迷い
『死体を隠してくる』
そう言って車を出たエーデルを見送った後、私は助手席で物思いに耽っていた。
このシートのすぐ後ろには、私が殺した人間がいる。
そう思うと、少しだけ鳥肌が立った。
……やってることは、いつもと同じなのに。
そう。
そうなのだ。
やってることは、いつもと変わらない。
殺せと言われた相手を殺した。
ただ、それだけなのだ。
……相手が、人間か、ヴァンパイアか、それだけの違いだ。
……人間とヴァンパイアとの違いも、今日の一件で分からなくなってしまったが。
ラバンジュラは、ヴァンパイアと同等か、それ以上のくずだった。
なんなら、バーダックの方がいくらか人間らしかった。
それに、彼の境遇に、同情もしてしまった。
もう、なにが正解で、なにが間違っているのか、分からない。
……これは、エーデルと関わり始めてから、ずっとそうだ。
エーデルも、ベツレヘムも、カルミアも。
全員が、分からない。
善人なのか、悪人なのか。
殺すべきなのか、殺さないべきなのか。
その判断すら、私にはもうできていない。
──私の仕事は、ヴァンパイアを殺すこと。
……ただそれだけの事じゃないか。
なにを、自分で判断しようと……。
……でも。
でも、だ。
私は、思考停止でヴァンパイアを殺しているわけではない。
奴らが悪だという確固たる自信を持った時に、殺している。
そして、今まで出会ったヴァンパイア全員が、その条件を満たしていたのだ。
……なのに。
バーダックも、ベツレヘムも、どちらも、私の視点では、悪には見えてくれない。
「……師匠に、聞こうかな」
師匠なら、何か助言をくれるかもしれない。
師匠自身も……色々な経験をしてきたそうだから。
……うん、師匠なら……。
そんなことを考えながらも、脳内に一瞬だけ、エーデルの顔がちらついた。
……彼も、色々な経験をしてきたはずだ。
私と、それほど歳は変わらないというのに。
でもなぜか、的確な言葉をくれるんじゃないかという期待を抱いてしまう。
……立場が違えば、良き友になれたかもしれない。
叶わぬとはいえ、そう思ってしまう。
……でも。
でも、もう少しだけ、状況が変われば、あるいは……。
今はまだ、絶対に無理だが。
それでも、いつか彼を友と呼べる日が来るかもしれない。
「ベル。死体の処理、終わったぞ」
「……そうですか」
「じゃ、さっさと家に帰るぞ。こいつの死体が新鮮なうちに、ベツレヘムに渡してやりたいからな」
「……エーデルさん」
「ん?」
「その……。……私が能力を使うところ、見ましたよね?」
言おうと思っていた言葉は結局出てこず、代わりに、特に気になってもいなかったことを聞いてしまった。
「ん? あー、まあ、少しだけな。でも、前に会った時も見たし、別に変らんだろ。それに……、見た感じ、外からはどんなものなのか分かりづらいものっぽいしな」
「まあ、そうですね」
流石に、この程度は見抜いてくるか。
でも、その辺は私も承知の上だ。
あの程度がバレたところで、私の能力の前では何も問題がない。
「てか、能力見た代わりに、俺の本気もちょとだけ見せてやったろ?」
「……ラバンジュラを切った時ですか?」
「そ。一応、あれが俺の最高速度。あのくらいで動けて、あのくらいで首を切れる。参考になったか?」
「……まあ」
正直な話、あの力量には圧倒された。
間合いを詰める速さはさることながら、ナイフを振る速度は、とてもじゃないが目で追えなかった。
……師匠に鍛えられてるのもあって、そこそこ動体視力いい方なんだけどな。
「……他にもまだ、なんか聞きたそうだな」
「……いえ。特に聞きたいことはありません」
「そうか? ……ま、いいや。じゃ、車発進させるぞ」
察しの良さに冷や汗をかきつつ、なんとか返答できた。
……表情に、出ていたのだろうか。
普段から意識して、表情が表立たないようにしているのに。
そんなことを考えている間にエンジンがかかり、細かな振動とともに車は走り出した。




