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三、破却

前回の続きです


三/七話

「眠れ同胞よ」


 忌々しい悪魔を模した仮面を被る甲冑の騎士は、首と手首がズタズタになった亡骸にそう言い残す。


「あれは……」


 状況を理解していくのと同時に、後退りをしそうになる。

 仲間の死を悼んでいるはずの()の騎士は、ヴァルたちから見ればさながら死神であった。


 騎士は、満身創痍(まんしんそうい)の中でありながらも同時に彼に対し憧憬(どうけい)の念を顔に浮かべるフィオナの兵士たちの方を見渡す。


「これよりベイサイド島前線部隊の指揮はこのフローズン・A・ブラックジェットが執る。我が剣の在る所に勝利は在り。諸君らの力を束ね、ストーンライフルを引き裂く」


 彼はこれまでの劣勢を振り払いかのように、手に持った血みどろの大剣を横に振る。

 その一言は、前線で死を待つだけの兵士たちにとってこれ以上ない栄誉であった。


「うぉおおおおおおぉお!!!」


 兵士たちの瞳に闘志が甦る。

 彼らは再び武器を取り、倒すべき敵に刃を向けた。


 フィオナの兵士たちの士気が高まり続ける一方で、ストーンライフル軍の兵士の表情は凍り付いていた。


「あっ……あぁ……」


 兵は怯え、腰を抜かしながら逃げ惑う者も現れる。


「どうしてハゲワシがここに……」


 漆黒の騎士、フローズン・A・ブラックジェット陸軍中将はストーンライフル軍からそう呼ばれていた。

 ヴァルにとっては初めてのハゲワシとの遭遇である。


 彼に遭遇するということはそれ即ち死を意味していた。

 ストーンライフル軍が誇る精鋭部隊を幾度となく撃破、殲滅してきた男。

 (ことごと)くを殺し、戦場からの生還は決して許さないと伝えられている。

 故にその名を知らぬものなどいない。


 また彼だけが脅威であったのではない。

 彼に率いられたフィオナの兵士は、それまで見せていた力の何倍も上回る力を発揮するのだ。

 それを可能にしているのが彼のカリスマ性であり、確かな実力であった。



 ハゲワシことフローズン中将の襲来を受け、拠点構築のために前線より下がっていたガウスマンの元へ伝令であるミングが舞い込んでくる。


「はぁはぁ……ガウスマン大尉!」


 ミングが流す汗は、彼が急いで走ってきたことによるものだけではなかった。

 青ざめた顔を浮かべる彼に、ガウスマンは問う。


「どうした」


 ミングは口をわなわなと震わせながら呟く。


「……ハゲワシが現れました」


「なんだと!?」


 ガウスマンは目をギョッとさせ、顔を引きつらせた。


「……情報は間違ってはいないはずだ。まさか奴め、引き返してきたのか」


「はい、恐らくは」


 フローズン中将が本国へ帰還しているとの報せは確実である。

 そしてフィオナ公国から前線のベイサイド島までは一日や二日で戻ることはできない。


 それがどういうカラクリか、そして何故突如として引き返すことを決意したのか。

 不可解な点は多いが、現に彼はやってのけたのだ。


 ガウスマンは選択を迫られる。

 撤退し体勢を立て直すか、あるいは命を()してこの場を守るか。


 彼個人の考えであれば前者だ。

 奴隷を捨て駒にするだけではなく、自身の命すらも無闇に散らしたくは無かったはずである。


 だが彼の決断は違った。


「私も出る。何としてでもここは死守せねばならん。行くぞ!」


 本心ではない宣言に、やるせなさを見せる。

 それでも彼は自らを奮い立たせ、ミングをはじめとする側近の兵と共に再び前線へと突き進んだ。


 撤退をすれば体勢は立て直せる。

 しかしながら、その選択肢は通常の相手だからこそ取れる手段なのだ。


 相手はハゲワシ、フローズン中将。

 一度狙った標的は肉塊となるまで放さず。

 この戦場からは血の犠牲無しでは何人(なんぴと)たりとも逃れることはできない。



 士気を取り戻したフィオナの兵士は、ストーンライフル軍を相手に善戦する。

 その傍らで、フローズン中将は数人あるいは数十人の兵士を相手に一方的な殲滅戦を繰り広げていた。

 フィオナの兵士は敵兵を殺し、そして彼の雄姿を見て士気を高めてはまた敵兵を殺していった。


「ダメだ……勝てないだろあんなの。あっあぁ……」


 呆然と眺めるストーンライフル軍の兵士。


 彼が息を吐いた瞬間、その身体は八つ裂きにされた。

 フローズンの剣によるものか、それとも他の何かか。

 それすらわからぬまま、蹂躙の限りが尽くされていく。


 ヴァルはフィオナの兵士と戦いながらも、その目はフローズンに向けられていた。


「あの首さえ獲れば……」


 恐らく敵兵の首を百や千ならべても、彼の首一つが勝るだろう。

 それほどあの命には価値があった。


 懸けられる命は一つだけ。

 ならば、と彼女は黒き死神に迫り行く。


「待て貴様!」


 彼女の声にフローズンは少しだけ顔を向けた。

 そして何事もなかったかのように、殺戮を続行する。


 自分は戦う価値すらない。

 そう言われた気がしたのか、ヴァルの表情からは恐れ以上に怒りが見えた。


 そうなると彼女はもう引きとどまることはできない。


「くッ……ハゲワシぃい!! 寄こせ、あんたの首をォっ!!」


 無謀にも単独で彼の元へ突撃する。

 途中で阻んできた兵士の攻撃を掻い潜り、ヴァルは彼の眼前まで差し迫った。


 その時、仮面の奥に見えた瞳と目が合う。

 だがそれは彼女が想定していた人殺しのものとは少し違っていた。


 ヴァルの攻撃は何のこともなく避けられ、簡単に不利になる。

 血みどろの大剣が頭上に見えた瞬間、彼女の脳裏には死の一文字だけが浮かんだ。


「勇猛なだけではこの首には届かん」


 そう言い放つと、フローズンは大剣で彼女の剣を吹き飛ばし、同時に腹を蹴り飛ばした。

 ヴァルの身体は跳ねながら、フィオナの兵が使っていた野営テントに勢いよくぶつかる。


 ぶつかった衝撃で意識が混濁し、痛みのためか手足の動きもままならなくなってしまう。


「うがはッ! ……まだ私は、まだ……」


 彼女はそれでも戦う意志を見せたが、指先一つ動かすことができずに意識を失った。


 そして、ヴァルの元へフローズンがやってくる。

 大剣を彼女の首元に重ね、今まさに処刑がなされようとしていた。

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