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廃教会の幽霊 その1

   ■■■


「こんなもんか」


 周囲に比べて一回り背の高いビル。その屋上にスヴェンとアウラはいた。


「すっかり日も暮れちまったな」


 茜色を通り越し、薄闇色になった空。地上よりも高い所為か、風も強い。動き回って熱を持った体には丁度良いだろう。


「狙撃ポイントは一通り回った形かしら?」


 応じるアウラはスカートと髪を押さえるので忙しそうだ。


「ようやくな。何かあったときの緊急避難経路も確認できたしな」


 教皇たるローランが警戒している以上、全く何も起こらないというのは考え辛い。故に、与えられた時間は少ないが、やれるだけのことはやった。そのはずだ。


 しかし、自分たちが要人警護の専門家ではないのもまた事実である。どれだけ最善を尽くそうとも、本職には遠く及ばない。それはローランも理解しているところだ。


 第一、いくらローランが教会内部を信用していないのだとしても、一棄獣狩りに護衛を全て任せるとは思えない。


 精々、ローランの最も近いところを、教会のお家事情に縁のないユザ事務所の面々で固めるくらいだろう。最後の安心材料が欲しかったといったところか。全く、こちらからすれば迷惑なことこの上ない。


 しかも、だ。

 ヴァルダたちが単純な対人戦闘で遅れを取るとは思えない。その辺りはちゃんと計算してますよ感が、まるでローランの掌の上で踊らされているかのようで、釈然としないのである。もっとも、全く考慮されていないのだとしたら、それはそれで問題なわけだが。


「各建物の責任者にいちいち説明している時間もなかったとはいえだ。コソ泥みたいに屋上に侵入するのは、これを最後にしたいもんだ」


「そう言う割には随分と手馴れていたじゃない?」


「【便利屋】として動いているうちに鍛えられたのは間違いないな、実に不本意だ」


「【鮮血の黎明事件】のときもそんな感じだったらしいじゃないの?」


 アウラが事務所に来る半年ほど前の出来事であるため、詳細については彼女も知らないのだ。


「あー、そうなー。変装して教会に潜入したり、そこから教会のサーバに侵入して情報漁ったり、足跡消すために街の監視網管理システムの記録を改竄したり……うん、色々やったな」


「よくもまぁ、そんな無茶をしたものね」


「独立してからうだつが上がらない時期だったからな。多少無理をしたいお年頃だったのさ」


「今はまるでうだつが上がったみたいな言い方ね。それに多少どころじゃないと思うけれど?」


「……本当に嫌な女だ」


「最高の誉め言葉ね」


 軽口の応酬。いつものことである。


「…………」


 突然、スヴェンが遠くを見るような目で屋上の端を見た。


「……どうしたの?」


「ん? ああいや、何でもない。構図が似ていてな、ちょっと昔のことを思い出しただけだ」


「構図?」


「ああ。女の子と出会ったんだ、ちょうど今俺とアウラが立っているような感じでな」


 それはスヴェンが十歳かそこらのときの出来事である。

 当時孤児院で生活していたスヴェンは、ある夜孤児院を抜け出した。


「その頃、孤児院近くの廃教会で幽霊が出るとか噂になっていたんだ。んでもって、うちのところも例に漏れず幽霊はいるだの、いないだのうるさかったんだよ」


「好奇心旺盛な子どもにありがちね。まぁ、幼かったとはいえ、あなたがそれに乗っかったのは意外だけれど」


「他の奴らから煽られたような気もするし、俺自身幽霊などという理から外れた存在が本当にいるのか気になっていた気もする。まぁ、はっきりとした理由は覚えていないが、兎にも角にも正体を暴こうとした俺は、夜中先生たちの目を盗んで抜け出したというわけだ」


 無論、目的地は勿論幽霊が出ると噂の廃教会だ。


「――女の子がいたんだ。燃えるように真っ赤な髪の」


 教会の屋上。おそらく年上だろう少女は、何をするでもなくただ夜空を見上げながらぼんやりと立ち尽くしていた。


「随分と前のことだし、ハッキリとは覚えていないが、端正な顔立ちだったと思う」


 雲一つない月夜の光を浴びて、ほんのりと青白く輝いて見える少女の姿が、子どもながらに綺麗だと思ったことを覚えている。

 これが噂の幽霊か――好奇心に駆られたスヴェンは少女へと近づく。それに気づいたのか少女がゆっくりと振り向いた。


「――泣いていたんだ。無表情で。ぼろぼろと号泣する感じじゃない。いつの間にか気付いたら泣いていた、そんな感じだった。じんわりと涙が滲んでは幾度となく頬をつぅっと伝っていたよ」


 静かに、ただ静かに少女は泣いていた。涙を拭うこともせず、まるで涙を流す擬人とでも化したかのようだった。


「いざ遭遇して途方に暮れたよ。どうすれば良いか、何が正解かわからないんだからな」


 スヴェンと少女は互いに見つめ合っていた。

 困り果てたスヴェンは、熟考した結果、少女の頭を撫でることにした。孤児院の先生が、泣きじゃくる子どもたちをあやすときにそうしていたのを思い出してのことだ。

 覚悟を決めてそっと伸ばした手は――しかしそのまま空を切った。


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