同業者 その2
スヴェンは誰に聞かせるでもなく呟いた。直後、起動シークエンスを終えた【戦術支援システム】から演算結果が返却される。すぐさま《エニグマ》の操作系を音声認識モードから思考モードへと切り替える。
次の瞬間、スヴェンはゲルナの大剣をひらりと避けた。
「何だとっ!?」
予想外という表情を浮かべるゲルナ。再度攻撃を仕掛けるが、これもまた軽々と避けられてしまう。
スヴェンの動きに目立った変化はない。だというのに、攻撃が急に当たらなくなったのである。
「不思議そうだな?」
悠然と【まほろば】を構えるスヴェン。
【戦術支援システム】――理術を使えないスヴェンが、少しでも弱点を補うために独自に作り上げたシステムだ。対象の行動パターンを集約、傾向を演算し、行動予測としてフィードバックする仕組みである。
視界にリンクする形で、ゲルナの行動予測が表示される。複数表示される予測パターンのうち、ゲルナの性格などを考慮し、幾つかの選択肢を除外する。
敵が左足から踏み込んだのを見て、大剣での薙ぎ払いであると確定。予測線に沿うように【イニシャライザ】で敵の攻撃を受け流し、反撃を試みる。
しかし、これは予想以上にゲルナの反応が速く、躱されてしまう。それを受けてすぐに再演算を走らせる。
修正。再試行。修正。再試行。修正。再試行……。
剣を躱し、刃を振るい、身を屈め、また攻撃を繰り出す。めまぐるしく戦闘を行いながらも思考を並列化し、脳内入力で《エニグマ》を操作する。情報の奔流を捌き、演算に次ぐ演算を繰り返し、精度を向上させる。
「糞がっ!」
次第に攻撃を読まれ、反撃を受けるようになったゲルナが苛立ちの声を上げる。その顔には最初見たような余裕はなかった。それどころか、今や形勢はスヴェンに傾いている。
「おいおい、能無し相手に苦戦しているじゃないか?」
動揺と疑問と焦燥をない交ぜにしたような表情のゲルナを挑発しながら【立体映像投射システム】を起動。これもまた彼が独自に作り上げたものだ。
起動が完了するのを待ちながら、腰に下げたベルトへと手を伸ばす。目当ての閃光弾を取り出すと、地面に叩き付けた。直後、強烈な光の波濤が夜闇を切り裂く。
ゲルナは咄嗟に腕を眼前に翳し、視界が奪われることを防ぐ。咄嗟のその対応はさすがといったところか。
しかし、その一瞬の隙にスヴェンは物陰に身を隠す。起動が完了していた【立体映像投射システム】を操作し、予め用意していた自分の戦闘モデルをロード。そして、すぐにゲルナのすぐ横へと展開した。ほぼ同時に光の爆発が終わり、再度夜の帳が世界を支配する。
次の瞬間、一転して攻勢へと打って出たスヴェンがゲルナに襲い掛かる。反射的に迎撃しようとしたゲルナの大剣がスヴェンの体をすり抜けていく。
「立体映像だとっ!?」
驚愕したような声を上げるゲルナだが、目を剥いたのも一瞬のこと、すぐさま上段に大剣を構える。
「だが、幻覚系の理術に比べればこんなもの……っ!」
気配探知で居場所を掴んだゲルナは、隠れているスヴェンへと距離を詰める。
それを受けてスヴェンは物陰から飛び出し、なおもゲルナに向けて三体の立体映像を投射する。
「しつけぇ――ぐぁっ!?」
立体映像を無視して突き進もうとするゲルナの太腿に短刀が突き刺さる。
ダミー映像の中にスヴェンの投擲した短刀が混ぜられていたのだ。
「卑怯だぞてめぇ!」
ゲルナが吠える。怒りに触発されてか、凄まじい闘気が迸り、砂を巻き上げる。そんな彼の体の周りが僅かに揺らぐのが見て取れた。――理術発動時の理力密度上昇による光の屈折現象である。どうやら大規模な理術を使うつもりらしい。
「――熱くなっちゃいかんでしょ」
冷めた口調で応じるスヴェン。その瞳はどこまでも静かだ。
脳内で【立体映像投射システム】のモデルの参照先を変更。直後、スヴェンとゲルナの間に下着姿のグラマラスな女性が出現する。
「なっ――!?」
さすがのゲルナであってもそれには驚いたのか、立体映像とわかっていても僅かな隙が生じる。
「まぁ、そうなるよな? 未だに初見で破られたことねーもんな、これ」
スヴェンは一瞬の隙を見逃さず、ゲルナの懐に潜り込む。
咄嗟にゲルナが大剣で防ごうとするが、これまでの行動からそれすらも予測していたスヴェンは、その防御の隙を突くように【まほろば】の柄を捻じ込んだ。
「能無し如きに……」
一瞬の硬直の後、ゲルナの巨体が揺らぎ、信じられないといった表情のまま倒れる。
「よくもやってくれましたね……!」
相棒をやられたパイーニが、眦を吊り上げながら柏手を打つようにパァンと手を合わせる。すると、一瞬にしてスヴェンの周囲に無数の岩が出現する。次の瞬間、岩は吸い寄せられるようにスヴェンへと群がり、圧縮した。
「勝っ――」
「――だから、ダミーだって」
パイーニの側面から接近したスヴェンはその腹部目掛けて蹴りを放つ。
吹き飛ばされるパイーニだったが、すぐさま立ち上がる。
そんな彼の周りには多数のスヴェンの姿。
「ちょこざいですね! こんなの理力を探れば一発……って、あれ!?」
「能無したる所以を忘れたか?」
スヴェンは理術を使えない。そんなスヴェンの理力を探ったところで何の意味もない。
驚愕するパイーニの背後に回り込んだスヴェンは、その後頭部を強打した。
「能無しは理術じゃなくて頭を使う、ってな」
倒れ伏すパイーニを見下ろしながらスヴェンは事も無げにそう言った。
「落とし前はつけられたかしら?」
成り行きを見守っていたアウラが声を掛けてくる。
「いちゃもん付けてくる奴らへの見せしめ程度にはなっただろうな」
「見せしめね……向こうは殺意全開だったのに、随分とお優しい判決ね」
「ここで再起不能になるまでぶちのめしたら、向こうの事務所と全面戦争になりかねないからな。このくらいで手打ちにするのが妥当だろうさ」
「それでも報復はされるんじゃないの?」
「その心配はないだろうさ。能無しにやられたこいつらが悪いってなるだろうよ」
「あなたって、何も考えていないようで考えているのね」
「褒めているようで貶すのは良くないと思うぞ」
やはり興味なさそうに応じるスヴェンに向かってリーナシアがモジモジとした様子で近づく。
「その……ありがとうっす」
勝手に突っ走ったことを反省しているのだろう。スヴェンの顔色を窺うように、胡桃色の潤んだ瞳で見上げている。
「真っ直ぐなのがお前の良さでもある」
そう言ってスヴェンはリーナシアの頭をフード越しに撫でた。
「スヴェン……」
「ただし――」と、突然スヴェンの指先に力が込められる。「――後先考えないのはきっちりと改善する必要がある」
グリリとリーナシアの頭を鷲掴みにするスヴェン。
「ちょ! イタタ! わ、わかったっす! 以後気を付けるっす!」
観念した様子のリーナシアを解放したスヴェンは、フード姿の少女の前に立った。
「怪我はなかったか?」
「は、はい……」
消え入りそうな声で肯定が返ってくる。
そのとき初めてスヴェンは少女と目が合った。闇夜に浮かぶ満月のような瞳だった。
「た、助けて頂きありがとうございました」
「いや、それはアイツに向けるべきだな」
スヴェンはちらりとリーナシアを見る。
「俺だったら見て見ぬ振りをしていた」
「でも、あなたは助けてくださいました」
少女はスヴェンを見て顔を輝かせる。
「不器用なんですね!」
「え、まさかの悪口?」
スヴェンの指摘に少女がハッと開いた口に手を当てる。
「あ、いえ、その不器用ですけど、優しい方なんだなっていうのを伝えたくて……」
少女の顔が、かぁぁっと真っ赤に染め上がる。恥ずかしさを隠すように勢いよく頭を下げて「す、すみません!」と言い残して止める間もなく去っていく。
「随分と嫌われたみたいね」
走り去る少女の背中を目で追うアウラ。その声音には間違いなくからかいが混じっている。
「さてと。ひとまず四人行動はここまでだ。ここから先は二手に別れて、襲撃されそうなポイントの調査だ。ヴァルダとリーナシア、俺とアウラな。それぞれの担当分は《エニグマ》から確認してくれ」
「異議なしね」
「了解っす!」
「あいよぉー」
各自の返答を以てスヴェンたちはそれぞれの目的地へと向かっていった。




