雑談
寝汗でぐっしょりと濡れたベッドの上で目を覚ます。
「……はぁ」
またか。
ここ最近、全身を炎で焼かれる夢で目を覚ましてしまう。
ったく、縁起でもねえな。
というか、まだ二時間しか寝てないのか。
……とりあえず、一階に降りるか。
「あ、おはようございます」
そこには、朝食を作っているカルミアの姿があった。
そういえば、こいつは結局家に居候することになったんだったな。
「……お前、まだ朝六時だぞ? いくら何でも早起き過ぎるだろ」
「普通じゃないんですか?」
「……いやまあ、俺がヴァンパイアの社会で育ったってのもあるとは思うけど、人間ってそんなに早起きなのか……」
暗殺は基本的に夜に行うから、ベッドに入るタイミングくらいしか知らないんだよな。
なんというか、人間社会ってヤバいな。
「それよりも、コーヒー飲みませんか?」
「いいよ。そんくらいなら自分でもするから」
「砂糖とミルクはどのくらい入れますか?」
「お前、人の話ぐらい聞けよ。……ブラックで」
「わかりました!!」
元気の良い返事とともに、慣れた手つきでコーヒーを作り始めるカルミア。
……こいつ、もうここのキッチンを使いこなしてやがる……!
まあ、必要最低限のものしか置いてないしな。
「どうぞ、エーデルさん」
「あ、あぁ、ありがとう……」
「どうかされましたか? あ、もしかして、ココアのほうが良かったですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
……やっぱ、本人に聞くのが一番か。
「お前、なんで俺に弟子入りしたんだ?」
「えっ? えっと……」
「質問を変えよう。なんで、わざわざ弟子入りをしたんだ?」
「それは、殺し屋になりたかったから……です」
「俺の情報網をなめるなよ? 昨晩のうちに、お前の略歴を調べさせてもらった」
「…………」
「お前、もともと殺し屋をしていただろう? しかも、独学で。おかしいとは思ったんだ。素人にしては、あまりにも気配を消すのがうまかったからな」
「そ、そんなことまで調べられるんですね……」
「俺の知り合いの一人に、情報通がいるしな。調べて出てこないことは、そいつに聞いてみれば大抵わかる」
まあ、たまに細かすぎる情報が送られてきて戦慄することはあるがな。
「……でしたら」
「ん?」
「でしたら、私が弟子入りした理由までわかっているんじゃないですか……?」
「残念ながら、あいつもそこまでは知らないってさ。だから聞いているんだ。何のために、俺に弟子入りした?」
「……エーデルさんのことは、知り合いから聞きました」
「知り合い?」
「はい。その人いわく、エーデルさんだったら、私の目的を達成させられるんじゃないか、という事でしたので……」
「それで、俺のことをつけたわけか」
なるほどな。
目的を達成する、か。
「試しに、お前の目的について教えてくれないか? 内容によっては、俺も助力できるかもしれない」
「…………すみません。私自身の心の整理ができるまで、少し待ってくれませんか……?」
「ああ、俺は別に構わないけど……」
こういうのは、無理に詮索しない方が吉だ。
誰にだって、触れられたくない悩みはあるもんだ。
それを、昨日今日で知り合った相手に打ち明けるってのもな。
「ところでなんですけど、エーデルさんとベツ……えっと……」
「ベツレヘム。長いし、ベッツなりなんなり、好きなように呼んだらいい」
「わかりました。それで、エーデルさんとベッツさんは、どちらのほうが強いんですか?」
「さっきまでのと話題変わり過ぎじゃね?」
さっきまで、結構重々しい雰囲気だったじゃん。
急にそんな少年漫画的なことを聞かれると、俺びっくりしちゃうじゃん。
「いえ、これも重要なことなので」
そうなの?
「ふーん……。ま、普通に考えて、ベッツのほうが強いよ」
「そうなんですか!?」
「昨日も言ったように、あいつはヴァンパイアだしな。人間とは、根本的に違う。筋力だってあいつのほうがあるし、五感の鋭さなんて桁違いだ。それに……」
こいつなら他言しないだろうし、いいか。
「ヴァンパイアってのはな、最近ラノベにはまってるからそれ風に言わせてもらうと」
「ちょっと待ってください。ラノベ読んでるんですか!?」
「殺し屋がラノベ読んで何が悪い?」
俺の唯一の趣味みたいなもんなんだぞ!?
「いえ、少し意外だったので……」
「俺の数少ない友人からも、そのことを笑われたよ、お前のキャラじゃねえって! 俺だって、ドキドキハラハラしたいんだよ!!」
「殺し屋も、なかなかドキドキハラハラする職業だと思うんですけど……」
「とにかく、ヴァンパイアには、それぞれに能力と呼ばれるものがあるんだ」
「……本当にラノベっぽいですね」
「それは一旦置いておけ。……例えばだけど、有名なヴァンパイアの話で、蝙蝠に化けるだのなんだのというのがあるだろ?」
「はい、ありますね……。もしかして、そういうのが……?」
「能力だ。それで、ベッツも能力を持っているんだが、あいつの場合はとにかく規格外の強さでな……」
「具体的にはどれくらいですか?」
「頑張ったら、一週間くらいで一つの国を壊滅させられるくらいには強い」
「そ、そんなにですか!?」
やらせたことないけど、たぶんあいつだったらいけんだろ。
「まあ、その関係であいつは自分から牢屋の中に入っているんだ。うっかり能力を使って、誰かを傷つけるなんてことにならないようにな」
「そうだったんですね……。ところで、エーデルさんは……?」
「俺は昨日も言ったように、普通の人間だ。能力なんてものは存在しない」
「そうですよね……」
お前、なんで今残念そうな顔をした!?
「ちなみになんですけど、他のヴァンパイアもそれくらい強いんですか?」
「ベッツほどじゃないにしろ、結構強いぜ。絶好調の時の俺でも、一人相打ちできれば万々歳ってところじゃないか?」
「それでも、一人は相手どれるんですね」
「まあ、それなりに鍛えてるしな。というか、弟子入りしたんだったら、お前にもそれくらいには強くなってもらうぞ?」
「あ、それはぜひお願いします!!」
「じゃ、俺はもう一回寝てくる。深夜まで作業してたからな。まだ眠いんだ」
「お昼までには起きてきてくださいね? 昼ご飯作って待ってますから!」
「あー、善処するわ」
「わかりました。ゆっくり休んできてください」
「ああ。ありがと」