始まり
目標まであと数メートル。
……三、二、一。
ポケットに忍ばせたナイフを取り出し、一瞬で心臓を突き刺す。
…………ふぅ。
とりあえず、今回の依頼は成功だな。
やっぱ、暗殺は何度やっても慣れないな。
久々だったけど、痕跡はうまく消せたよな?
ちょっと待って、すごい不安になってきた。
……くそ、やっぱりか。
「おい、そこにいるのは誰だ? ばれてるから、早く出てこい」
反応なし。
だったら……。
「はーい、動かないでくださいねー」
首に腕を回し、いつでも殺せる態勢をとる。
気配を消すのはうまかったが、その程度では俺から隠れることはできないんだよ。
「お前には、二つの選択肢をやる。今すぐこの場を立ち去り、俺のことを一切口外しないと誓うか、ここで俺に殺されるのか。さあ、どっちを選ぶ?」
俺だって、無駄な殺しはしたくないからな。
それに、これ以上“食料”を増やしたところで、何にもならないしな。
ほら、さっさと誓えよ、こっちは眠たくてしょうがないんだよ。
「わ、私を、弟子に、してください……!」
……?
…………?
「えっと、話聞いてた? 俺、二つの選択肢の中から選ぶように言ったよね?」
「お願いします、エーデルさん!」
嘘だろおい、このガキ、全然話を聞かねえじゃねえか。
って、ちょっと待て!
「お前、今俺のことをなんて読んだ?」
「エーデル・アイビーさんですよね?」
「よし、決めた。お前は今すぐ殺す」
「なんでですか!?」
こいつ、なんで俺の本名を知ってるんだよ!?
俺、偽名でさえ滅多に人に教えないってのに、よりにもよって……。
「お願いですから、私を殺し屋にしてくださいよ!」
「ちょ、おま、そんな大声で堂々と言うな!!」
「さっさと、私を弟子にしてください! でないと、もっと大きな声で叫び……むぐう……っ!」
「お前、いい加減にしないと、本気で殺すからな」
口を無理矢理押えつけ、首筋にナイフを突き立てる。
本当は、脅したりするような真似はしたくないんだがな。
背に腹は代えられない。
ていうか、こいつどうしよう。
俺の本名まで知っている以上、野放しにしておくなんてできないしな……。
「お前、ちょっとついて来い。騒いだら殺すからな?」
「わ、わかりました」
……今度こそ、誰も付いてきていないな。
周囲に警戒しながら、慎重に車を降りる。
俺たちは、ある一つの民家の前に来ていた。
一見何の変哲もなく、大きさも大きすぎず、小さすぎずといったところだ。
そんな家に何の用があるのかというと……。
「ただいまー」
ま、普通に俺の家なんですけどね。
「おい、ガキ。名前は?」
「えっと、カルミアです」
「よし、カルミア。今からお前をある場所へ連れていく。だが、そこでは絶対に大声を出すんじゃないぞ」
「は、はい。わかりました」
まあ、ほぼ無理難題なんだろうけど、一応忠告だけはしとかないとな。
「こ、ここは……?」
「普通の地下室だよ。……牢屋付きだがな」
「ま、まさか、私をそこに……」
「馬鹿、そんなことしねえよ! というか、いくら入りたくても、先客がいるしな」
「先客?」
その時、地下室内に大きな金属音が反響した。
少しづつ聞こえ出す荒い息と、何か液体が垂れるような音。
「そこにいるのは、誰だ……?」
呻くような声で話すそれは、あまりにも不気味な雰囲気を放っていた。
「キャッ……!!」
隣ではカルミアが怯えた様子で牢屋のほうを見つめている。
それを見た俺は、臆することなく牢屋のほうに叫び声をあげた。
「うるっせーぞ!! 客人がビビってんじゃねえか!!」
「ごめんね。少し驚かせてみたかっただけなんだよ……」
「い、いえ、大丈夫です……」
がっつり引かれてんじゃねえか。
「それよりもほら、今日の晩飯だぞ」
「ありがと、兄貴!!」
そう言って俺は、今日殺してきたやつの死体を牢屋に投げ込んだ。
「え!? な、なんしてるんですか!?」
「ああ、そういえば説明してなかったな。こいつは、ベツレヘム。ヴァンパイアなんだ」
「ヴァ……!?」
「まあ、世間一般では架空の存在とされてるしね」
「も、もしかして、エーデルさんも……?」
「いいや、俺は普通の人間だ。父親がヴァンパイアで、母親が人間のハーフでな。こいつとは双子なんだけど、それぞれ人間とヴァンパイアに分かれて生まれたんだ」
「稀にだけど、そういう事が起こるんだ」
……さてと。
「どうするんだ、カルミア?」
「どうするって、何をですか?」
「弟子にしてほしいって話だよ」
「え、マジ!? そんな面白いことになってんの!?」
「別に面白くもなんともないだろ」
「うーん……、兄貴は結構腕も立つし、いいんじゃないの?」
「でもさ、あんまり人に教えるってのは好きじゃねえんだよな」
前に従姉に勉強教えてた時に、あまりの不出来具合で殴りかけた前科もあるしな。
「で、どうするの、カルミアちゃん……だっけ?」
「は、はい。えっと、その―……改めてですけど、私を弟子にしてください」
「うん、いいよ!!」
「いや、お前が答えるなよ!!」
「でも、断る気もないだろ?」
「……まあな」
「ありがとうございます!!」
――ふぅ。
もう、すっかり真夜中だな。
パソコンを閉じ、目の周りのツボを押す。
「やっぱりか……」
俺は暗殺という仕事をしている以上、様々な情報入手経路を持っている。
だから、大抵のことは調べたら出てくるのだが……。
「ったく、面倒な事に首を突っ込んじまったな」
頼むから、俺の想像の範囲内で事が収束しますように。