ベルの料理
……やけに腹が減ったな……。
ベッドの上で寝返りを打ちながら、ぼーっとそんなことを考える。
仕事上がりだからか?
いや、晩飯たらふく食ったし、そんなわけないか。
それに、胃の方の空腹感ではないような気がする。
なんか、もっと別なところが空いて……。
…………。
「……いやな想像しちまった」
再び寝返りを打ち、姿勢を整え、深呼吸をする。
こうしていれば、次第に眠れるだろう。
大きな欠伸を一度した後、俺は引き込まれるように眠りの世界へ入っていった。
……ッ!!
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」
辺りを見回し、今さっきまでの光景が夢だったことに気付く。
……悪夢か。
こういうの見るとき、大抵嫌な事が起きるんだよなあ……。
……俺がさっきまで見ていたのは、俺が人を襲い、血を啜っている場面だった。
……夢でも気分が悪いぜ。
「……もう五時か」
夕方まで寝てしまうとは。
まあ、夜明けに寝たんだし、当然ではあるが。
……がっつり寝てしまったなあ……。
「朝食……、いや、夕食食わねえと」
食欲はそれほど湧かないが、エネルギーを少しでも補給しておきたい。
凝り固まった全身を伸ばし、寝違え気味の首を回しながら階段をゆっくりと降りた。
「…………」
「あ、エーデルさん! おはよう……? おそようございます!!」
「お、おお、カルミア。……それ、なに?」
そう言って俺が指さしたのは、机の上いっぱいに並んだ豪勢な料理の数々。
……もしかして……。
「さっきまで、ベルちゃんに色々な料理を教えてもらってたんですよ!! 調味料とか、隠し味とかもたくさん知っててすごかったですよ!!」
「へえ、そうなのか。……それで、そのベルはどこにいるんだ?」
「ここです」
「うおっ、びっくりした!!」
台所にいたのか……。
わざわざ家の中で気配探ったりしないから、びっくりした。
「なあ、俺も食べていいか?」
「もちろんですよ!! ベルちゃん、いいよね?」
「ええ、大丈夫ですよ」
それじゃあ、早速……!!
急いで席に着き、目の前の食器に手をかける。
「いただきます!!」
……まずいな、食べ過ぎた……。
いや、これはベルの料理がうますぎるのも悪い!!
マジで美味すぎるんだよ……。
味付けも一つ一つ丁寧だし、彩りや全体のバランスも完璧。
その上で、栄養バランスまで計算されつくしているのだ。
……こいつ、ヴァンパイアハンター的な意味とは別で恐ろしい奴だな。
「ごちそうさまでした」
「あれ、エーデルさん。もう食べ終わったんですか?」
「腹の限界だ。というか、カルミアが食べ過ぎなんだよ!」
「そうですか? これくらい、普通だと思うんですけど……」
いや、確かに俺は食が太い方では決してないが、それにしたって……。
「カルミアさんは、普通の人間の四倍ほど食べてらっしゃいますよ」
「えっ、私そんなに食べてたの!? ……そんなつもりなかったんだけどな……」
「よくそれで体型維持できるよな……」
「私だって、運動してるんですよ!!」
にしたって、相当だと思うがな。
ほんと、小柄な体のどこに食べ物が収まっているのやら。
「てか、ベルは料理をどこかで勉強したりしてたのか?」
「いえ。独学です」
「……マジか。そうは思えないくらい美味いんだけど」
俺も普通レベルには料理できるけど、ここまでは流石に無理だ。
ずっと感じてた空腹感も、何となく収まったような気さえする。
……?
適当に資料とかまとめていると、背後の扉を誰かにノックされた。
「開いてるから、入っていいぞ」
「……失礼します」
ベルか。
「おう、どうかしたのか?」
「……仕事です」
「は?」
「今から、ヴァンパイアを狩りに行きます」
……ヴァンパイアの兄貴にそれを言うか!?
「ふーん、大変だな。……なんでわざわざ俺に報告しに来たんだ?」
「いえ、今日一日は家を空けることになるので……」
「いいよ、そのくらい。家の出入りは、自由なんだから。じゃ、頑張って」
「あの、そうではなくてですね……」
……なんか、嫌な予感がしてきた。
「エーデル様も、一緒に仕事をしてくれ、との指令です」
「……は!?」
俺の驚きの声が、静かな家の中に響き渡った。
「だ、誰からの指示だ?」
「師匠……、ローレル様からです」
やっぱりあいつかー!!
「いやだ、と断ったら?」
「無理に連れて行くような真似はしません。ですが、わたくしどもとエーデル様は協力関係にありますし、もちろん来てくださいますよね?」
怪しげな笑みを浮かべ、そう諭してくるベル。
……くそっ、こいつもローレルも、俺の事をよく分かってやがるな。
「わかった、行ってやるよ。その代わり、後で指定する額の金を、指定する口座に振り込んどけ。正式な仕事としていくからな」
「承知しました。後程、そのように連絡を入れておきます。移動についてですが……」
「俺の車にしてくれ。お前ら指定のだと、いつ首を切られるか分からん」
「そのようにおっしゃられるだろう、とローレル様も言われておりましたので、用意しておりません」
何から何まで把握済みってか?
……ふん、気に食わねえな。
「……はぁ。とりあえず、武器は俺の持ってるやつでいいか?」
「あの……」
「言いたいことは分かってる。大丈夫、持ってるから」
机の引き出しに入れていた少し大きめの古いナイフを取り出す。
……うん、刃毀れはないな。
軽い点検を済ませ、素早く鞘に入れる。
「よし、行くぞ」
「……は、はい……」
少々面食らったような顔を浮かべたまま、ベルは俺の後をついてきた。




