化ける
キャラクターが嘔吐する場面がございます。
苦手な方はご注意ください。
ナイフを手にし、扉をそっと開く。
「やあ、よく来たね」
「……こっちの動きは予想済みってか?」
中にいたのは、細身で長身なスタイルのいい男。
……むかつく。
「あんたの仲間さんが居場所を吐いてくれたおかげで、ずいぶん楽に探し出せたよ」
「アイリスかい? 彼女も、腕はたつんだけどね。君にはさすがに及ばなかったか」
「当り前だ、バーカ」
俺の提案した“ビジネス”は、ここの責任者を殺し、あの部屋にいた全員を解放すること。
その報酬として、俺の言うことを聞いてもらおうという話だ。
「で、僕をどうするつもりだい?」
「本当は、入ってすぐに殺そうと思ったんだけどな。手を出さなくて正解だろ?」
「それは褒めてくれているのかな?」
「そう受け取りたかったら、ご自由にどうぞ」
一触即発、だな。
どちらかが動きを見せれば、それに合わせて反撃をする。
それをできるだけの技量をこいつは持ち合わせているだろう。
こいつばっかりは、俺でも少し苦労しそうだ。
「アイリスのことを知りたくはないかい?」
「なんだ、藪から棒に?」
「君くらいになれば、彼女たちが自分の意思でここにいるわけではないことくらい、分かっているのでしょう?」
「ああ、もちろんだ」
「……そうですか」
「で、あいつはいったい何をしでかしたんだ?」
「彼女は、もともとは警察官として働いていたのですがね。その仕事の中で、人を殺してしまったのですよ。不運のために起こった事故だったのですが、彼女は解雇され、そのストレスで薬に手を出してしまったのです」
「その証拠を、お前が持っているわけか」
「はい」
なるほどねえ。
裏の世界の住人かと思っていたけど、まさか逆の立場の人間だったとは。
にしても、満面の笑みを浮かべているこいつ、むかつくなあ。
いっそ、ぶん殴ってやろうか。
「ついでにもう一つ聞いていいか?」
「ええ」
「ここは、吸血鬼の研究なんてものをしている場所じゃあないだろ?」
「……さあ?」
しらばっくれるか。
「吸血鬼の信仰。それがお前の行っていることだろう?」
「…………」
「黙ってても、こっちはわかってるんだ。以前もこんなことがあったからな」
「でしたら」
「お前がやろうとしていることも、これから起こることも、すべて知っている」
「そう、ですか」
こいつのやろうとしていること。
それは、自身の吸血鬼化。
人間が吸血鬼にあこがれ、自身も吸血鬼になろうなんて考えるやつは、たまに出てくるんだ。
今回の場合だと、ベツレヘムを使って吸血鬼になろうとしたんだろうな。
大量の手下を使い、吸血鬼に関する情報を集め、それを研究と称する。
その結果、俺らは見つかったのか。
俺の詰めが甘かったのかな。
「悪いことは言わない。そんな計画、今すぐにやめてしまえ」
「何を言っているのですか? やめるわけがないでしょう?」
ったく、俺がせっかく忠告してやったというのに。
「それに私は、もう既にベツレヘム様の血を取り込みました」
「……え?」
「すぐに私は吸血鬼へと進化できることでしょう」
あーあ、こいつ、死んだな。
「吸血鬼化のリスク」
「はい?」
「人間を吸血鬼にする場合、正しい手順を踏まなければ、ほぼ確実に死に至るんだよ」
「……その程度、覚悟の上です」
「じゃ、一パーセントにも満たないその確率が起こるかどうか、俺が見といてやるよ。成功したその時には、俺が直々に手を下してやろう」
「う、うう、うごぇ……!!」
始まったか。
床に大量の吐瀉物を流し、血を吐き、涙を流しながらのたうち回っている。
体の構成を変えるんだ。
それ相応に体への負荷がかかる。
これに耐えきれれば、晴れて吸血鬼になれるわけだ。
しかしまあ、この様子だと無理そうだな。
叫ぶ力も気力もないのか、地面に大の字になっている。
のたうち回るのも、もう終わったか。
さて、こいつの運はどうだろうか。
即死は免れているようだが、ここからどうなるのやら。
「……………………を」
「は!?」
「血を、よこせ!!」