10.調査隊
侯爵家に帰ってからは慌ただしかった。
結局調査隊が来るまで一睡もできなかったよ。
折角皇帝陛下がくれた準備時間を最大限有効活用したかったからね。
おかげでなかなか満足いく結果になったと思う。
「それでは我々はここで失礼いたします。ご協力感謝申し上げます、グマーレン侯爵」
「とんでもない。屋敷のゴミを綺麗さっぱり片付けていただいて、感謝したいのはこちらの方ですわ」
「ははは! 陛下が仰っていた通り面白い御方だ。女性ながらに侯爵の名を継いだのも納得ですね。わたくしも今まですっかり貴方様に騙されていたようだ」
さすが悪名高きプレイシア。陛下の側近にもしっかり悪行の数々は知れ渡っていたようだ。
勿論私は彼女とは別人なので騙してなどいないが、折角褒めてくれたのでにこりと笑みを返しておいた。
いきなり別人格になったことの説明が一番難しいと思っていたけど、陛下も然り良いように解釈してくれてありがたい。
余計な手間が省けたよ。
まあ、もしかしたらそう上手く納得してくれない人も出てくるかもだけど──それはそれで面白い。
私がボロを出すのが先か、相手が折れるのが先か。
そんな勝負をしてみるのもまた一興だろう。
「…わたくしとしたことが、陛下から伝言を預かっていたのを忘れていました。『両親の処遇について希望があれば言いなさい』と仰せです」
背を向けたと思いきや、焦ったように戻ってきた。
陛下の伝言を忘れるなんて、かなりのドジっ子さんのようだ。
当然、寛大な私はそれくらいの些細なミス許してあげるけどね?
ゴミを片付けてくれた御礼とでもしておこう。
「うふふ、陛下ったら本当にお優しいですのね。臣下として頭が下がりますわ」
「何を仰いますか。これほどお優しいのは貴方様にだけですよ侯爵」
「それならば尚更感謝しないといけませんね。では陛下にはこうお伝えください。『煮るなり焼くなり好きにしてください』」
「ははは! きっと陛下も笑われることでしょう。しかとお伝えいたします」
満足そうにそう言って今度こそ調査隊は帰っていった。
ふぅ、やっと終わった。
お父様とお母様の断末魔のような罵詈雑言は聞いててとても面白かったな。
父親も母親とほとんど同じような容姿だった。醜い豚って感じ。いや猪かな? どっちでもいいか。
『この親不孝者が!』とか『恥知らずの売女め!』なんて可愛いものから、前世では放送禁止用語になり得る暴言を絶え間なく言っていた。
調査隊の方達は汚物を見るような眼差しだったり私を気遣ってくれたりしたけど、前世であまり悪口を言われてこなかった私からしたら新鮮で面白かった。
頭悪そうなのに語彙力は人並み以上だと感心したくらいだ。
あの豚と猪の大合唱をもう聞けないとなると少しだけ残念だな。
陛下に頼んだらいつでも会わせてくれそうだけど──そこまでして会う価値はないだろう。
よし、すっきり片付いたところでちょっと仮眠でも──
「お嬢様…いえ、侯爵様。何故私はここにいるのでしょうか」
あくびを噛み殺して寝室に行こうとしたら、我が家の執事に呼び止められた。
ふむ、仮眠は後回しかしらね。