『殺し』と『見殺し』
「よっ、お仕事お疲れさま」
「……エーデルさん……」
殴られるか怒鳴られるか、はたまたその両方をされるかの覚悟をしながら、いつも通りの口調で話しかける。
「……私は、人を殺しました」
「……そうだな」
「…………」
予想とは全く違う反応を示すベルに、少々面食らってしまう。
……まあ、そうか。
そう、だよな。
「……悪いな。そのぉ……酷い事頼んじまって」
「いえ。……私は初め、ラバンジュラを拘束するだけに留めようとしていました。……ですが、少し……話してから、自分の意志で、殺しました」
「……そうか」
「あいつは、私が思っていた以上のくずでした。……ヴァンパイアと同じく、殺害対象に当たると、判断しました」
「……そうか」
そう返事をしてから、くるりと体の向きを変え、今度はバーダックの方へ向き直る。
「まあ、なんだ。ラバンジュラは、コイツが殺してくれた。……で、どうする?」
「……どうする、とは?」
「ラバンジュラがいなくなった今、お前は自由だ。……俺のツテで、普通の生活を送ることもできるぞ。まあ、その……片腕なのは不便だと思うが」
「……エーデルさん。私の目の前で、ヴァンパイアを見逃すつもりですか?」
「止める気か? てか、止められると?」
「……いえ。止める気はありません。今日は……少し、考えたいことが多すぎるので。多少の事なら、見逃しそうです」
「そうか。ま、そうらしい。で、どうする?」
「…………」
ヴァンパイアハンターからのお墨付きを得たところで、改めて提案をする。
「もう一度聞こう。俺のツテがあれば、普通の生活を送れる。元のヴァンパイアに戻れる。お前が頷きさえすれば、な。……どうする?」
バーダックはしばらくの間目を瞑り、何かを考える様子を見せ、そして、ゆっくりと口を開いた。
「……俺は──ここで死にたい」
「……いいのか? それで」
想像とは全く逆の返答に目を丸くし、思わず聞き返してしまう。
「ああ。俺は今までに、何人もの人間を──罪のない人間を殺してきた。その報いは、受けるべきだ。それに、そういう契約だっただろ?」
「それは、そうだが……。……本当にいいのか?」
「ああ。ただ、もしこれが贖罪になるなら『苦しまずに』の部分だけは省いてもらってもいい。好きに殺してくれ」
「……分かった。だがまあ、お前が契約を守るんなら、俺の方も契約を守らにゃならん」
「……そうか。じゃあ、頼むぞ」
「……ああ」
ナイフを構え、視線をバーダックの首元に合わせる。
そして──
──スッ。
一瞬で距離を詰め、最高速度でナイフを振るった。
「……ありがとう」
その言葉だけ残し、バーダックの体は操り人形の糸が切れるように倒れた。
切り落とされた首は、ラバンジュラとは逆の方へと転がっていった。
「……よし、これで仕事は完了だな。帰るぞ、ベル」
「……はい」
「……なあ、ベル」
「……はい?」
しっかりとベルの目を見つめながら、俺はある質問をした。
「この現場に来る前にした会話、覚えてるか?」
「……どれの事でしょうか?」
「見殺しは殺人と一緒、って話」
「……そう言えば、そんなこと言いましたね」
「うん。……どうだ? 実際に、人を殺してみて。同じ、だったか?」
「…………いいえ」
目を伏せ、拳を握り、ベルは小さく返事をした。
「今でも、すべてが残っています。鮮明に」
「…………」
「胸の中で膨れていく殺意。走り出した一歩目。ナイフの冷たい感触。肉を刺した感覚。目の前の人間が死ぬということへの確信。死を目前にした人の顔。……なにもかもが焼き付いて、離れません」
「……だろ?」
「……エーデルさんは、いつもこんな感覚を味わってるんですか?」
「いいや。流石にもう慣れた」
「……そうですか。そう、ですよね」
「……なあ、ベル。一つだけ、これだけは覚えておけ」
そう言って、少しだけ息を吐き、俺は言葉を続けた。
「『殺し』と『見殺し』は、根本的にすべてが違う。どっちが残酷かとか、そんな話じゃない。元々のベクトルが違うんだ」
「……はい」
「まあ、今日体験して、嫌って程分かっただろうがな」
「……エーデルさんは、そのために、私にあんなことを……?」
「いいや。結果的にそうなっただけだ」
「……そうですか」
どっちかというと、試す方の意味が強かったんだが、それは黙っておこう。
これで事務的に殺せば、こいつはしばらくの間、裏切るつもりはない。
逆に殺さなければ、こいつはヴァンパイアハンターとして、今後俺の邪魔になる可能性がある。
……そう判断しようと思ってたんだがな。
こいつは、私情で人を殺した。
恐らく、バーダックの事を聞いたのだろう。
ラバンジュラの性格的に、そういうことはペラペラと話しそうだし。
……つまるところ、俺はまだ、こいつへの判断を下しかねている。
ハンター的と言えばそうだし、だからと言って、裏切るとも裏切らないとも言えない。
結果的に、何も分からなかった、ということだ。
「……ま、いいや」
「? なにがですか?」
「いや、気にしなくていい。独り言だ。とりあえず、さっさと帰るぞ」
「えっと、死体の処理は……?」
「ツテがあるから、そっちに任せる。でもまあ、一応、見えないように隠しておくか。……あ、そうだ。ベツレヘムの血が、そろそろ切れそうだったな。ラバンジュラだけでも、車に積んどこ」
「えっ、死体を車に乗せるんですか!?」
「ああ、大丈夫。ちゃんと専用の箱に入れるから。腐乱もしないし、臭いも漏れない」
「いや、そういう意味じゃ……。……いや、やっぱりいいです。分かりました。でも、私は運びませんからね?」
「そんくらいは自分でやるよ、流石に。……にしても、随分綺麗に殺してくれたな。助かるよ。この状態なら、ベツレヘムにも十分血をやれる」
「それは……いい事、なんですか?」
「少なくとも、俺たちにとっては。あんがとさん」
「……なんか、これで礼を言われると、少し複雑な気分です」
「ま、細かいことは気にすんな。……じゃ、そろそろずらかるぞ」
ラバンジュラを担ぎ上げ、そのまま車のある方へと歩いていく。
そして、俺の後に続き、ベルも静かに歩きだした。




