を換える時以外は私もまったく構わないことを心がけました。
巣穴からたまにこっそり覗き、私の様子を覗ってきます。私がスマホを見ているフリをしていると、サッ!と素早く出てきて、餌皿から乾燥キャベツを取り、急いで巣穴に戻ります。
せっかくお迎えしたのに触れ合うどころか姿も見せてくれないことに寂しくなりましたが、怖がっている相手に無理やり仲良くしようと求めることも出来ず、環境に慣れてくれるまで我慢、我慢と、頑張りました。
お迎えしてから五日目の朝、私が起きて見ると、デグ太くんが巣穴から出てきていて、朝日のあたるケージの中から、じっと私を見つめていました。
扉を開けても逃げず、私の手から乾燥ニンジンを受け取って、目の前で美味しそうに食べてくれました。
それから一日ごとにベタ慣れ度がどんどんと上がっていき、ケージから出しても逃げなくなり、「ハウス」と言うとケージに戻ってくれるようになり、撫でさせてくれるようになり、肩や手の上に乗ってくれるようになり、膝の上で眠ってくれるようになり、嬉しい時には『ピピピピピ』と、美しい声を聞かせてくれるようになりました。
デグ太くん
ある日突然、デグ太くんは天国へ行ってしまいました。原因はわかりません。
デグーは食物連鎖ピラミッドの最底辺なので、何か致命的な怪我を負っていても弱っているところを見せないそうです。弱っていると知られたら捕食者に目をつけられるので。
わずか1か月足らずの同棲生活でした。生後半年にもなっていませんでした。
ペットロスが激しく、彼の葬式をしたその日に新しい子をお迎えに行きました。
デグ太をお迎えした同じお店で、デグ太と同じ誕生日の女の子をお迎えし、『ちゃめ子ちゃん』と名づけました。
デグ太を亡くした悲しみで私は気が狂っていました。彼女をデグ太くんと『同じもの』だと思ってしまったのです。
持ち帰り用の紙箱を開けると、ちゃめ子は緊張していないように見えました。乾燥カボチャを持たせてあげるとコリコリと食べ始めます。
「ここがあなたの新しい部屋だよ。自由にしてね」
デグ太くんの時は、最初あれだけ慎重に環境に慣れてもらう努力をしたのに、気が狂っていた私は、いきなりちゃめ子を部屋に放しました。
人殺しを見るような顔で一瞬私を振り返ると、ちゃめ子がダダーッ! と逃げ出しました。
「あっ……!」
そうか、と正気を取り戻した時には既に遅く、ちゃめ子はテレビ台の後ろに隠れてしまいました。捕まえようと追いかけると、それがさらに彼女の恐怖心を煽ったようで、必死な目をして逃げ回ります。
とうとう捕まえることが出来ないまま、次の日の朝、私は仕方なく仕事に出掛けました。それから3日間、ちゃめ子は私の部屋で放し飼いのような状態になってしまいました。
そのうち慣れてくれるだろうと思っていた私がアホでした。デグーはげっ歯類なので、色んなものを齧ります。柱を齧られ、電気のコードを齧られ、テレビの電源ケーブルを切断され、火事になる恐れもあるので、私は固く決心しました。
「なんとしてでも、ちゃめ子を捕まえねば」
ちゃめ子はテレビ台の裏からタンスの後ろ、さまざまな狭いところを移動して逃げ回りました。私が捕まえようとすると悲鳴をあげて加速します。乾燥カボチャで釣ろうとしても『騙されないわよ』みたいに、頑な。
悩んだ末、私は罠を設置することにしました。
どんなだったか忘れたけど、確かプラスチックの何かを使って、その中に逃げ込んだらガチャンと扉が閉まり、閉じ込めることが出来るみたいな罠を自作しました。
頭のいいデグーにこんなものが通じるだろうか? しかし部屋の隅に追い詰めても三角跳びで逃げる運動神経抜群のちゃめ子を捕まえるためには、頭脳戦しかないと思えました。
その時がやってきました。いつものようにちゃめ子を追い回しているうちに、罠の中へ入り込んでくれました。
ガチャン! 扉がロックされ、半透明のプラスチックの中でちゃめ子が『ああっ……!』みたいに慌てているのが透けて見えます。
「ようやく捕まえたぁ……」
安心した私。とことんアホでした。
そのまま罠から直接ケージに入れればいいものを、罠を開けて、手でぎゅっと、ちゃめ子を直接、握って捕まえました。
『キィーーーッ!』
ちゃめ子が泣き、あまりの恐怖に私の人差し指に思い切り噛みつきました。
「あぅああああ!!」
私は呻きましたが、決して手は離しませんでした。
前歯を深く突き刺されたまま、歯を食いしばって歩き、扉からケージの中へちゃめ子を入れました。
私の血であたりはまるでスプラッター・ホラー。
ちゃめ子は巣穴の中にサッと隠れ、『殺される?』みたいな顔をしてこちらを覗っています。
私は決心しました。
「……何がなんでもベタ慣れになって貰うわよ……!」
ちゃめ子さん