ビジネスの時間
えーっと、この指をこっちに持って行って……。
今度は、これをこっちにやって……。
最後は、ここをこう……!
「よし、できた!」
俺の超大作、『虎』だ!!
どうだ、素晴らしい出来だろう?
趣味でやっている影絵だが、最近では大抵のものが作れるようになってきた。
もうこれは、本当の虎がいるようにしか見えない。
「おい、何を遊んでいるんだ?」
あれ、この声は……!?
「ルドルフ!? どうしてここに!?」
「ベツレヘムから、ゲーム内のチャットでヘルプが来たんだよ。多分、攫われるちょっと前だったんだろうな。家の中を見た感じ、特に争った形跡もなかったから、ほとんど抵抗しなかったぽいぜ」
緊急時くらい、能力でも何でも使えばいいのに。
まあ、それはあいつの信念を曲げることになるんだろう。
「見張りはどうした?」
「大丈夫。全員気絶させてきた」
「ナイス!!」
てか、ルドルフもよくここを辿れたな。
大量の記憶を読んだだろうし、頭痛も酷いはずだ。
「車は用意してあるか?」
「ああ、もちろんだ」
「じゃ、そこでしばらく休んどけ。あとは、俺たちに任せろ」
「すまんな。年取ると、どうしても能力が使いづらくなてきちまうんだ」
そうだろうな。
ベツレヘムが使ってもああなるんだ。
こいつみたいなおっさんだと、なおさらだ。
「ここからは、殺しの時間だ」
廊下を全力で駆け抜ける。
監視カメラも無力化できているし、見張りはすれ違いざまに全員気絶させていく。
しかし、問題はこの施設の広さだ。
部屋数も多いし、その中を一つ一つ探っていくしか、探す方法がない。
ベツレヘムがいれば、匂いかなんかで見つけ出せるんだろうけど。
「あ? ここ、何の部屋だ?」
ほかの部屋とは、雰囲気が違うような気がする。
なんというか、気味の悪い感じだな。
というか、中から血のにおいがしないか……?
「おい、誰かいるのか?」
扉を叩き、一応呼び掛けてみる。
…………何の反応もないな。
胸騒ぎがする。
ここは、確実にやばい感じの部屋だ。
そっと扉に手をかけ、中の様子を確認する。
するとそこには、
「うっ!!」
大量の血液が、タンクのようなものに保管されていた。
多分だが、俺が飯の時に出されたのも、この中に入っていた奴だな。
にしても、血の量が多すぎる。
人が何人か死んでそうだな、これ。
だが、今はそれにかまっている余裕なんてない。
とりあえず、あいつらを見つけなくては……!
ひたすらに施設内を駆け、部屋を確認し、また駆け出す。
それをひたすらに繰り返すこと、十数分。
「よ、ようやく見つけた……」
「エーデルさん!!」
俺のいた部屋とそっくりな部屋だな。
待遇が同じとはいっても、本当に瓜二つじゃねえか。
「カルミア。動けるか?」
「はい。体はぴんぴんしています!!」
「それならよかった。ごめんけど、ベツレヘムを探してくれないか? 多分、お前と同じ感じで監禁されているはずだ。大分広い施設だが、お願いできるか?」
「もちろんです!」
「ありがとう。俺には少し、やるべきことがあるんでな」
それだけ伝え、俺は再び廊下を駆けだした。
俺のやるべきこと。
それは……。
「武器を持っているなら、今すぐに捨てろ」
ナイフを構え、中にいたやつらに向けて脅しの言葉を吐く。
明らかに正義の味方がすることじゃないが、そんなものではないし、なる気もない。
俺が来たのは、走っている途中に見つけ、そのまま放置していた部屋だ。
中から大量の人間の気配がしたため、恐らくはこの施設の人間がいるのだろうと踏んでいたのだ。
「俺は、お前らみたいな三下には興味がないんだ。俺が会いたいのは、ここの最高責任者だ」
「貴様、急に入ってきてなにを……」
「うるせえ、殺すぞ」
殺し屋の俺が吐く、最高の脅し文句。
普通の人間とじゃ、重みが違う。
こいつらもそれを察したのか、身を震わせ、ぴたりと静かになった。
まあ、今の俺なら、この場にいる全員を一瞬で殺せるしな。
「おい、アイリスはいるか?」
「は、はい」
「最高責任者のところまで案内してくれ」
あとは、言わなくてもいいだろう。
銃で撃たれた直後のあの時とは違うんだ。
もう弾は取り除いたし、ほぼ万全の状態と変わらない。
殺し屋してれば、撃たれることだってある。
その時の処置はお手の物だ。
「おい」
「は、はい……」
廊下に出て、ようやく誰もいなくなったところで、アイリスに話しかける。
今までとはほんの少し違う俺の本気に、若干緊張しているようだ。
あの時はカルミアを人質にとられていたし、俺も撃たれた直後であまり激しくは動けなかったのだ。
今の状態であれば、一秒もかからずにこいつだって殺せる。
「安心しろ。俺は、どちらかというとお前ら側だ」
「えっ?」
「お前らがここにいるのは、本意じゃねえんだろ?」
「は、はい……」
やっぱりか。
俺が前に潜入した宗教団体でも、同じようなことがあった。
「大方の予想だが、ここの責任者に弱みを握られている、みたいな感じじゃないか?」
「……はい」
「うん、それだけ聞ければ十分だ」
アイリスも、弱い部類の人間じゃない。
それでも抵抗できないということは、それだけの何かがあるのだろう。
「さて、ここからはビジネスの時間だ」
「……はい?」
「お前らのところのボス、殺したくはないか?」