ココア
俺が車を停めたのは、家から車を三時間ほど走らせた場所にある、とある廃墟のすぐ近くだ。
「……ここか?」
背中を刺されないように助手席に乗せたベルに、そう呼びかける。
ベルが指定した住所に間違いはないとは思うが、一応な。
…………。
「おい、起きろ!」
「ふぁっ!? あ、えと、す、すみません……」
なんだ、俺と一緒に仕事する奴は、揃いも揃って眠るのか!?
「現場はここで合ってるのかって聞いてるんだ!」
「あ、ええと……、はい、こちらで合っております」
口元の涎を拭きながら、ベルはそう答えた。
……まあ、強い警戒心を抱かれなくなったって解釈しておくか。
「仕事の詳細を」
「はい。今回の標的は、ハイドランジアという男のヴァンパイアです。現在確認されている被害としては、十二人の婦女子、および六人の幼児の誘拐、殺害です。ただ、未確認なだけで被害者数はさらに多いか、と……」
「なんだ? 俺の顔に何かついてるか?」
「い、いえ、何も……」
「じゃあ、続けろ」
「……はい。ハイドランジアの年齢は、三十代半ばだと思われます。また、能力については未確認です」
「……了解」
ハンドルを軽く握りしめる。
さっきベルの言葉が詰まったのは、俺の表情を見てだろう。
……被害者の数は、少なくとも十八人。
そりゃあ、怒りの感情も湧いてくるだろう。
……それに。
「能力、ねえ……」
「どうかされたのですか?」
「……いいや、なにも」
扉を静かに開け、お前も降りろとジェスチャーをする。
「……ここからは、無言で頼む。話すにしても、超小声な」
ベルが首を縦に振ったのを確認し、俺は静かに廃墟の方へ足を進めた。
扉に近づき、そっと手をかける。
……なるほど、パッと見は古っぽいが、しっかりと整備されている。
……ま、いいや。
色々と作戦もまとまったので、俺は扉をゆっくりと開け……。
「あんたら、ここに何しに来たんだ?」
開いた瞬間に押し倒され、首筋に刃物を押し当てられる。
反撃しようとしたベルに視線を送って止め、俺は乾いた口を動かした。
「く、車が壊れてしまったので、少しばかりここで休もうかと……。すみません、お住まいの方がいらっしゃるとは……」
「……なんだ、そうだったのか。それならそうと……。お上がんなさい。ココアくらいなら出してあげよう」
「ありがとうございます。ベルさん、一緒に行きましょうか」
「……はい」
万が一にもナイフが見えないよう、上着を羽織り直し、俺たちはその男の後をついていった。
「どうぞ」
俺たちの前に二つのコップが置かれる。
…………。
「……お子さんがいらっしゃるんですか?」
コップを見つめたままのベルが、そう質問した。
「いえ、いませんが……。どうかされましたか?」
「私の前におかれたコップが、子供用だったので」
「ああ、すみません。お気に召しませんでしたか?」
「……大丈夫です。それでは、いただきますね」
そう言ってベルは、コップの中身をチビチビと飲み始めた。
……こいつ、猫舌なのか……。
「飲まれないんですか? ええと……」
「ファイサリスです。こっちは、同僚のベルです」
「そうなんですか……。同僚さんと一緒ということは、お仕事にでも?」
「まあ、そんな感じです」
「その恰好で?」
……まずったか……?
「仕事帰りなんです。まあ、ラフな職場なんで、こんな恰好なんですけど……」
「ああ、そうだったんですか。すみませんねえ」
セーフ!!
ナイス助け舟だ、ベル!!
「……ファイサリスさん、ココアが冷めそうですが、大丈夫ですか? 温めなおしたり……」
「ああ、結構です。すみません、今飲みます」
「……急かしたような感じになっちゃいましたね」
「いえいえ、お気になさらず」
そう言って俺は、ココアを一気に飲み干した。
うん、このくらいの温度の方が飲みやすい。
……なにを隠そう、俺も熱いものは得意ではないの、だ……?
……!!
――バタン!!
「ファイサリスさん!?」
「おやおや、眠られてしまいましたか」
「貴様、ココアに何を混ぜた!?」
「……何のことでしょうか」
「しらばっくれるな!!」
ナイフを懐から取り出し、ハイドランジアの方に構える。
「……チッ。特製の睡眠薬だよ。即効性のな。……あんたには何故か効かなかったみたいだがな」
「私にそのようなものは効かない。今すぐに降伏するのであれば、苦しくないように殺す。抵抗するなら、なるべく苦しませて殺す。どっちが好みだ!?」
「……第三の選択、あんたらを皆殺しにする、だな」
「そうか。ならば、死ね」




