ちょっかい
──ガサッ。
静まり返った森に、葉っぱのずれる音が不自然なほど響く。
「…………」
音は一瞬で消え、代わりに、月光が白く反射する抜身のナイフが姿を現した。
そして──
「……おい、何してる?」
──ナイフが奴の心臓を貫くよりも先に、明らかな殺意のこもった声が聞こえてきた。
「……起きてたんですね」
「ああ。遊んでる時、ずっと変な気配がしてたんでな」
自分の方へ向けられていたナイフを避けるように転がり、奴は──ベツレヘムは立ち上がった。
「お前、兄貴に協力してるヴァンパイアハンターだろ? 何しに来た? てか、何してた?」
「……介抱でもしようかと思いまして」
肩をすくめて答える私に、ベツレヘムは深いため息を吐いた。
「嘘つくんなら、もう少しまともにつけよ。……まあ、殺意がないのは分かってるからいいけど」
「……なぜ、そのように思うのですか?」
「お前のナイフから、銀の匂いがしねぇんだよ。大方、兄貴のを一本くすねたんだろ?」
……何でもお見通しだな、この兄弟は。
「でも、そこが引っかかるんだよ。俺を刺そうとしたのに、なんで普通のナイフなんだ? 何の目的で、俺を刺そうとした?」
「…………」
「……話す気はないのか? それとも、不安なのか? 兄貴との関係が崩れるのが」
「まあ……そうですね。協会側としても、かなり不利になってしまいますし」
「……俺は別に、兄貴に話すつもりはないぞ。それに、兄貴も完全に気絶してる。当分は起きてこねぇよ。何回も遊んでる俺が言うんだから、間違いない」
……確かに、先ほどの頭突きは強烈だった。
ヴァンパイアならまだしも、人間相手なら、しばらくは目を覚まさないだろう。
いくらエーデルが、鍛えていたとしても。
「……分かりました。その前に、まず一つだけ。あなた方をつけたのは、不審な動きがないかを確認するためです。……ヴァンパイアを野放しにして一般人に被害を出しているのであれば、あなた方は処分対象になりますので」
「ふーん。ま、それはいいや。あ、じゃあ、俺からも一つ釈明。この散歩は、普段ずっと檻にいる俺が運動不足にならないようにするためのもんだからな」
「なるほど。それは理解しました。……それでは、先ほどの質問に答えますね。あなたを刺そうとした理由は、単純な腕試しです。私の師匠の話では、あなたはそこらにいるヴァンパイアと一線を画しているそうなので。先程の失神している状態で、私の刃が届くのかという、純粋な疑問がわきました。……まあ、結果は見ての通りですけど」
「あの程度の遊びで、俺が本気で気絶するわけないだろ。……にしても、お前らもよく俺の事を調べたな」
「当然です。あなたは、監視対象ですので」
「……俺らの家に入ってきたのも、そのためか?」
「……理由の一つ、とだけ言っておきましょう」
本当は、まだ隠している理由がある。
だが、これを話す必要はないだろう。
というか、話して怒られるのは私だ。
トップクラスの機密事項なわけだし。
「……ふーん。きな臭いな、お前らん所は。相変わらずと言えば、相変わらずなんだろうけど」
「……所属している私でさえ、そう思いますからね」
これは本心だ。
ヴァンパイアハンター協会は、長くいればいるほどに、そのきな臭さが目に付く。
……しょうがない、の一言で済ませるしかないのだが。
「……なあ、ハンター」
「はい?」
「お前、兄貴には絶対手を出すなよ? 俺はいい。返り討ちに出来るから。でも……兄貴はそうじゃない。兄貴は、優しいんだ。多分、お前を本気で殺そうとは思えない。……何があっても」
ずしり、と言葉が重く心に圧し掛かる。
……彼の優しさは、この短期間でも、十分に分かった。
痛いほどに、伝わってきた。
……恐らく、ベツレヘムの言うように、彼が私を殺すことはないだろう。
でもそれは、私だけだ。
何かあった時、協会の人間は間違いなく皆殺しにされるだろう。
私としても、協会としても、それだけは絶対に避けなければならない。
彼ら兄弟は、それだけの力を持っている。
だからこそ、先ほどの力試しはかなり大きな博打だった。
あれでベツレヘムが本気で抵抗してきたら。
他のヴァンパイアと同じように交戦してきたら。
私は、ベツレヘムに殺されていた。
仮にベツレヘムを凌げたとしても、目を覚ましたエーデルが間に割って入ってきていただろう。
そうなれば、どう足掻いたとしても、私は殺されていた。
エーデルが止めたとしても、ベツレヘムが他のヴァンパイアと同じなら、私を本気で殺しに来ていた。
……今回は、ベツレヘムの冷静さに救われた。
事前の情報通りと言えば、そうなのだが。
「……重々承知しています。お二人にちょっかいを出すつもりはありません。……今のところは、ですけどね」
「……そうか。まあ、大人しくしてる内は、俺も何もしねぇよ。大人しくしてる内は、な」
「気を付けます」
「ああ。それじゃ、さっさと帰れ。俺は、兄貴が起きるまで待ってる。お前も、兄貴に見つかると面倒だろ? ほら、さっさと行け」
「はい。それでは、また」
「ああ。じゃあな」
背中に警戒するような視線を浴びながら、私は全速力で走った。
……今回は、博打に出てよかった。
良い結果が得られた。
……これで、協会側が有利に動けるだろう。
そんな事を考えながら、私は夜の森を疾走した。




