師匠
ベツレヘム達を見送ってからしばらく経った頃。
「やっと来やがったか」
「……まったく、君の勘の良さには辟易してしまうよ」
現れたのは、黒のコートを着た中肉中背の老人。
格好と声からして、男性だな。
固唾を呑み、相手の動きを観察する。
一切足音が立っていない、気配もほとんど感じられない。
かなりの手練れとしか思えない風体だな。
「エーデル殿。名乗らせていただいてもよろしいかな?」
「ああ。ご自由に」
俺の名前は当たり前のように把握済みってか。
「私の名前はローレル。以後お見知りおきを」
ローレル……。
聞いた覚えがないな。
「で、わざわざ私のことを待っていたのはどうしてだい?」
「お前、この間から俺のことをストーキングしてるだろ? うっとうしいんだよ」
「……まさかばれていたとはね」
「この間のビルでの殺しの時にもみられている感覚があったからな。それに、ここで閉じ込められている間に感覚が冴えてね。すぐにわかったよ」
老人とは思えないほどぎらついた瞳で、俺を一瞥してきた。
その動作だけでも、身が縮こまってしまいそうなほどだ。
だが、こっちも一応はプロだ。
相手がどれだけ強かろうと、退くわけにはいかない。
特に、あいつらの命を預かっている状態ではな。
「それで、私のことをどうするつもりかな?」
「今ここで殺し合いをしてもいいけど、俺の分が悪すぎる」
「まあ、そうだろうね。今やったところで、私に勝つ可能性はほぼゼロだろう」
だろうな。
「じゃあ、この場は引き分けということで、互いに退かないか?」
「引き分け? 明らかに、私の勝ちだろう?」
「……お前、傲慢な性格だろ?」
「は?」
「窮鼠猫を噛む、ってのが起こるかもしれないぜ? ……噛むのは俺じゃなさそうだがな」
「何を言って……!?」
「ずいぶんと楽しそうな会話をしてるじゃねえか!!」
どこからか飛ぶように現れたルドルフが、ローレルに思いっきり蹴りをかました。
「ぐ、ううっ!!」
「へえ、ガードできたのか」
うわ、えっぐ。
俺でも引くくらいの音が鳴ったんだけど。
ガード貫通しただろ、あれ。
「流石ルドルフだな」
「伊達にお前の師匠なんてやってねえよ」
そう、一応こいつは、俺に殺しの技術を教えてくれた師匠なのだ。
懐かしいなあ。
蹴られ、殴られ、転がされ……。
あれがあったから、多少痛みに強くなったはずだ。
多分、そのはず……。
そう考えないと、ルドルフを殴りたくなってしまう。
……返り討ちに会うだけだと思うが。
「なるほど、ルドルフ殿が師匠でしたか。それなら、エーデルさんの強さも納得です」
「こいつは天賦の才もあるから、俺の指導なしでもまともにやれたとは思うがな」
よし、やっぱり殴ってやろう。
「俺の弟子であり、親友であり、息子であるエーデルに手を出そうとしたんだ。覚悟はできてんだろうな」
「ルドルフ、少しは落ち着けよ」
「せっかく師匠っぽい感じのことができてるんだから、そっとしといてくれ」
何ふざけたこと言ってんだよ。
……ったく。
「ルドルフ殿に来られては、流石の私もお手上げです。それでは、エーデル殿。またいつか」
いつの間に……!
どこからか現れた女がローレルを抱え上げ、ものすごい速度で走り去っていった。
「ルドルフ、どうする?」
「深追いしすぎるのは危険だし、さっさと帰って寝たい」
「だよなあ」
やっぱルドルフだわ、考えることが俺と同じ。
「ってか、さっきの奴は何だったの?」
「俺のストーカー」
「ヒュー、モッテモテじゃん!!」
「はっ倒すぞ」
というか、あいつらの目的は何だったんだ?
ここ数日間見張られていた時にも、特にアクションを起こしてくることもなかった。
今日の場合は、俺があいつらを待っていて、渋々出てきたみたいな感じだったしな。
「なあ、ルドルフ。さっき蹴った時には、記憶とか読めなかったのか?」
「今日はもう、キャパオーバーだ。施設内の人間全員の記憶を読み込んだんだし、これ以上読もうとしたら吐いちまうよ」
記憶の読み込みって、キャパ超えると吐くんだ。
初めて知ったわ。
「エーデル、先に車載ってろ。今日は俺が運転してやる」
「ありがと。じゃ、お言葉に甘えて」
「ああ。今日はお前も疲れたろ。ゆっくり休んどけ」
「ごめん、そう、しと、く……」
言い終えるや否や、俺の意識は暗闇へと落ちていった。