棄獣狩りの宿痾
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「棄獣狩りだと!? 君が……!?」
「黙っていてすみません」
「棄獣狩りがどうして私の研究に!?」
「色々と事情がありまして。ただ、それについて説明している暇はないです」
「しかしだな! 君たち二人でどうにかなるはずがないだろう!? 棄獣狩りは徒党を組み、強靭な棄獣たちに組織力で以て対抗すると聞くぞ!?」
「流石は博士ですね。聡明で博識だ」
「なら――」
「――ただ、僕は色んな意味で異端でして」
「……それも説明している暇はないと?」
「はい。おそらく、この先も」
これ以上、この場で立ち止まっている時間はない。
「棄獣は何とかします。ですが、万が一に備えて、博士は逃げる準備をしてください。そのための時間は僕が稼ぎますから!」
「待ちたまえ!」
エノテラの制止を振り切り疾駆するスヴェン。
「ふざけんなってーの!! どうして、逃げないんだしぃ!?」
スヴェンの後を追うリコフォスが怒気を露にする。
「リポリードを飲み込んだんだとしたら、ここに来る棄獣がとんでもない数になるってこと、わかってんのかってーの!?」
「ああ」
「なら、どうしてだってーの?」
「俺が棄獣狩りだからだ」
「意味わっかんないってーの!」
地を駆ける足こそ止めないが、不満は止まらないらしい。
「この国の奴らは、理術者を毛嫌いしてるじゃん! そんな奴ら、放っておけば良いじゃん!! 助けたって、感謝されるどころか、理術者ってだけで投獄されるのがオチだってーの!!」
「別に感謝されたいわけじゃないし、捕まったって何とかなんだろ」
「だからって、あんたが命張る理由ないじゃん!!」
「そうか? 何とかできるかもしれない奴が、たまたまその場に居合わせた。それだけで十分じゃないか?」
「呆れた!! 英雄願望かってーの!!」
「『英雄』か……俺ほどその言葉が似合わない奴はいないだろうな」
あまりの皮肉にスヴェンは苦笑せずにいられなかった。
世界を混乱に陥れ、信仰の象徴たる教皇や他国の王族を殺害し、一人の女性の人生を捻じ曲げた。英雄どころか、巨悪の極みである。
「自己犠牲に走るのは、精神が未熟な証だってーの!」
そもそも、前提が異なる。
自己犠牲に走っているつもりがない。
可能であり、すべきだと判断して行動に移しているだけに過ぎない。
「多分、話はもっと単純なんだ。誰でもできることがあったとして、誰でもできるなら誰かがやれば良いっていう考え方もあるし、できる奴がやるべきだという考え方もある。俺はきっと、後者なだけなんだ。特に深い理由もなくな」
「全然単純じゃないってーの!」
「要は、道端に落ちているゴミを見掛けて無視するか、拾って片付けるか、それだけの話さ」
「だったら一生ゴミ拾いしていろってーの!」
「驚いた。リコフォスって冗談のセンスが良いんだな」
「本心だってーの!!」
ままらないことが腹立たしいのか、走りながらリコフォスが怒りを露にする。
「ああもう! 全っっっ然! わけわっかんないってーの!!」
「そうか? でも俺は、リコフォスがなんだかんだ言いつつも最後まで付き合ってくれると確信しているぞ?」
「はぁぁ!? どうしてそうなるんだしぃ!!」
「いや、知らんけど。ただ、なんとなく?」
「いい加減かってーの!」
「俺は、リコフォスがなんだかんだ言いつつも最後まで付き合ってくれると確信している」
「二度言うなってーの! ただの圧力じゃん!!」
リコフォスが表情を曇らせる。
「仮に、戦うって言っても、どうすんだってーの。私にはお姉さまほどの範囲殲滅力はないし……」
「手はある」
「どんな手よ?」
「――俺が理術を行使する」
「はぁぁ!? あんたって理術を使うのは禁止されているんでしょ?」
「正確には、理力を流すのが、だ」
「意味が分からないってーの。理力を流さないでどうやって理術を使うんだって―の?」
「――リコフォスの力を借りる」
「まさか……私の理力を使う気?」
「察しが良いな?」
リコフォスの理力をスヴェンが定義付け、方向性を定める。放出された理力は、世界の理に干渉し、理術として顕現するはずだ。
「理屈としてはいけるかもだけど……やっぱり、反対だってーの!」
「まさか、かの光の女神様が敵を目前にして怖気づいたのか?」
「そんなわけないって―の、馬鹿!」
スヴェンの背中にリコフォスの拳が放たれる。一瞬よろけるスヴェン。
「痛ってーなぁ……」
「上手くいきっこないってーの!」
「やってみなきゃわかんねーだろ」
「失敗したら終わりだから言ってんだってーの! そうじゃなかったら喜んで協力しているしぃ!」
「何だ、俺の身を案じてくれたのか?」
「そ、そんなんじゃないってーの! 馬鹿っ!!」
「例え失敗したとしてもリコフォスのことを責めたりなんかしないぞ? むしろ、協力してくれるだけで有難いくらいだ。そもそも、責任とか持ち出すのであれば、そんなの、提案して実行に移す俺にあるだろ? リコフォスが気にすることじゃない」
「気にするってーの!」
「それこそ意味がわからない。どうしてリコフォスが気にするんだ?」
「だって、私ってばいつもいつも失敗してばっかりだし、お姉さまみたいに器用じゃないし……」
「おい、正気か? 気は確かか? アウラが器用? 冗談だろ……?」
スヴェンは記憶と照らし合わせて、真っ向から否定。絶対にあり得ないと断言できる。
「あいつはかなりの不器用だぞ? それこそ、リコフォスの方が幾分マシなくらいじゃないか?」
「嘘! お姉さまはいつだって凄かったってーの!」
「だとしたらそれは、あいつが凄くあろうとしただけだろうな」
「え?」
「繰り返すが、あいつは不器用だ。間違いない。要領自体は悪くないんだが、どうにも他人を頼るのが苦手というか……できないならできないと言えば良いのに、そうしようとしないんだ。負けず嫌いなだけかもしれないがな」
「だ、だって……」
「ただ、あいつはクソが付くほどの真面目だ。諦めて投げ出そうとしたところを見たことがない」
「それじゃあ何? この私が途中で投げ出すような無責任だってーの?」
「そうなんじゃないか? 知らんけど」
「いやいや、『知らんけど』って無責任過ぎだしぃ……」
「そりゃあ、俺はあいつと違って真面目じゃないからな。第一、リコフォスのことをどうこう言えるほど知らんし」
「それはそうかもだけど……」
表情を曇らせるリコフォスに「ただ……」とスヴェンは続けた。
「――俺から見たら別にそんなでもない気がするけどな」
「え?」
「だって、なんだかんだ文句言いながらも付いてきてくれているし」
これまで何度悪態を吐かれたかわからない。
何度八つ当たり染みた理不尽な振る舞いをされたかわからない。
それでも、だ。
リコフォスは現にこうして隣に立っている。
アウラという楔があったのは事実だが、それでもリコフォスには、全てを無視して我が道を行くという選択肢もあったはずだ。
しかし、彼女はそうしなかった。それが純然たる結果である。
「アウラは、正しくあろうとして他人にそれを押し付けがちなところがあるからな。以前に比べて幾分マシにはなったが」
「そうなの?」
「酷いもんだぞ? 俺をして、傲慢と傍若無人が人の形をして歩いているようなもんだと言わしめたほどだ」
「全く想像できないしぃ……」
「実際、リコフォスは何かとぶー垂れるし、すぐ他人の所為にするけど……」
「おい! 喧嘩売ってんのかってーの!」
「ただ、なんつーか、それくらい別に誰だってするんじゃねーかとは思う」
「お姉さまが厳し過ぎるだけってこと?」
「半々だな」
「あんたはフォローしたいのかそうじゃないのか、どっちなんだってーの!!」
再びリコフォスの拳がスヴェンの背中に着弾する。
「いやいや、嘘吐いたり、取り繕ったりしたっても意味ねーだろ?」
「そうだけど!」
「あいつは他人にも厳しいが、自分にはもっと厳しい奴だからな。しかも、身内ともなればなおさら何かと口酸っぱくなるんだろうさ」
「そういうものかなぁ……?」
「少なくとも、俺の目にはリコフォスが言うほど悪い奴には見えないってことだ」
「あ、あんたなんかにそんなこと言われても、嬉しくなんかないってーの! 馬鹿っ!!」
「はいはい」
「ちょ、コラ! 頭撫でんなってーの!! ふざけんなってーの!!」
「悪い悪い。つい、な?」
「後でぶっ殺だってーの!!」
リコフォスが顔を真っ赤にして吠える。
照れ隠しにしか見えないが、口にすると本当に殺されそうだったので止める。
――ギィィアアァァァァァ。
突如として聞き慣れた咆哮が轟く。
「今の何!?」
「……棄獣だ」
「えぇ!? 到達するのはまだ先じゃないの!?」
「大方、リポリードから棄獣化した奴が街に入り込んだんだろうさ。本隊が着いていたら、こんなもんじゃないはずだ」
「呑気に分析している場合じゃないってーの!」
「だな」
応じてスヴェンは咆哮の発生源に進路を取った。




