掃討
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「幸い、街への侵入は最小限で済んだみたいね」
「しかも、まだ対処できる段階だった。運が良かった」
「本当に躊躇しなかったじゃん?」
未だ人間としての意識を残している可能性がある者を屠ったことについての言及だろう。
「これでも棄獣狩りでな」
スヴェンは幾度となく同じような場面に遭遇してきた。
そして、躊躇した挙句に新たな被害者と加害者が誕生する瞬間も。
今更、迷うはずがない。
「何が『ただの助手だ』だしぃ? こんなおっかない助手なんていないってーの」
「文句は無事に終わった後に博士宛てで」
軽口の応酬をしつつ、大門を潜る。
丘の向こうには、蠢く無数の黒い影。
目と鼻の先まで棄獣の大群が押し寄せていた。
リポリードを吞み込んだのだとしたら、棄獣たちの総数はどれほどまでに膨らんでいるのだろうか。少なく見積もっても万はくだらないだろう。
「こんだけの数を相手にするのは初めてだな。棄獣狩り界隈でも最多かもな」
棄獣狩りどころか、一国で立ち向かえるかどうかという規模だ。
これほどの大群を相手取ったことなど、スヴェンをして寡聞にして聞いたことがない。
「全く……これが最初で最後であって欲しいもんだ」
普通であれば絶望的な状況だ。
たった二人で挑むなど正気の沙汰ではない。
しかし、不思議とスヴェンの中には悲観的な感情はこれっぽっちも存在しなかった。
「何で楽しそうな顔をしてんだってーの……」
「楽しそう? 誰が?」
「あんた以外ないってーの。鏡見ろってーの」
「そうか……俺が……」
指摘されてスヴェンは意外そうにしつつも、その唇の端は確かに上がっていた。
「何その反応? 不気味なんですけど……」
「いや、俺は棄獣狩りを楽しいと思ったことはないんだが……」
「え、ここで自分語り?」
「まぁ、聞けって。俺にはそれしかないってことで、ずっとそれで食って来たわけだが、もしかしたら俺は初めて高揚しているのかもしれない」
「はぁ? キモ」
「結局俺は心底棄獣狩りなんだろうな。荒くれ者や無法者が多く、社会の底辺と言われた、な」
「あんたの言うことは、とことんわけわかんないってーの」
「リコフォスがマレニアとフォスフォラを比べて、フォスフォラに肩入れをしたのと同じって話」
「一緒にすんなし!」
スヴェンとしては良い例えだと思ったのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。
「わかっていると思うけど、理力を熾すのに時間掛かるから」
「承知している。先行して来た奴らを俺が迎え撃つ。リコフォスは自分のことに集中してくれ」
「言われずともだってーの」
念のためだけど、とリコフォスが続けた。
「理力を放つ瞬間と理術を発動する瞬間がずれたら、その時点で理力が暴発するから」
「問題ない。さっきの酒場で感覚は掴んだ」
「ったく。どこからそんな自信が出てくるんだしぃ……」
「リコフォスへの信頼」
「は、はぁぁ!?」
リコフォスが動揺を露にするや否やスヴェンが掛かったなとほくそ笑む。
「冗談だ」
「最っ低!!」
リコフォスから物理的な反発が来る前にスヴェンは地を蹴った。
まずは、突出している棄獣を叩くことにする。
標的は見慣れた牙狼種。
攻撃パターンも対処法も心得ている。
敵の数が多いため、まずは一対一の状況を作り続けることに専念。
目的はあくまで時間稼ぎ。討滅はリコフォスが理力を熾し終えてからだ。
「よっと」
牙狼種の鼻先を剣で引っ掻き、動きを止める。
その隙に距離を詰めてきた別の個体に対処する。
二足で動き、腕が六本ある多腕種だ。動作は比較的緩慢だが、見た目通り手数が多い。
人よりも腕の本数や間接数が多く、立体的な攻撃を仕掛けてくるため、テンプレートに嵌めた対応が出来ない。故に脅威度は高とされている。近接戦闘は避けるのが原則の相手だ。
しかし、多腕種は人が棄獣化した際に多く出現する。
今回はリポリードが犠牲になったことを考えると、かなりの数が棄獣の群れに含まれていることを想定すべきだ。つまり、接敵は避けられない。
「『彼女』に感謝しなきゃだな」
スヴェンは伸ばされた多腕種の腕を正確に切り落とす。
ただ、型を真似するのではない。『彼女』が何を見て、どう判断し、如何に動作へと移していくか。それをひたすらに追った日々だった。
嫌でも目に焼き付いた動きと自分の動きが重なる。
同時に、重なり切らない部分に対して、苦笑と『彼女』への敬服の念が浮かぶ。
「お前のご主人様はやっぱ凄い奴だよ」
剣に投げ掛けてみるが、答えるはずもない。
本来の性能である身体能力向上などもなし。
ただ、どれだけ切っても切れ味は鋭いまま。
細いが力強く、薄いが雄大で、華美ではないが気位が高い。
神器と呼ばれるだけのことはある。アウラとの契約と言い、イベリスの支援と言い、『プロト・グラディウス』と言い、何れも自分には過ぎたものばかりだ。
しかし、今ばかりは有難く使わせてもらうことにする。
多腕種の間隙を縫って胴体を切り裂く。半分になったところに頭部を追撃し、完全に破壊する。
続け様に襲い掛かってきた棄獣の攻撃を躱し、横から突っ込んできた別の個体を切り伏せる。
休む暇もなく次々と襲い来る棄獣たち。
あまりにも数が多い。時間が経つほどに周囲の棄獣の密度は増す一方だ。
棄獣たちの攻撃は点から面へと転じていき、どんどん回避が難しくなる。
理力を熾すのにさほど時間は要さないはずだ。
しかし、その短い時の連続ですら,一つの判断すら間違えられない現状において無限に思える。
しかも、重層世界が消えたことで、戦術支援プログラムは使えない。
これまでの経験に頼るしかない状況だ。
それでも、こうして何とか無傷で立っていられるのは、『彼女』との出会いがあったからだろう。
熟、『彼女』には頭が上がらない。
「準備できたってーの!」
十ほど敵を切り伏せた辺りで、後方からリコフォスの合図が聞こえてくる。
スヴェンは目の前の敵を片付け、即座に後退。
リコフォスの許へと駆け寄り、彼女の手を握る。
「覚悟は良いかってーの?」
「あぁ……リコフォスの手汗がこれほどとは覚悟してなかった……」
「ぶっっっ殺してやるってーの!!」
リコフォスが怒気を孕んだ瞬間、彼女から理力が立ち昇る気配。
凄まじい迸りだ。さすがは神と言うべきか、驚嘆すべき理力量である。
ともすれば弾かれそうになるところをどうにか堪えて、理術を発動。
リコフォスの理力を糧に、アウラの理にて世界に干渉。
世界をも滅却するほどの浄化の炎が顕現する。
真っ白な炎は、まるで蛇のように棄獣たちに絡み付き、飲み込んでいく。
そして、後には溶解した地面だけが残る。
これこそが、再生と浄火を司る炎の女神、アウラの力の一端である。
「まさか本当にお姉さまの力を人如きが使えるとは……驚愕飛び越えて呆れたってーの……」
「さすがにこれほどの規模となると、リコフォスがいなければ無理だがな」
「当たり前だってーの! こんな力を一個人がポンポン使えて良いはずないってーの!」
過ぎたる力は身を亡ぼす。改めてそのことを肝に銘じるべきだろう。
「くっ……」
スヴェンの額に大粒の汗が幾つも浮かぶ。
強大な理術が今にも制御を外れ、暴れ出しそうになっているのだ。
彼が理術を使えるようになったのは、つい最近のことである。
しかし、使えるようになったとはいえ、まともに行使したのは数える程でしかない。
それが、いきなりこのような大規模な理術行使だ。制御に手古摺るのも無理からぬ話である。
「気合入れろってーの! あの量をやれるのはあんたしかいないんだから!」
「わかっているって!」
理術はあくまで熾した理力の方向性を定めたものでしかない。
そして、自分の許容量以上の理術を行使することは物理的に不可能。
故に、通常は理術を発動するよりも理力を熾す方が大変だと言われている。
しかし、今だけは例外だ。
理力の源泉はリコフォスである。まるで理力の底が見えない無尽蔵の泉だ。
一方で、スヴェンは理術を制御する側。
しかも、自分の理力ではなく、借り物である。厄介なことこの上ない。
おまけに、彼女の理力はムラがあるのだ。
彼女の性格をそっくりそのまま表すかのようにじゃじゃ馬なのである。
ほんの少し呼吸がずれただけで暴走してしまう予感がある。
そして、その感覚はおそらく間違っていないだろう。
「扱い辛いな、もう!」
「ちょっと! この私の理力を借りておきながらその言い様は何だって―の!?」
「事実だからしゃーねーだろ! 少しは素直になってくれ!」
「ああもぅ! これが終わったら本っっっ当に一回ぶっ殺してやるってーの!!」
「だーかーら! ムラっ気起こしてんじゃねー!」
「あんたが腹立つことばっかり言うからじゃん!」
波が大きくなったときは理術の行使範囲を広げ、小さくなったときは狭め、都度調整を加えていく。元の力が大きいだけに、少しの変化が大きく影響してしまう。気が滅入りそうな作業だ。
重層世界の演算補助があれば――栓のないことを考えてしまう。
しかも、重層世界を消した張本人がその存在を求めるとは。何という皮肉だろうか。
「危ないっ!」
リコフォスがハッとした表情で右手を振るう。
いつの間にか棄獣の接近を許していたらしい。
飛び掛かってきた棄獣に光の槍が降り注ぐ。
地に縫い付けられた棄獣はなおも暴れようとするが、次の瞬間、光の粒子となって崩壊した。
発展と分解を司る光の女神の権能である。
「助かったよ、ありがとな」
「ふん。礼なんていらないってーの! あんたにくたばられたらこの私が困るからだってーの!」
「心強いこって。おっと、これは本心だ」
「むぅ……調子狂うから止めろってーの」
リコフォスが眉根を変てこりんな形に曲げた。
「討ち漏らした奴の処理は任せた」
「この私がわざわざ護ってあげるんだから、感謝で咽び泣けってーの」
「やっばい。涙止まんない。超止まんない。号泣ボロボロ脱水待ったなしだな」
「訂正。一回じゃなくて二回ね」
「……何が?」
「あんたをぶっ殺してあげる回数。矮小な脳に刻み込んどけってーの」
「…………」
聞かなきゃ良かった、とほんの少しの後悔を抱きながら炎の蛇に指向性を持たせる。
理力が消えるまで敵を追尾し、屠ればまた標的を探させる。
制御の負荷を減らした分、直接滅却している範囲を広げて殲滅速度を上昇させる。
「さて……そろそろ大詰めだ!」
「任せろってーの!!」
リコフォスがギュッと手を握り締めてくる。
同時に彼女の理力が一気に膨れ上がる。
これまでとは比較にならないほどの波濤。
あまりの理力の大きさにスヴェンまで吹き飛ばされそうになる。
彼女の神としての器を本当の意味で痛感させられた瞬間である。
ただ、不思議なことに、恐怖といったものがまるでない。
これほどの力となると、ただ存在するだけで脅威になるはず。
しかし、間近で浴びせられているというのに、慄くどころかむしろ奮い立たせられる。
(やはり……)
口には出さない。
しかし、確信した。
帰ったら、アウラにはリコフォスともう少し向き合うように勧めよう。
そう決めて、足に力を込めて踏ん張る。怒涛のように押し寄せる理力を方向付ける。
一瞬だけ抵抗されるが、すぐに意図した方向へと流れていく。
気分屋だが、純粋。
ツンツン尖っているかと思えば、意外に素直。
表面上はどれだけ取り繕っても、理力の質までは偽れないらしい。
目ではなく、理力は口ほどに物言うといったところか。
きっと、本人は気付いていないのだろう。
だが、それで良い。教えるつもりもない。
――教えれば何をされるかわからないから。
「やっぱ、悪い奴には思えないな」
「え? 何て?」
「何でもない。集中しろ」
「この私に向かって命令するなんて生意気だってーの!!」
ムキ―と歯を剥くリコフォスが、初めて可愛らしく思えた瞬間だった。




