幸福
「おは、よ……う……?」
「し―っ」
いつも通り、元気よくリビングに降りてきたのだが、そこには信じられない光景が広がっていた。
「エーデルさんが膝枕されてる!?」
「はい。昨晩はお疲れのようでしたので、私がここで眠らせてあげました」
「え、ええっ!? ……ベルちゃんって、結構大胆なんだね」
「何がですか?」
無自覚ですか、そうですか。
「それにしても、カルミアさんはいつも早起きですね」
「そう? ……っていうか、もう正午過ぎそうなんだけど」
「我々の生活基準から言えば、十分に早起きですよ」
「そうかなあ……。そうかも……」
なんか体壊しそうだから嫌だけど。
「というか、ベルちゃんはいつから膝枕してるの?」
「さあ……。四時頃からでしょうか」
「えっ、八時間も!? 足、痺れないの? てか、疲れないの?」
「はい。このくらいなら、慣れていますので。……私の師匠がつけてくる稽古という名の拷問に比べれば、この程度はどうということないですよ」
……エーデルさんに弟子入りしててよかった。
いや、今はもう相棒だけど、エーデルさんは今でも修行をつけてくれる。
しかも、かなり優しく、丁寧に。
……うん、師に恵まれててよかった。
「……あれ?」
「? どうかなさいましたか?」
「人差し指、どうしたの?」
この距離だからハッキリとは断言できないが、絆創膏が巻いてあるように見える。
「ああ、これですか……。……少しナイフで切りまして」
「えっ、大丈夫!?」
「はい、大丈夫です。すぐに治りますから」
そう言ってベルは、指を隠すように手を後ろに回した。
「……ねえ、ベルちゃん。エーデルさんを運ぶの、手伝おうか?」
「いえ、大丈夫ですよ。動かして起きてしまえば、エーデルさんも心地が悪いでしょうし」
「そうかもだけど……」
……本当にベルちゃんは、きつくないのかな。
「……ねえ、ベルちゃん」
「なんでしょう?」
「ベルちゃんって、なんでヴァンパイアハンターをやってるの?」
「……少し事情があって、としか話せません。あまり良い記憶でもないので」
「あ、ごめん……」
今の言葉で、何となく察してしまった。
…………。
「じゃあ、さ。ベルちゃんは、この家にいるのはつらくないの?」
「どうしてですか?」
「だって、敵であるエーデルさんとか、殺害対象になるベッツさんまでいるんだよ? 嫌になったりはしないの?」
「そう、ですね……。特につらいと感じたことはないですよ。……どちらかと言うと、彼らに同情してるくらいですから」
「同情?」
「はい。……我々のせいで、本来通るはずのなかった過酷な道を、彼らは歩んでいるんです。それも、生来の優しさを持ったまま」
「…………」
「ハンターとしては失格かもしれませんが、私としては……彼らとは、仲間でいたいと思っています」
「……そっか」
『過酷な道を歩んでいるのは、ベルちゃんもじゃないの?』
その言葉を飲み込み、私は台所へ向かった。
「よしっ! 今日はベルちゃんも動けないみたいだし、久しぶりに私が料理を作ります!!」
「楽しみです」
「ふっふーん。楽しみにしてなさい!! ベルちゃんに教わった料理だけじゃなくて、ちゃんと自分でも料理できるってとこ、見せてあげるから!!」
その日の料理は、いつも以上に気合を入れて作った。
もちろんというか、なんというか、ベルちゃんが普段作ってくれているものに比べれば見劣りしてしまうが、それでも、ベルちゃんは美味しいと言って食べてくれた。
なんなら、途中から匂いを嗅ぎつけて起き上がったエーデルさんも、ベルちゃんにお礼を言いながら、私の料理をガツガツと食べていた。
ちゃんと美味しかったようで、なによりだ。
「…………」
「ん? カルミア、どうかしたか?」
「……ううん、なんでもない」
……殺し屋という仕事。
これを続けている以上、永遠の安息は望めない。
……だけど。
だからこそ。
今この瞬間の幸せを、日常を噛みしめたい。




