寝息
…………。
ベルの寝息とエンジンの音だけが響く社内で、一人物思いに耽る。
……あれで、良かったんだろうか。
ベルの手を、汚させて。
あの時は、あれがベターだと思った。
今後何かあった時、あいつがどう動くかを探るという意味でも。
でも、結局は探れなかった。
あいつは、あいつ自身の正義感で、ラバンジュラを殺した。
……それは、あいつにとって、良い事だったのだろうか。
分からない。
あの場では、あの判断で間違っていなかった……と思う。
だが、結果的には、俺は何の成果も得られず、ただベルの手を汚させ、傷つけるだけになってしまった。
ベルに悩みと不安の種を植え付けただけではないのだろうか。
無駄に傷つけ、悩ませただけではないだろうか。
俺も結局、ラバンジュラと変わらないのではないだろうか。
「……あー、くそっ」
ボソッと呟きながら、ハンドルをぎゅっと握りしめる。
なんで俺が、ヴァンパイアハンターの心配をしないといけないんだ。
こいつは俺の敵。
俺は敵を利用したまでだ。
ただそれだけだ。
何をくよくよと悩む必要がある。
仕事は成功した。
ただそれだけの事ではないか。
「……なあ、ベル」
俺の問いかけに、寝息だけが返ってくる。
「……ごめんな。俺のエゴにつき合わせちまって」
「構いませんよ」
「……えっ!?」
思わず、車線をはみ出しそうになる。
「お、おお、お前、起きてたのかよ!?」
「はい。名前を呼ばれましたので」
「……あー、くそ。何も聞かなかったことにしてくれ」
「私は気にしてないので、エーデルさんも気にしないでください」
「忘れろっつってんだよ!!」
嫌いだ、このヴァンパイアハンター。
「よっこいしょっと」
「……手伝いましょうか?」
「いいよ、こんくらい。慣れてるし」
死体を車から下ろしながら、そう答える。
「ベル。お前も今日は疲れただろうし、さっさと寝に行け。俺は……ベツレヘムの相手があるから」
「……分かりました。……寝れるかな」
「寝れなくても、横になるだけなっとけ。少しは疲れが取れる」
「……分かりました。そうさせていただきます。では……おやすみなさい」
「おう。おやすみ」
あくびで目が潤んでいるベルを見送りながら、俺は死体を担いで風呂場へと向かった。
「おーい、ベツレヘム」
「あ、兄ちゃん!!」
「ほら、今日のご飯だ。さっき抜いたばっかの血だから、新鮮だと思うぞ」
「おっ、マジ!? それじゃ、いただきます!!」
器に入った血を一気に飲み干し、口の端からこぼれた血も美味しそうに手の甲で拭って舐め取った。
「うん、美味しかった!!」
「そうか。それは良かった」
「なあ、兄貴。今日の仕事はどんな感じだったんだ?」
「……んー、まあ、そうだな……。……色々あったな。とりあえず、あべこべな仕事だった」
「あべこべ?」
「ああ。事前にルドルフから、ヴァンパイアが関わってるって聞いてたんだよ。それで、ベルの奴を連れてったんだけど……。……俺の方がヴァンパイアを殺して、ベルの方が人間を殺した」
「……そっか。どんな事情かは、聞かない方がいい?」
「いや、良いよ。話すよ。……俺も、そっちの方が気が楽になりそうだ」
そう言って俺は、ぽつりぽつりと今日の出来事を語った。
「……なるほどねぇ。……くずだね、その人間」
「だろ? ……でもなぁ……」
「ハンターの子の事が、気になる?」
「ああ。……俺はただ、あいつを人殺しにさせただけなんじゃないかって」
「……でも、ベルちゃんが自分から殺したんでしょ?」
「……まあな」
「だったら、それはベルちゃんの責任じゃない? 殺した側の責任。兄貴が気負う必要はないよ」
「……そうはいってもなぁ……」
やっぱり、気になってしまう。
あいつが今、どんな心境なのか。
どんな顔で、ベッドに入っているのか。
気になるし、怖い。
「……兄ちゃん」
「なんだ?」
「久しぶりに、散歩しようよ」
「……マジ? 俺、仕事上がりなんだけど」
「って言っても、そんなに疲れてないでしょ? 俺も、さっきまでゲームしまくってて疲れてるし」
「ベクトルが違ぇだろ。……まあ、いいけどさ」
「やった!! 兄ちゃんがどんくらい強くなったか、気になってたんだ」
「……そうは言ったって、最近は別に修行もしてないから、前と大して変わってないと思うぞ?」
「それはこっちも一緒だよ。ほら、行こ。気分転換にもなるし」
「……オーケー。その代わり、多少の手心は加えてくれよ?」
「……約束はできないかな。殺し屋・エーデルが相手となったら」
「勘弁してくれよ、ベツレヘム」
そうは言いつつも、牢の錠前を回す。
すると、ガシャン、という重たい音とともに、扉に巻き付いていた南京錠と鎖が落ちた。
「それじゃ、行くぞ。車は……必要ないだろ?」
「当然。いつもの場所まで競争だよ、兄貴」




