能力者
「――はぁ」
携帯を閉じ、後部座席に放り投げる。
「あいたっ!」
「あ、すまん!」
普段車に人を乗せない弊害が、こんなところで出てしまった。
「い、いえ、大丈夫です……。てか、まだガラケーなんですか!?」
「普段はスマホしか使わねえけどな。今話してたやつに限っては、ガラケーじゃないといけない理由があるんだよ」
「理由?」
「着いた話す」
それだけ言って、車を発進させる。
あー、今から行くと考えるだけで、わくわくが止まらなくなってきたな―……。
「ほら、着いたぞ」
隣で爆睡しているカルミアを起こし、起こし……。
「おい、カルミア!! 起きろ!!」
「んえ!? ん、あー。もう少しだけ寝かせてください……」
「俺はお前のお母さんか!!」
こいつ、あれだな。
一回寝たら起きないタイプの人間だ。
「おい、マジでそろそろ起きないと、あいつが来るんだって!! お願いだから、早く起きて!!」
「そうだぞー。早く起きないと、怖いおじさんが窓を覗きに気に来ちゃうぞー」
ひぇっ!!
「る、ルドルフさん……。いつからいましたか……?」
「うーんと、君がカルミアちゃんを起こし始めたあたりかな」
ま、マジか……。
「あれ、エーデルさん……。今、何時ですか?」
「七時三十分くらいだよ」
「……おじさん、誰ですか?」
「おま、ば、や、やめろ!!」
「いいよ良いよ。エーデルが言ったら半殺しだけど、カルミアちゃんみたいな可愛い子だったら、おじさんは大抵のこと許しちゃうよ?」
「ひっ!!」
「おい、じじい。ビビらせてんじゃねえよ!!」
「よし、今から外で決闘でもするか?」
それだけは勘弁してください。
「ほらよ、約束の品」
「ありがとうございます」
丁寧に梱包されたそれは、何故かいつもよりも重く感じる。
というか、明らかに重い。
「ルドルフさん。これ……」
「ああ、クッキーを焼いたからな。一緒に詰めといたぞ」
「あんた、なんてものと一緒にしてんだよ!?」
「……それ、何が入ってるんですか?」
うーん、一応見せといたほうがいいのか?
「これだよ」
梱包をはがし、中身を取り出す。
「け、血液……!?」
「そうだ。長持ちするように、特殊な小瓶に詰めてもらってんだよ。こうすれば、ベツレヘムが飢える心配がなくなるってわけだ」
「な、なるほど……?」
「それ、結構加工が面倒なんだからね。大切に使ってくれよ?」
「わかってるよ」
…………。
あ!
「電話でも言ったけど、お前に少し頼みたいことがあるんだったわ」
「ああ、例のやつね。ブツはある?」
えっと、確か袋に入れたやつがカバンに……。
「ほら、これだ」
「ひぇっ!? 指!?」
「さっきの現場の死体の奴だ。こいつに調べてもらう必要のあることがあってな」
「はいはい。十分くらい待っててね。すぐに調べるから」
「サンキュー」
それから、本当にピッタリ十分経った頃。
「お待たせ―」
「時間ピッタリすぎるだろ」
しかも、ちゃっかり即席麺まで作ってきてやがるし。
「被害者は、君たちが標的にしていた男性で間違いないね。殺した相手だが、一撃でやられたようで、相手の顔までは確認してないようだ。指だからうっすらとしか見えなかったけど、あと三日もあれば十分に割り出せそうだ」
「オッケー。それだけ分かれば十分だ」
「エーデルさん、エーデルさん」
「どうした?」
「ルドルフさんは、指だけでなんでこんなに細かい情報を出せてるんですか?」
そりゃあ、当然の疑問だな。
ルドルフのほうに視線を送り、話していいのかを聞く。
「エーデル、話してなかったのか?」
「能力の存在は認知させたけど、ここまで早く、こんな深いところに触れさせるつもりはなかったんだよ」
「ま、君なりの考えあってのことだろ? だったら、まったく問題はないぜ」
「……分かった。許可も得られたことだし、とりあえず話しておく。こいつは、能力を持ってるんだ」
「え!? ということは、ヴァンパイアなんですか!?」
「いいや、俺は違う。ひい爺ちゃんがヴァンパイアだったんだ」
「能力ってのは、血が薄まっても残るパターンがたまにあるんだ。こいつもその一人でな。所謂、隔世遺伝ってやつだ。……なあ、能力についても話していいのか?」
「そこは、俺のほうが細かく話せるだろ」
まあ、それはそうだな。
じゃ、あとはこいつに任せておきますかね。
「俺の能力は、記憶に関する能力でな。触れた相手、生物だろうと非生物であろうと関係なしに、その相手の記憶を読んだりすることができるんだ。ちなみに、改変や忘却まで、大抵のことはできるぜ」
「の、能力って、そんなことまでできるんですか……。エーデルさんがますます残念に……」
おいちょっと待て、お前最後なんつった!?
「まあ、そんな能力を持ってるから、スマホだとSNSなんかから大量の記憶が入ってきちまうらしいんだ。それで、まだ記憶が薄いガラケーで連絡を取るようにしてるんだよ」
「……ガラケーだと、電波に乗る記憶が少なくなるんだよな。なんでかは知らないけど」
「なるほど……。……あんまり、こっちのほうをじろじろ見るのは……」
「おい、セクハラじじい」
「いや、誤解だ!! なんか、カルミアちゃんからエーデルと同じ人種の匂いがするんだよ!!」
…………。
「それについて触れるのはやめといてやってくれ。お前が感じてるのは、あんまり好ましくないやつだろ?」
「……そうだな。今度、気が向いたときにでも遊びに来てくれよ。もしかしたら、カルミアちゃんに必要なことができるかもしれない」
「……! あ、ありがとうございます……!」
…………はぁ。
「眠くなってきたし、そろそろ帰ろうぜ。家からの距離もそこまではなれてないし、俺に行ってくれたら今度連れてきてやるからよ」
「あ、はい。わかりました。ルドルフさん、ありがとうございました!!」
「また遊びに来てくれよな!!」
車庫に車を入れ、辺りを見回す。
……誰もいないな。
携帯を開き、中を確認する。
そこには、一件の新着メールの表示があった。
中身を確認し、思わず嘆息してしまう。
メールは、ルドルフから来ていた。
削除ボタンを押し、先に車を降りたカルミアの後を追う。
『あの子もだが、お前もあまり一人で抱え込み過ぎるな。 どれだけ完璧な奴でも、いつかは崩れるもんだ。 悩みがあったら、誰でもいいから話しておけ。一人で悩み続けるのは、お前の悪癖だ。仕事にも支障をきたしてしまうぞ?
……それと、あの子の記憶を今度見せてくれないか? さっきも言ったが、あの子もお前と同じだ。今ならまだ大丈夫だが、いつかきっと駄目になる。その時に、一番苦しんでしまうのはお前だろ? ……俺には、お前たちのソレを緩和することしかできない。でも、それでも、少しは楽になるはずだぜ? ま、俺が伝えたいのはこれくらいだ。
今回は、依頼料いらねえからな。調査結果も、三日後に必ず送る。
……じゃあな、風邪には気をつけろ』
ヤバいな、結構な長文になっちまった。
あいつ、ちゃんと読んでくれんのか……?