実戦形式
……平和だ。
ベツレヘムと遊んでから数日が経過したが、これといって何も起こっていない。
てっきり、ヴァンパイアハンターと関わる以上、平穏とは無縁の毎日を送ることになるのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
というか、問題はそれよりも……。
「……仕事がない」
「えっ……。そうなんですか?」
クルクルと椅子を回転させながら据わっているカルミアが、少し落胆したような、安堵したような表情を浮かべる。
「ああ。だから、しばらくはお前に振れる仕事もなくなる」
「やったー!! 正直、今の平和な一日が続くっていうのが好きなんで!!」
「それは俺もそうだが……」
「何か問題があるんですか?」
「……こういう時は、面倒な仕事が一つ来るか、細々した仕事がドサッとくるかのどっちかって相場が決まってんだよ」
その言葉に、カルミアは顔をしかめた。
まあ、それはそうだろう。
俺も嫌だし。
「ちゅうわけで、どうする?」
「どうする、とは?」
「稽古をするか、しないか」
「……それ、拒否権あります?」
「ない。ってか、やらないと腕が鈍るし、ヤバめの案件が来た時に対処できなくなる」
「ですよねー」
諦めたような表情を浮かべながら回転する椅子を止め、カルミアは立ち上がった。
「それで、何するんですか?」
「そうだな……。気配を消すのはもう十分に上手いし、実戦形式の稽古かな」
「えー……。あれ、嫌いなんですよね……」
「俺も好きじゃねえよ。やりすぎたら殺しかねないし」
「それなんですよ!! エーデルさん、毎回本気出しすぎなんですって!! 私、何度死を覚悟したことか……」
「ま、それも実践稽古の醍醐味だ」
「そんな醍醐味、いらないんだけど……」
さ、そうと決まれば準備だ。
カルミアも完全にやる気──というか、諦めの境地に達しているから、早いとこ済ませてやろう。
とあるビルの駐車場に車を停め、なるべく目立たないようにビルの中へと入る。
本来は人通りもほぼゼロの場所だから、そんな事をする必要はないのだが、今から始まるのはガチの稽古だ。
今のうちから、感覚を研ぎ澄ませておく必要がある。
「…………」
横目でカルミアの様子を確認したが、俺と同じようだ。
気配を完全に消し、静かにビルの中を移動している。
……随分成長したなあ、こいつも。
いくら相棒になったとはいえ、師弟気分はなかなか抜けない。
「……?」
カルミアが指を三本立てている。
……ああ、そういうことか。
ハンドサインに納得し、俺も静かに頷く。
今回稽古を行うのは、このビルの三階全体だ。
稽古の内容は、ワンフロア丸々使っての鬼ごっことかくれんぼを混ぜたようなものだ。
それぞれゴム製のナイフを一本ずつ携帯しており、その状態で別々の階段から上に上がって、普段の暗殺のようにお互いに本気で殺しにかかるのだ。
もちろん、ゴム製なので死ぬことはない。
まあ……、多少怪我することはあるが。
そしてもう一つ、重要な点。
俺たちの稽古場──このビルの三階全体には、ルドルフの能力が使用されている。
そのため、定期的にそのフロアの構造の記憶を消され、何度ここを訪れても、内部全体の構造を把握することは不可能なのだ。
だからこそ、いつでも新鮮な空気感で稽古を行えるのだ。
ルドルフがビルを買ってて助かった。
……ってか、あいつ、ドッから資金を捻出してるんだ……?
あいつが金銭面で苦労している姿を見たことがない。
……まあ、俺以外にも収入減がいるのだろう。
「……よし、そろそろか」
三階に到着し、数十秒が経過。
恐らく、カルミアもとっくにこのフロアに来ているのだろう。
……足音、呼吸音、無し。
……本当に成長したな。
「さて、と」
俺も、本気でやるか。




