毒
ナイフを取り出して切りつけようとするが、椅子を盾にして防がれてしまう。
やばい、初撃を外した……!!
これすると、毎回師匠の小言が始まってしまう。
まあ、今日は師匠も誰もいないけど。
「銀のナイフ……!! やっぱりヴァンパイアハンターか!!」
「大正解。試しに切られてみてはいかが?」
「遠慮しておこうか。俺がそれに触れたらどうなるか、分かってるくせに」
ヴァンパイアにとって、銀は危険な毒だ。
もし切られでもすれば、傷口が黒く変色し、耐えがたい苦痛をもたらすという。
なぜ幾つもある金属の中で銀が特別なのかは知らないが、体の仕組みなんかが関係しているのだろう。
「けっ、ハンター相手なんて何年ぶりだよ」
「……以前にも戦ったことがあるのか?」
「ああ。どうやって殺したか、聞きたいか?」
「…………」
「四肢を引き千切って、そのまま机の上に置いてな、失血死するまでじーっくりと眺めてやったんだよ。あ、もちろん血は後で啜った。いやー、惨めったらしく泣き喚いてて、面白か……!?」
腹部に思い切り蹴りを入れる。
すると、ハイドランジアの体は宙を舞い、壁にそこそこの速さで激突した。
…………。
やっぱり、ヴァンパイアなんて屑だ。
だが、おかげで怒りが頂点に達した。
エーデルをも殺したい気持ちを抑え、再びナイフをハイドランジアの方に構える。
「お前には、想像を絶するような痛みとともに死んでもらう。覚悟しろ」
「それはあんたも同じだぜ? ヴァンパイアハンターのガキンチョさん」
壁に寄り掛かったままのハイドランジアに切りかかる。
が、体を捻って避けられ、そのまま蹴りを入れられた。
……ぐっ。
体勢が崩れたところに、拳が飛んでくる。
「ほーらよ!!」
顔面に拳がめり込む。
……くそっ、想像以上に手練れだ。
血が滴りだした鼻を押さえ、何とか立ち上がる。
能力を使いたいところだが、ここでは狭すぎて無理だ。
「なんだ、大したことねえな」
「…………」
「ほら、もう一発!!」
こちらが動けないと判断したのか、ハイドランジアは大振りの蹴りを入れようとしてきた。
「甘いわよ、クソヴァンパイア」
ハイドランジアの足を軽く飛び越え、そのまま一気に距離を詰める。
動揺してしまったのか、ハイドランジアは一瞬だけバランスを崩した。
今だ……!!
「ギャッ!!」
パッと突き出した左手をナイフで刺され、短く悲鳴を上げた。
よし、まずは一撃。
「くそっ、が!!」
再び蹴りを入れてこようとしてきたが、それも難なく避ける。
一撃一撃は強いが、攻撃がワンパターンだ。
こんな低能なヴァンパイア如きに後れを取るほど、私は弱くない。
「痛え、痛えよ、畜生ッ……!!」
「あら、たったそれだけの傷で、そんなに痛いの? これからもっとたくさん切られるというのに」
「こ、この野郎!! ぶっ殺してやる!!」
その瞬間、ハイドランジアはものすごいスピードで跳びかかってきた。
まずい、と思ったが、体が反応するよりも速く、ハイドランジアは接近してくる。
ハイドランジアの左手が、私の口を押さえてきた。
何かが口内に入ってくる。
これは、血……!?
……私の悪い癖だ。
すぐに慢心をしてしまう。
師匠にも何度も注意されたのに、またやってしまった。
「ゴホッ!!」
口の中の血を、なんとか吐き出そうとする。
やばい、口の中が痺れだした。
何が起こってるの!?
「どうだ、俺の血の味は?」
「ケホッ、ゴホッ!!」
「ははっ、苦しいだろう? 俺の体液は、いろんな毒になるんだ。ちなみに、今のは麻痺毒だ。死なない程度に調節したが、それでも効くだろ?」
くそっ、能力か……。
ということは、さっきのココアに混ぜられていたのもか。
確かに、やけに臭いも味もしない毒だと思った。
「何かに混ぜるよりも、こうやって直接の方がやっぱり確実だなあ。お前もそう思うだろ? ん?」
やばい、もうしゃべることも困難になってきた。
解毒方法も分からないし、本当にピンチかもしれない。
……どうする……?
「ほら、今度はキスで毒を流してやろうか? それも、たーっぷりとな」
待って、本当に気色が悪い。
今すぐに切り裂きに行きたい。
……だが、そうは思っても体が動かない。
ガッと髪を鷲掴みされ、頭を持ち上げられる。
「お前みたいな色気のない奴は、どうせ初めてだろ? ほら、最初で最期のキス、しっかりと味わえよ」
そう呟き、ハイドランジアはその気色の悪い顔をこちらに近づけ……!?
「油断大敵、だぜ?」
近づけた瞬間、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。




