生温い日常
…………。
……なんだろう、異様に落ち着かない。
遥か昔に、母親に膝枕をしてもらったことはあるが、それともまた違う。
なんというか、こう……むず痒い。
しかも、敵にされているとかいう謎の状況が、その気持ちに拍車をかけていた。
「……エーデルさん」
「……なんだ?」
「エーデルさんは、人を殺す、ということをどう思っていますか?」
「……別に、どうとも。前にも言ったが、これは俺たちが生きるためなんだ。だから、なんとも思っていない」
「……そうですか」
……状況の謎さが、さらに際立ってきたな。
膝枕をされながら、人殺しについて聞かれる?
……訳が分からない。
「じゃあ、もし、ですよ? ベツレヘムさんが人を殺したら、エーデルさんはどうなさいますか?」
「……あいつは、無益な折衝はしない」
「その確証は?」
「ある。……ある……けど、今は言えない。いつか気が向いたら、話してやるよ」
「……そうですか」
…………。
「……じゃあ、俺の方からも質問いいか?」
「はい」
「お前、今日の俺たちの遊び、見てたろ?」
俺の頭に触れていたベルの手に、一瞬だけ緊張が走る。
だが、すぐに脱力し、その手を俺の頭からどけた。
「……いつ気付きましたか?」
「戦い始めてから、ずっと。お前、気配隠すのは上手いくせに、殺気を隠すのが下手なんだよ」
「……師匠にもよく言われます」
「なら、さっさと直せ。仕事に支障をきたすぞ」
「ヴァンパイア側の人間が、ヴァンパイアハンターに助言ですか?」
しまった、カルミアの時の癖が!
「……いいだろ、別に。いつも言ってるが、俺は客人をもてなす主義なんだ」
「優しいんですね」
「……俺が優しい、というよりは、両親の教育の賜物ってところだな」
「エーデルさんのご両親ですか……。少しだけ、興味があります」
「やめとけ。死人を詮索したって、出てくるのは腐った情報だけだぞ?」
「……すみません」
俺への配慮なのか、ベルは珍しく素直に謝罪の言葉を口にした。
「……一つだけ言っておくと、二人ともめちゃくちゃ優しかった。……というよりは、人が好すぎたな」
「そうだったんですね。……納得です」
「何がだ?」
「お二人の──エーデルさんと、ベツレヘムさんの優しさの正体が、少し分かった気がしたので」
……俺が優しい、ね……。
とんでもない勘違いをし続けてるな、こいつは。
ま、ベツレヘムが優しいのは当然の事だけどな!!
「……エーデルさんは、いつからこの生活を続けているんですか?」
「……さあ。覚えてねえ。生きる手段だったから、両親が殺されてしばらくして、すぐに始めた」
「そうですか。……これ以上の詮索は、野暮ですよね」
「ああ。というか、素直に休ませてくれ。仕事の後にベツレヘムの相手をしたから、疲れがやばいんだよ」
「ふふっ、そうでしたね。では、ゆっくりこのまま休んでください」
そう言ってベルは、再び手を俺の頭に乗せた。
そして、あろうことか、そのまま俺の頭を撫で始めた……!?
「ちょっ、おまっ……!?」
「静かに。今は深夜です」
「いや、だって、お、お前……!!」
「今だけは、休んでほしいんですよ。……ここに来て、私も分かりました。エーデルさんが、どれだけの悲しみ、苦しみ、つらさを抱えているのか」
「……そうでもねえよ。俺は、自由かつ楽天的に生きてるもんでね」
「……今は、私以外にだれもいないんですから。自分を偽らなくてもいいんですよ。それに……この暗闇では、エーデルさんの顔も見えませんので」
……なんなんだ、こいつは。
何を考えているんだ?
……分からない。
「……敵である私から言われると複雑かもしれませんが。……よく頑張りましたね、エーデルさん。……本当に。エーデルさんは、よく頑張っていますよ」
頭を撫で続けながら、ベルはそんな甘っちょろい言葉を吐き続ける。
反論、したい。
反発、したい。
敵であるこいつに、同情などされたくはない。
だが、それ以上に強い眠気と──認めたくはないが──安心感が全身を包み、俺は口を開くことすらできなかった。
頭から伝わってくる感触が。
髪を通る指の感触が。
仄かな体温が。
すべてが、心地よかった。
「大丈夫です、エーデルさん。このまま、私の膝の上で眠ってください。私は、何もしません。こうして、頭をなでるだけ。こうして、膝を貸すだけ。それ以上は、何もしませんから」
「……うん」
俺の口からこぼれたのは、そんな情けない返事だけだった。
とはいえ、いかなる状況であろうと、こいつが俺を殺そうとすれば、その瞬間に反撃に転じられる。
俺は、殺し屋のエーデルだ。
……でも。
もしかしたら、こんな生温い日常も、悪くないのかもしれない。
そんな事を考えながら、俺は深い眠りへと落ちていった。
「おやすみなさい、エーデルさん。良い夢を」




