哀しい鬼
残虐な描写が含まれております。
苦手な方はご注意ください。
血を吐き、重たい音を立ててハイドランジアが倒れた。
「なんだ、ヴァンパイアハンターも大したことないんだな」
ニヤニヤと笑い、そんな煽りをしてくるエーデル。
……いつの間に目を覚ましたのだろうか。
というか、もし毒をくらってなかったら、今すぐに張り倒したい。
「お、お前、どうして動けるんだ……!?」
「なんだ、まだ生きてんのか。しつこいな、ハイドランジアさんよお。で、なんだっけ? なんで動けるかって? あのなあ、俺は毒が効かない体質なんだ」
「で、でも、さっきまで……」
「ありゃ、演技だ。昔から得意なんだよ。殺し屋にはうってつけだろ? 現に、こうやってお前に不意打ちをできたし」
遊ぶようにナイフをくるくると回し、雑談でもするかのような表情で淡々と話し続けている。
……やはり、恐ろしい存在だ。
命のやり取りを、何とも思っていないのだろう。
エーデルにとって、この光景も、ただの日常でしかないのだ。
私だって、こういう状況はよくある。
だが、ここまで平然とはしてられない。
……恐ろしさと同時に、哀しさを感じる。
「というか、もう動けるだろ。俺が刺したのは、普通のナイフだし」
「まあ、な。……だが、分からん。この女とグルではないのか?」
「俺はただの協力者の殺し屋だよ。それで、どうする? このまま遊んでやろうか? ん?」
「ふざけるな!!」
ハイドランジアが懐から何かを取り出し、それをエーデルの口に投げつけた。
「ぐげっ!!」
「どうだ、俺の血液入りカプセルの味は!! 人間でもヴァンパイアでも、即死する、りょ、う……」
「……あ? なんか言ったか?」
蛙を睨む蛇のような表情で、ハイドランジアに視線を向けた。
……本当に毒が効かないんだ……。
「どうやら、まだ遊び足りねえみたいだな。いや、分かるよ、俺もまだまだ足りてねえし、よ!!」
上着の内側からもう一本のナイフを取り出したエーデルは、とてつもない速度でそれを振り下ろした。
「いっ……!!」
「ほら、もう片方も……!!」
再び、一切の躊躇いもなくナイフを振り下ろす。
「!!」
「これで、両足とも腱が切れたな。銀で切ったから、痛いだろ? ほら、動いてみろよ」
悲鳴を上げようと口をパクパクとさせているハイドランジアを、エーデルは思い切り蹴飛ばした。
小さくうめき声のようなものを零しているが、それを見ても、まったく表情が変わっていない。
「なあ、鬼ごっこやろうぜ。ルールくらい知ってるだろ? 俺が鬼になるから、全力で逃げてみろよ。ほら!!」
そこから先は、あまりにも凄惨だった。
身動きの取れないハイドランジアを、一方的に殴り、蹴り、切り付け。
逃げようとしても、それより早く攻撃し続けた。
せめてもの反撃で、ハイドランジアも血をエーデルの口にかけたりはしていた。
だが、そんなことはものともせず、ひたすらに、悲鳴が聞こえなくなっても、死んだ後でさえも、攻撃し続ける。
……私は、確信した。
この男は、鬼だ。
吸血鬼だとか、人間だとか、そんなことを超えている。
「……終わったぞ」
呆然としていた私に、エーデルはそう声をかけた。
……ハイドランジアの様子は、確認できない。
故意かは分からないが、私の目に映らない位置に立たれている。
「ああ、そうだ。麻痺毒くらったんだったな。もうあいつは死んだから、しばらくしたら動けるようになるとは思うが……。……とりあえず、これ飲んどけ。解毒剤だ。大抵の毒に効く」
口を軽く開くと、舌の上に白い錠剤を置かれた。
……ほのかにバナナの風味がする。
「……車まで、おぶってやるよ。少し……、いや、大分、その、臭いと思うが、大丈夫か?」
「う、うん……」
乾ききった口で、なんとか声を出す。
「わっ……!?」
ひょいっと抱え上げられ、そのまま背中に背負われる。
……こんな人が、さっきまで……。
「……ごめんな、大分ひどいとこ見せちまっただろ?」
「い、いえ、慣れてますので……」
「……普段は、こんなんじゃないんだぜ。なんかわからないが、今日は……。……うん、ちょっとばかり、感情的になり過ぎた」
「……そう、ですか」
「ほら、車、着いたぞ」
助手席にゆっくりと下ろされる。
「……そういえば、なんで銀のナイフを持ってたんですか?」
運転席に乗ったのを見計らい、私はそう尋ねた。
「ん? ……まあ、家庭の事情でな。うち、母親が人間で、父親がヴァンパイアだったんだよ。それで、いざという時に母親が抵抗できるようにって、父親が渡したらしい。まあ、今では形見の一つだよ」
「…………」
「ああ、ごめん、重い話になったな。……いや、さっきまでもだいぶ重かったな。とりあえず、家に帰ろうぜ。今日は疲れた」
エンジンをかけ、少し和らいだ表情で、エーデルは運転を始めた。
……この人が、殺し屋になっていなかったら。
ヴァンパイアの子供として生まれていなかったら。
この人は、どんな人生を歩んでいたのだろうか。
……環境が人生を、人格を狂わせたのではないだろうか。
私には、彼が生まれついての悪人には見えない。
職業柄、あまり人に対しての同情はしたくはないんだけどな……。
同情すると、心が折れてしまう。
でも、この人からは特有の哀しさを感じてしまう。
……いや、やめておこう。
これ以上考えていると、ハンターとしての根幹が崩れてしまう気がする。
それに、今日はなんだか疲れた。
重たくなったまぶたを閉じ、私は深い眠りについた。




