殺意
「……は?」
ラバンジュラの口から、間抜けな声が漏れる。
まあ、初めてこの能力を見たら──ましてや、相手は普通の人間だ──驚くだろう。
宙を駆け、ぐんぐんと加速しながらラバンジュラの方へと向かう。
そして──
「ぐはっ!!」
……これは、正当な行為だ。
そう自分に言い聞かせながら、ラバンジュラの鳩尾へ蹴りを入れた。
「これで、しばらくは動けないはずです。後は、エーデルさんが来るのを待つだけですね」
「か、カハッ。う、おえっ!!」
呼吸ができないのか、骨が折れたのか、その両方か、ラバンジュラは想像以上に苦しんでいる。
……流石に、少しだけ同情してしまう。
だが、これもすべては仕事のため。
彼には悪いが、このまま地面をのたうち回ってもらおう。
「お、お前、俺にこんなことして、ただで済むと思うなよ!?」
「……どういう意味ですか?」
「い、今に見てろ。バーダックの奴が、すぐにでも飛んできて、貴様を殺してくれるはずだ」
「……随分と信頼しているようですが、それほどまでにあのヴァンパイアと強い協力関係を結んでいるのですか?」
ヴァンパイアと協力するノウハウがあれば、エーデルとの交渉の役に立つかもしれない。
それに、エーデルが奴を仕留めてくるまでの間、暇なのだ。
「協力関係? 俺と、あいつが? へっ、随分と平和な頭をしてるんだな、ヴァンパイアハンターってのは」
「…………」
若干……いや、かなり苛つきながらも、無言でラバンジュラの言葉に耳を傾ける。
「あいつは俺の支配下、ただの主従関係にあるだけだ。いいもんだぜ、ヴァンパイアのペットってのは。汚れ仕事だってなんだって、少しヴァンパイアハンターをちらつかせれば、すぐに実行してくれる」
「……どういうことですか?」
「簡単な話さ。殺してほしい人間がいる時、あいつに頼む。その時に、もし逆らえばハンターに突き出すぞー、って付け加えてやるだけさ。そうすれば、奴はいつでも完璧に殺してくれる」
「……少しだけ、聞かせてください。それは、必要な殺人なのですか?」
「あ? んー、まあ、俺の出世のためには必要だな。あと、ストレス解消」
「……そうですか。それでは、もう一つだけ聞かせてください。あなたは、ヴァンパイアを──バーダックさんを脅して殺させてたんですね?」
「脅しって言われると人聞き悪いな。俺がやっていたのは、あくまでも提案だ。殺しか、殺されるか。どっちか選ばせるだけのな。いやー、あいつの表情ったらないぜ? 逆らえば……まで言えば、みっともなくガタガタ震えて、すぐに──ガハッ!!」
……エーデルのせいだ。
エーデルのせいで、私は──
──ヴァンパイアに、同情してしまっている。
すぐ近くで、エーデルを、カルミアを、ベツレヘムを見てしまったせいだ。
……無益な殺しほど、残酷なことはない。
彼らは、自分たちが生きるために殺しをしている。
私はそれを、知ってしまった。
……これが良い事か悪い事か、それはまた別の問題だ。
だが、少なくとも、この男がやってきた行為の方が、遥かに残虐だ。
沸々と殺意が湧いてくる。
……こんな感情を人間に向けたのは、今日が初めてだ。
こいつは、私が普段狩っているヴァンパイアよりも、遥かに邪悪な存在だ。
ならば──
──狩ってしまっても、いいのでは?
「……予定変更です。エーデルさんも遅いですし、あなたを殺します。……一応、頼まれはしてましたし」
「は!? ちょ、ちょっと待て!! お前、ヴァンパイアハンターなんだろ!? 人間に手を出してもいいのか!?」
「はい。今回のものとは別の任務に支障をきたすと判断しましたので。やむを得ません」
「なっ!? ふざけ──」
そこから先の言葉は、聞こえなかった。
能力発動と同時に、奴を投げ飛ばしてしまったから。
……距離は十分に開いた。
これなら、全力の一撃を叩きこめる。
ふっと一歩目を空中に踏み出し、二歩、三歩と宙を走る。
軌道は、弧を描くように。
加速し続けながら、ラバンジュラの方へ向かっていく。
速度は既に、人間のそれを超えている。
このまま、ナイフで一突きに──
「──!?」
突然の出来事だった。
視界の隅の方に、バーダックとエーデルが現れた。
……まずい。
攻撃態勢に入っている今、バーダックに割り込まれても対処できない。
…………。
……いや、大丈夫だ。
今は、エーデルが交戦してくれている。
信頼、とまではいかないが、少しばかりの期待を。
そんなことを考えていると──
「やっちまえ」
──にやついた顔のエーデルが、そう呟いた。
……言われずとも……!!
「バーダック!! 早く助け──」
その悲鳴が終わるよりも早く、ラバンジュラの心臓にナイフが突き刺さった。




