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真相究明 その2


「エノテラ――父さんと母さんを殺した奴らの娘を追い詰めるのは実に愉しかったぞ?」


「な、何を言っている……?」


「この期に及んでまだ気付かないのか? 使用人や助手共が辞めるよう、お前の所為に見せかけて嫌がらせをしたのはこのオレだ」


「そんな……」


 エノテラが限界まで目を見開き、動揺を露にする。


「街にあらぬ噂を吹聴して回ったのもこのオレさ。お前に対するものは、全部オレがやらせた。マメに、丁寧に、丹精込めてな?」


「何……故……?」


「だから言っただろう? 愉しむためだ。仇の娘であるお前が苦悩し、耐え忍び、心折れぬように自身を必死に奮い立たせている姿をな!」


「下種め……」


「どうだった? 甲斐甲斐しく世話をし、誰がどれだけ去ろうとも最後まで傍らに居てくれた存在が、実は裏で糸を引いていたと知って!?」


「貴様……」


「本当なら、苦節の末に完成した研究を奪い取ったときにネタバレをする予定だったんだがな!」


「だから、さっさと拉致なり何なりすれば良いのに、ただ博士を監視するだけに留めておいたんですね」


「無論、それもあるが、こいつが素直に言うことを聞くとは思えなかったからな。研究を完成させてから奪うつもりだった。お前たちが現れる前まではな」


「誰の差し金です? リポリードですか?」


「リポリードだと? 笑わせてくれる! 奴らがオレにした仕打ちは絶対に許さない!」


「では、どこが?」


「ランキッサだよ!」


「帝国か……」


「マレニアやリポリードをどうぶっ潰そうか考えていたら、丁度良いタイミングに重層世界消えて、これまた丁度良いタイミングで帝国から接触があってな。渡りに船という奴だ」


 マラガの話を信じるのであれば、帝国と関係を持ったのは比較的最近ということになる。

 つまり、エノテラの両親殺害は純然な彼の殺意によるということだ。


「随分と気前良く話してくれますね」


「死者は何も語らない。それとも、士官系のボンボンだか、武術の師範代の娘だか知らないが、そんな奴ら如きにこのオレがどうにかなると思ったか?」


 マラガが腰に差した剣を抜き、スヴェンに斬り掛かる。

 スヴェンは咄嗟に半身を逸らし、袈裟懸けに振り下ろされた剣を寸でのところで躱す。


「オレの初撃を躱すとは、大したものだ」


 マラガが即座に刃を返し、鋭い横薙ぎが放たれる。

 スヴェンは側にあった椅子を手に取り、盾代わりに翳す。

 しかし、近衛騎士軍の中でも随一と評されるマラガの一撃。

 交錯時に手首を返し、何とか剣の軌道を逸らすも、勢いまでは殺しきれず、鞠のように壁際まで弾き飛ばされてしまう。


「リコフォスは博士を護れ!」


「命令すんなってーの!!」


「他人を心配している余裕があるのか?」


 マラガがデスクを飛び越し、スヴェンに接敵。着地と同時に素早く剣を振り抜く。

 これをスヴェンは屈んで回避する。

 空を切った剣は壁に到達。そのまま壁へと斬線を刻み付ける。

 普通なら建材に弾かれるところを、何もなかったかのように振り抜けるのは、マラガがそれだけの剣士であることを示している。

 立ち上がろうとしたスヴェンの眼前でマラガの周囲の空気が歪む。

 理術発動時の特有の偏光現象である。


「チッ!」


 舌打ちをするスヴェンの足元で冷気が爆発。床から巨大な氷槍が出現する。

 咄嗟に身を捻り、猛烈な勢いで突進してくる氷槍を躱す。

 しかし、回避したと思ったのも束の間、今度はマラガの剣が襲い掛かってくる。

 避けたくてもスペースがない。受けようにも手近に使えそうなものがない。

 ならば、と壊れ掛けの壁に全身を投げ出す。

狙い通り、大きな音と共に壁に大きな穴が開く。そのまま勢いに任せて外へと出る。

 ゴロゴロと地面を何回転かした後、全身の発条を使って跳ね起きる。

 当然、マラガも指を咥えて見ているはずがなく、スヴェンに態勢を整える暇など与えないとばかりに接敵。鋭い踏み込みからの空を裂くような一閃が繰り出される。

 ――ヒラリ。

 スヴェンは圧縮された時間の中、マラガの剣の軌道を正確に見切り、最小限の動きだけで避ける。


「……随分と目が良いようだな?」


 マラガの表情に怪訝の色が浮かぶ。

 自分の技術に自信があるのだろう。だからこそ、士官系の家の出とはいえ、たかが一研究者に躱されたことが不可解なのだろう。

 しかし、スヴェンはどこまでも飄々と嘯くばかりである。


「あんたの動きが悪いだけじゃないか?」


「言ってくれる。だが、理術を使わなくて良いのか? 負け惜しみは、死んでからは言えないぞ?」


「さて、何のことだ?」


「誤魔化したって無駄だ。お前はオレの理術の気配を読んで躱した。でなきゃ、あの反応速度はあり得ない。あれは知っている奴の動きだ」


「運が良いだけかもしれないという可能性は?」


「それほどまでにオレが弱いとは思えんな」


「あっそ。生憎、俺は使わないんじゃなくて、使えないんでね」


「はぁ?」


 マラガが眉を顰める。


「まぁ良い。出し惜しみしたまま死んで逝け」


 スヴェンの逃げ場を奪うように氷壁が出現。

 そこへマラガが剣を振り下ろす。

 直撃する――マラガが勝ち誇るようにニヤリと笑みを深めた瞬間だった。


「何っ!?」


 驚愕するマラガの視線の先には、どこから取り出したのか、細長い剣を握るスヴェンの姿。


「あいつは本当に強かったんだな……」


 スヴェンが仄かに苦笑する。

 今頃になって実感することになろうとは。『彼女』に比べたら、マラガの動きなど緩慢に映ってしまう。

 スヴェンはマラガの剣を弾き返すと同時に半歩踏み込み、下段からの切り上げを繰り出す。

 咄嗟に反応したマラガが辛くも躱すが、逃すまいとスヴェンの容赦ない追撃が放たれる。


――偽典【鋒閃華】。


 目にも止まらぬ速度で幾重にも斬撃を繰り出し、一瞬にしてマラガに無数の裂傷を刻む。

 人の領域を超越している本家に比べて、放つ手数も鋭さもまるで及ばない。

 しかし、腐っても【剣神の娘】の剣技を限りなく再現した技だ。

 実戦において十分過ぎるほどの性能を誇っている。


「あれはまさか……いいや、馬鹿な! あり得ない!」


「随分と狼狽えてどうした? ほんの少し反撃しただけだぞ?」


「その剣……どうしてお前が『プロト・グラディウス』を!? それに、その剣筋! 見間違えるはずがない!! なぜ【剣神の娘】の技をっ!?」


 少し打ち合っただけでわかるとは、流石と言うべきか。

 どうやら、過去にマラガが『彼女』と手合わせをしたというのは本当らしい。


「【剣神の娘】が弟子を取ったなんて聞いたことがない!! それに、その神器は【剣神の娘】にしか扱えないはずだ!!」


「大事なのは目の前の事実、ってな」


 スヴェンが先ほどよりもさらに深く踏み込む。

 対抗しようとマラガが必死に剣を振るうが、スヴェンは容易くそれら全てを往なし、捌き、正確に反撃を叩きこんでいく。


「あり得ない! オレがあいつ以外に負けるだと!?」


「ここ数十年戦争も起きていないこの国の軍人の練度はどれくらいだ? 実戦経験は? ないよな? あるはずがない。理術戦に自信があるみたいだが、その程度じゃあ棄獣狩りの方が余程強いぜ?」


「ふざけるなぁぁ!」


 マラガが気炎を吐く。

『プロト・グラディウス』の切っ先が彼の左腕を貫くが、動きを止めることなく、それどころか踏み込んでくる。

 スヴェンは咄嗟に『プロト・グラディウス』を抜こうとするが、ビクともしない。マラガの意地か執念か、鍛え上げられた筋肉が『プロト・グラディウス』を掴んで離さないのだ。


「死ねぇぇぇぇ!!」


 命を燃やし尽くすような一撃がスヴェン目掛けて放たれる。

 防御も回避も間に合わないかと思われた――その刹那。

『プロト・グラディウス』を持つ手を右手一本に切り替えたスヴェンは、空いた左手を腰へと伸ばし、提げていたナイフを手に取った。


「やっぱり、俺はこっちのがしっくり来るな」


 振り下ろされたマラガの剣をナイフで受け、そのまま刃を滑らせるようにして軌道を逸らし、無力化する。

 瞬きにも満たない僅かな時間での出来事。しかし、両者の格付けを済ませるには十分過ぎた。


「復讐にかまけて、鍛錬をサボってたんじゃないか?」


「あああり得ない!! そんな型、【剣神の娘】にはないはずだ!!」


 当然だ。スヴェンは『彼女』の技を模倣し、自分の動きに取り入れただけに過ぎない。しかも、脇で盗み見たものを。

『彼女』の全量には程遠い。昇華ですらない。むしろ、『彼女』からしたら改悪だろう。

 それでも、これこそがスヴェンである。


「どうした? さっきまでの余裕はどこに行った? 何かの大会で優勝したんだろ? ほら、構えろよ。剣を振れ。理術を放て。懐に潜り込み、胴を貫け。敵は手ではなく口を動かしているぞ?」


「い、い、一体、お前はな、何なんだっ!?」


「――ただの助手だよ」


 マラガが受けのために構えた剣を絡め取り、打ち落とす。

 完全に防御が崩れたところに一閃。

 一息に振り下ろされた『プロト・グラディウス』がマラガの胴を切り裂く。


「――――っ!」


 幕切れは一瞬。

 限界まで目を見開いたマラガの軍服に赤い斜めの線が走り、大量の血液と共に内臓が零れる。一拍置いて、彼の手から剣が滑り落ち、膝から崩れ落ちる。


「最初から遊んでいなければ良かったのにな」


大地と抱擁し、血の池を作るマラガをスヴェンは見下ろした。


「ククク……なぁに……お愉しみはこれからだ……」


「……どういう意味だ?」


「今頃……リポリードの連中は……地獄のパレードで踊っているだろうよ……」


「何をしたんだ?」


「街中で棄獣化している奴を放ったのさ……」


「何だと?」


「証拠隠滅代わりだ……すべてご破算にするつもりだったんだがな……」


 マラガが本当のことを言っている保証はない。

 負け惜しみに動揺を誘おうとしているだけの可能性もある。

 しかし、仮に彼の言葉が真実だった場合、無視できない。

 スヴェンが逡巡する姿すらもマラガは愉しんでいるのかもしれない。


「リポリードに棄獣を放ったって聞こえたんだけど?」


 勝負が決したのを見届けて近寄ってきたリコフォスが苦々しい表情を浮かべた。


「それが本当なら、リポリードは全滅だろうな」


 棄獣狩りならばまだしも、一般人がワクチンをインストールしていることはほとんどない。

 棄獣の獰猛な攻撃により、棄獣化する前に完全に絶命できれば良いが、そうでなければ敵がさらに増えてしまう。

 いくらリポリードには棄獣狩りがいるとはいえ、市民の数ほどの棄獣を相手取ることは不可能だ。


「でも、そんな大事件が起きているなら。この国にも騒ぎが聞こえて来そうなものだってーの」


 リコフォスの指摘はもっともだ。裏を返せば、やはりマラガのハッタリということか。

 スヴェンがそう考えたとき、マラガが小さく口角を吊り上げた。

 その瞬間、スヴェンは全てを理解した。


「そうか……そういうことか……」


「何を一人で納得してんだってーの」


「最近、リポリードとマレニアの連携が悪くなっているという話、知っているか?」


「知っているけど、それが何だって―の?」


「……あんたがやったんだな?」


「そうだ……それもこれもオレだよ……! この日のために……情報統制を出来るように囲い込んでやった……」


 リポリードでは、人含めて情報が街の外に出られないように工作されているのだろう。


「オレ同様にマレニアに恨みを持つ奴を集めた……命なんか惜しまないだろうさ……」


 捨て身の者たちの脅威は、スヴェンも知るところだ。教皇ローランの件が良い例だ。彼らは目的のためであれば何でもやる。文字通り、何でもだ。


「まずいことになったな」


 棄獣化の進行は早い。しかも、発生地点が、逃げ辛い街中であることを考えると、棄獣は爆発的に増えるだろう。リポリードが落ちるのも時間の問題だ。むしろ、今この瞬間に棄獣たちがマレニアに向かっている可能性だってある。


「リポリードが落ちたら次はここなんでしょ!? でも、ここには棄獣狩りなんていないんでしょ!?」


「彼女の言う通りだ。この国に棄獣狩りなどいない。それどころか、棄獣の存在を疑う奴らがいるくらいだ。備えなどあるはずもない」


「今すぐに逃げなきゃ!!」


「待てって。この国にいる奴らはどうする?」


「そんなの、私らの知ったことじゃないってーの!!」


「お前なぁ……」


「だって、そうじゃん!? 辛いところは全部リポリードに押し付けてきた代償でしょ!? 自業自得じゃん!!」


「普段あれだけ尊大な態度取ってんだ、何とかできないのか?」


「無理だってーの! お姉さまならまだしも、多数を相手にするのは得意じゃないし……」


「滅べば良い……父さんと母さんを奪ったこんな国滅んじまえ……!」


 血反吐を零しながら狂気に満ちた笑みを浮かべるマラガ。凄絶な表情のままゆっくりと倒れ、そのまま息絶える。


「今すぐ逃げれば、逃げ遅れた奴に棄獣たちの意識が向いている間に振り切れるって!」


「他人を犠牲にして自分たちだけ生き延びようってか?」


「皆そうだってーの! 自分だけが可愛いに決まっているってーの!」


「お前は本当に自分さえ良ければ良いのか?」


「だから、あんたも一緒に来いって言ってんの! あんたに何かあったらお姉さまが何と言うか……」


「またお姉さまか……」


「博士はどうすんのよ?」


「私は……」


 口籠るエノテラ。まだ混乱しているらしい。自分の両親が幼馴染の家族を殺め、復讐に燃える幼馴染によって殺された。戸惑うなという方が酷だろう。


「私もこの場は逃げるべきだと思う……残ったところでどうなるとも思えない……」


「研究はどうされるので?」


「研究か……今更研究など……」


「勘違いされているようですね。確かに博士のご両親を手に掛けたのは大尉ですが、事件を闇の中に葬ったのはマレニアという病巣です」


「だが、棄獣が迫っているのだぞ? 研究データを持ち出して逃げる時間などない。そもそも、この国に棄獣狩りはいない。近衛騎士軍は対人を想定した組織だ。とても棄獣相手に有効とは思えない。つまり、今私たちに可能なのは、敵前逃亡した兵よろしく必死に逃げることだけだ……」


「……いや、手はまだある」


 スヴェンは『プロト・グラディウス』を大きく振り、付着した血を払う。


「棄獣狩りなら――ここにいる」

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