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七、出立

前回の続き、最終話です

七/七話

 ヴァルがフローズンの家に来て三か月後、ストーンライフルは正式にフィオナ公国へ降伏した。

 これで果たして何度目の降伏か、数年おきに開戦しては降伏を繰り返している。


 一体、この戦争で得をしたのは誰だったのだろうか。


 フローズンは降伏の旨が記載された書状を読みながら、分厚い目玉焼きの乗ったトーストを食べていた。


「ようやく降伏か、予想よりかなり粘られた。な」


「あぁ。長かった……のかな」


 向かいの席でヴァルも同じく朝食を食べている。

 ちなみにこれは彼女が作ったものだ。

 捕虜でいる間、フローズンは彼女に何もする必要がないと言っていた。

 だが、ヴァルは何もかも世話になりっぱなしでは気が収まらなく、料理や器具の修繕などできることは率先して行っていた。


 それにしても体感時間が短い。

 もう彼の屋敷へ来て三か月なのが、ヴァルにとっては信じられなかった。

 もちろん忙しかったわけでもなく、のんびりとした穏やかな日々である。

 それでも毎日、彼との交流を通して知った新しい発見の数々は、一日一日の濃度を濃くするものであった。


「さて、これでひとまずは区切りがついた。諸々の処理が終わり次第、キミは復員することになるが――」


 コーヒーを含み、ヴァルを見る。

 そしてにこやかだが、どこか寂しそうな顔を浮かべながら彼は言う。


「ここから先は自分で決めるといい」


「わ、私が決めていいのか?」


 彼の表情のこともあって、素直に喜ぶべきか悩んだ。

 ただ、これから先の未来をこの手で決めていいと言われたことは、彼女にとってこれ以上ない幸せであった。


「そうだ。故国へ帰るも、ここに居続けるのもね」


 故国。

 ストーンライフルに対し、彼女がそう思ったことは一度たりとも無かった。

 愛国心の無い愚か者だと思われようとも、情を抱くことはできない。


 ストーンライフルが掲げる旗は、奴隷として彼女をあの地に縛り付けるものでしかなかったから。


「……帰る場所は無い。行く場所も」


 自由にどこへでも行けると言われても、結局のところそうなのだ。

 彼女の居場所は最初からどこにもない。


 新しい居場所を見つけることは決して簡単ではない。


「そうだな、難しく考えなくていい。キミは明日どうしたい?」


「私は……」


 ヴァルに向けられた彼の目は、彼女へわかりきった答えを促すようだった。


「できるなら、もう少しここに居たい。ここに居れば私はまだ普通の人間として見てもらえるから。それに……何がしたいのかがまだよくわからなくて」


 彼女の正直な言葉に、フローズンは大きく頷いた。

 それと同時に、彼女以上に安堵したような表情も見せる。


「そうか、ならここでじっくりと次の目標を考えるといい。まずは……」


 フローズンは席を立ち、窓を開ける。

 清々しい風と暖かな光が部屋に射しこんだ。


「一通りの教養をつけて、それから……ボクの剣を製作するために腕を磨いて欲しい。鍛冶職人っていうのかな。もちろん奴隷でもなければ捕虜でもない、単なるフィオナの民としてね。どう? 引き受けてくれるかい?」


 ヴァルは目を丸くする。

 彼と過ごした日々はあらゆることを話したが、その中でも剣について話したのはほんの少しだけだった。


「キミの剣、あれは自作だろ? まだまだ荒削りだけど、磨けばボクの手にしっくりくるものが出来上がりそうなんだ。それにキミの剣を見ているとなんだか懐かしくてね。この剣に不満があるわけではないけど、是非とも頼みたい」


「私が……剣を」


 両親が主人である老婆から鍛冶を教わっていた影響で、ヴァルも見よう見まねで学んでいた。

 奴隷の未来に辟易とし、戦いの場で人を殺すことに憂う毎日でも、剣を打っている間だけは没頭し忘れさせてくれた。


 これが()()()という感情なのかもしれない。


 何がそう思わせるのかはわからない。

 だが、楽しいことに理由づけは要らないのだ。


「任せていいかい?」


 彼の言葉に、彼女は何度も何度も頷く。


 すると、ボタボタとこれまでに流したことのないほどの大粒の涙が零れ落ちた。


 もちろん嫌なものではない、寧ろこれ以上ない心地よさが彼女を包んだ。

 涙の理由はよくわからないが、彼女の中で小さい頃からずっと我慢してせき止められていた何かが、溶けるようにして吐き出されたのだ。


 フローズンは何も言わずに彼女の涙をハンカチで拭う。

 ヴァルも拒絶することなく、存分に泣いた。


 彼女はようやく巡り合えた。

 居たいと思える場所に、やりたいと思えることに、そして自分をしっかりと見つめてくれる(ひと)に。


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