命令
「よっ、アイリス」
「えっ、エーデルさん!?」
「仕事終わったから、さっきの部屋まで案内してくれ。少しやりたいことがある。あと、施設内にいる人間全員を集めておいてくれ」
「あ、え、は、はい」
これで全員か。
部屋の中心に立ち、辺りを見回す。
ざっと数えて、百名……か。
これだけの数の犯罪者を、ヨハンの野郎もよく集めたな。
「さて、諸君」
その場にいた全員が体を震わせ、怯えた目でこちらを見つめる。
俺たちを捕まえた報復をされるとでも考えているのだろうか。
……残念ながら、半分正解、半分不正解だな。
「先程、ここの施設の責任者、ヨハンを殺した」
しんと静まり返っていた場が、一瞬にしてざわめきに包まれた。
まあ、そりゃそうだよな。
あいつもかなり強い部類の人間だったし、それを近くで感じていたこいつらからすれば、信じられないことなのだろう。
「勘違いするなよ? 俺は、アイリスとの取引で殺しただけだからな?」
俺は人助けなんてするつもりはない。
あくまでも、ビジネスとして殺しただけだ。
それに、あのタイプの人間を殺すのは俺の流儀から外れてねえしな。
「で、ヨハンを殺すついでにお前らが何でここにいるのかも聞かせてもらった。……そこで、だ」
手を叩き、こちらに注意を向かせる。
水を打ったように静まり返った場に、俺の声が響いた。
「お前らと、取引をしよう」
その場にいた全員が、ポカンとした顔でこちらを見つめる。
俺は、もともと報復なんてするつもりはないんだよ。
ストレス発散なら、ヨハンで終わらせたしな。
「取引内容は、お前ら全員を見逃す代わりに、今後一切犯罪行為の手を出さないこと。取引、というか命令だな。お前らに拒否する権限はなし。話も以上」
よし、これで俺の役目は終了。
あとは、ルドルフに任せとくか。
あいつなら、犯罪の証拠も消せるだろ。
……その分、俺の札束が飛んでいくことになりそうだけどな。
「……あの、それだけですか?」
全員の代表をしたのだろう。
アイリスが、震える声で俺に質問を投げた。
「うーん、そうだな……。もう一つ付け加えるとしたら、破った奴は即刻殺しに行くってことだけだ」
「えっ……」
「今回、俺はヨハンの殺しは依頼されたが、お前らの殺しは依頼されていないんでな。お前らを殺す理由がないんだよ」
俺は、依頼されて犯罪者に制裁を下すだけの殺し屋だ。
それ以上でも以下でもない。
「あとで人を派遣するから、あとはそいつの指示に従ってくれ。ってことで、じゃあな」
「お待たせ、ルドルフ」
「あれ、もう少し時間かかるかと思ってたんだけどな」
「少し裏技使った」
「……程々にしとかないと」
「わかってるよ。それより、ちょっと俺の頭を覗いてくれ」
さっきの内容を、ルドルフにも見せとかないとだな。
口で説明するよりも、こっちの方が楽だ。
「はいはい。…………なるほどね。オッケー。三日もあれば全員分隠せるよ」
「サンキュー。てことで、俺はこいつらかをおぶって帰るわ。じゃあ、またな」
「おう。依頼料は、後で連絡しとく」
「……了解」
金なら腐るほどあるし、大丈夫だろう。
それより、ベツレヘム達は……。
後部座席を覗き、様子を確認する。
「兄貴、しー」
「……ああ」
カルミアの野郎、ずいぶんと気持ちよさそうに眠ってるな。
「兄貴、カルミアは俺がおぶるよ。兄貴も疲れたろ?」
「ああ、お願いするわ。流石にこの状態では走れん」
「ずいぶんグロッキーだね。なんかあったの?」
「ここのボス殺してきた」
「……マジ?」
「うん」
「えー、俺も殺したかったんだけど! あいつ、俺の血を勝手に採りやがったんだよ!?」
うん、事情は分かるが、残念そうな顔をするな。
「殺していい奴だったら、俺も躊躇なく抵抗してたよ」
「ドンマイ」
「…………。じゃあ、俺はカルミアを連れてくから、兄貴は先に帰っといてくれ」
「いや、俺はまだやることがあるんだ」
「え―……。じゃあ、先帰っとくよ?」
「はいはい。また、あとでな」
「うん!!」