さいごの場所
近くにあった木に触れ、そのまま拳をめり込ませる。
「くそ……」
ローレルどもがいなくなって尚、苛立ちが治まらない。
懐かしさも感じるこの森。
俺が幼少期を過ごした場所だ。
もう十年近く昔になるのか。
あの日の事は、昨日起こったかのように覚えている。
俺たちは、いつも通りの日常を過ごしていただけだった。
……なのに。
「ハァ……」
嫌なことを思い出しちまった。
さっさと帰って寝よう。
起きたことはしょうがないんだ。
俺は復讐なんてしたくないからな。
……復讐屋が何言ってんだって感じかもしれないが。
復讐からは復讐しか生まれないんだろうなってのは何となく考えてる。
ただ、それじゃあ納得できない人はたくさんいる。
その代行をするのが、俺の仕事だ。
血も金も集まって一石二鳥だしな。
俺も納得はできていないが、この力は自分のために振るう力ではない。
他者のために使う力だ。
……約束だしな。
それに、ヴァンパイア社会で暮らしていた時に、娯楽として人間を殺しているヴァンパイアがいることなんてのも学んだ。
もちろん、俺たち家族はそれを忌み嫌っていた。
だが、そんな考えをする方が少数だというのも知っている。
ならば、弱者を守るためにも、家族を守るためにも、ヴァンパイアハンターに味方するほうが正しかったはずだ。
……なにも間違っちゃいないはずだ。
俺は、俺は……。
「くそがっ!!」
八つ当たりにその辺の木を数本殴り倒す。
そんなことしても、気分が晴れるわけじゃないのに。
でも、しょうがないだろ?
俺の、俺たちの生活は、ヴァンパイアハンターに壊されたんだから。
家族が殺され、住む場所も奪われ、どれだけ苦しい思いをした?
俺は、それを許せるほど寛容じゃない。
だが、ベツレヘム達に被害が及ぶのだけは避けなければならない。
カルミアも強いとはいえ、ただの人間だ。
能力も攻撃向きじゃない。
だったら、なおさら俺が守ってやらなくちゃいけないんだ。
あいつの生活も、俺が壊したんだ。
俺は、それをする義務がある。
今は、ヴァンパイアハンターどもに従っておくしかない。
でなければ、俺の信念が守れなくなってしまう。
あいつらのためにも、俺のためにも、今は我慢しなくては。
大丈夫、大丈夫。
俺は今まで通り、殺しを続ければいいだけだ。
そうすれば、今の生活は壊れない。
大丈夫。
……とりあえず、家に帰らなくては。
ベツレヘム達のことも心配だ。
あいつらに手を出したらまずいことくらい、ヴァンパイアハンターどもも理解してるはずだ。
それでも、安否だけは確認しておきたい。
道も覚えてるし、走れば明け方までには家につくだろう。
振り返り、周囲の風景を少しだけ眺める。
……懐かしいな。
…………っと、少し視界が濁ってきた。
だめだ、今はまだ帰るべきじゃない。
この場所にはもう用もないんだ。
眼を軽くこすり、もう一度だけ景色を焼き付ける。
俺が覚えておかなくてはいけない場所。
俺が帰ってこなくてはならない場所。
俺が絶対に忘れてはならない場所。
俺の思い出の場所。
俺がさいごに行くべき場所。
……よし、十分だ。
これ以上居てはだめだ。
後ろを向き、少しずつ歩を進める。
後ろ髪を引かれる思いだが、俺にはもう帰る場所ができてるんだ。
そう思うと、自然と力が入ってきた。
全身に意識を集中させ、ぐっと踏ん張る。
帰ろう、家へ。
地面を力強く蹴り、俺は全力で駆けだした。




