真相究明 その1
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翌日。
研究所を訪れたマラガに昨夜の出来事について説明をした。
「やはりオレも一緒に備えておけば……」
マラガが悔しそうに歯噛みした。
彼の研究所への逗留はエノテラが許さなかった。幼馴染だからこそ色々とあるのだろう。
「それにしても、すみません。外観だけでなく内装までボロボロにしてしまいました」
夜だったこともあり、家の中がどうなっているかまではあまり確認できていなかった。
ただ、日が昇り、片付けをして酷い有様が露呈する。
壁や床のあちこちに弾痕。砕け散った破片がそこかしこに飛び散っている。
敵が流した血液の痕も凄惨だ。白い壁を赤黒く染め上げている。
「構わん。状況的に仕方なかった」
「よくこれだけ撃たれて無事だったな……奇跡としか言えないぞ?」
「運が良かったです」
マラガの訝しむような視線をさらりと躱すスヴェン。
少なからず事情を知っているエノテラも特に気にした素振りもないように見せている。
「やはり、データは奪われたのか?」
「何だ、その馬鹿丸出しの質問は? そうでなければこれだけ大騒ぎするはずがないだろう?」
「それはそうだが……」
「それ以上間抜けを晒す前に、自分の目で確認したまえ」
「ったく。わかったよ。確認させて頂きますとも」
マラガがエノテラのデスクへと近寄る。
「確かに、二段目の引き出しは空だな……」
スヴェンとエノテラが目配せをする。
「……敵は事前に博士の研究データがどこにあるか知っていたようです」
「随分と手際が良いようだ。それとも君が話したのか?」
「絶対にあり得ないですね」
「オレも同じだ。誰にも話すはずがない」
「……そうなんですよ、誰にも話すはずがないんですよ」
スヴェンの声音が変わったことを敏感に察したのか、マラガが怪訝そうな表情を浮かべた。
「む。どうしたというのだ?」
「博士、ご確認を」
デスクに近付いたエノテラが引き出しを開く。
「見ろ。三段目は無事だ」
「それがどうした? 研究データが入っていたのは二段目だったのだろう?」
マラガがエノテラに近寄った瞬間、彼女がサッと身を引いた。
「お、おい、どうしたというのだ……?」
「貴様だったのか……」
「何がだ?」
エノテラに憎悪の眼差しを向けられたマラガが、困惑したように笑みを引き攣らせている。
「惚けても無駄ですよ、マラガ大尉」
「惚ける? オレが何を惚けてい――」
「――研究データが入っているのは三段目ですよね、博士?」
「ああ。助手たちには確かにそう伝えた」
「『助手たちには』だと?」
「そうだ。そして、貴様に伝えたのは――二段目だ」
「意味がわからない。どうしてそんなこと――」
言葉の途中でマラガがハッとした表情を浮かべる。エノテラが仕込んでいた罠に気付いたのだろう。
「そう――博士は予め大尉と僕たちに異なる情報を伝えていたのですよ」
デスクの引き出しの二段目の中が空になり、三段目の中はそのまま。
そのことに気付いたのは当然エノテラだ。
結局眠れなかったらしい彼女が、奪われたデータを確認して発覚したのだ。
そして、彼女が気付くまでに彼女のデスクに近寄ったものはいない。
それはつまり、敵に情報を流したのがマラガであることの動かぬ証拠である。
「助手含め、比較的近い存在には、それぞれ異なる場所を伝えていた。そして、その何れにも偽の研究データを設置していた。ピンポイントで奪われたのだとすれば、その在処を知っている奴が黒だ」
ちなみに、とエノテラが続けた。
「本当の在処については私しか知らない。助手たちにも教えていない」
「つまりですよ、博士は、大尉のことは勿論、僕たちのことも疑っていたんですよ」
「オレを嵌めるために誰かがやったんだ! そうだ! そうに違いない!!」
「何のために? 誰が? 仮に、大尉を嵌めた輩がいたとして、そいつはどうして二段目にあると知り得たのでしょうか?」
「それは……誰かから聞いたんだろ!!」
「また、『誰か』ですか……ですが、大尉は先ほど『誰にも言っていない』と、そう仰いましたよね?」
「うっ……!」
痛いところを突かれたとばかりにマラガの表情が歪む。
「オ、オレには動機がない!」
「そこですよ。僕も釈然としなかった。ですが、彼女が持ち帰った情報を聞いて納得しましたよ」
スヴェンが目配せをすると、リコフォスは面倒臭そうに髪をクシャクシャと掻き揚げる。
何で私が説明しなきゃいけないのよ、という不満が聞こえて来そうな仕草だ。
しかし、スヴェンの無言の圧力に耐えかねてか、諦めたように話し始める。
「あんたの親って、この国で疎まれていたそうじゃん? 理術推進派だっけ? そして、博士の親とは対立していたって聞いたってーの」
「それが何だというのだ!?」
「あんたの親が死んだの――事故じゃなかったんでしょ?」
「――――っ!!」
「元から反理術主義者に目を付けられていたそうだけど、ある日殺された――博士の親の命令でね」
リコフォスの言葉に、エノテラは信じられないとばかりに目を見開いた。
マラガは、怒りを嚙み殺すかのように歯を食いしばった。
実に対照的な反応だ。察するに、エノテラは本当に事情を知らなかったのだろう。
「あんたの親が殺されたときも馬車が暴走したそうじゃん? 博士の親を殺すときに馬車を使ったのも、報復だってことを主張したかったんでしょ?」
「憶測だ!!」
「士官学校に入るときに博士の親を頼ったって話らしいじゃん? でも、実際には、脅したんでしょ? 当時の試験官に問い詰めたら、結構簡単にゲロったしぃ」
一体どんな『問い詰め』方をしたのだろうか。
スヴェンは、想像しようとして止めた。少なくとも、ろくな方法ではないだろう。
「――いつから気付いていたんだ?」
「それは自白と取っても?」
「いつからだっ!!」
「大尉に博士の研究について訊いたときですよ」
「そんな早い段階で……?」
「あのとき、大尉は左下へと目線をやった。左下を見るのは、何かを考えているときの仕草です。記憶を思い出す場合は、右上へと目線が行くそうですよ?」
故に、何かを隠しているのだろう、そう思った。
「無論、今のはあくまできっかけに過ぎません。ただ、ふと思い出したのです。博士に事故について尋ねたとき、『事故だった、と言われている』と博士が仰っていたことを」
「それが何だというのだ?」
「これって、おかしいですよね? 博士はその場に居合わせたのに、どうして断言しなかったのでしょう?」
初めは気にも留めなかった。
しかし、マラガからエノテラも事故の当事者であると聞いてから疑問へと変わった。
「答えは簡単です。あれは事故ではない――博士はそう疑っていたのですよ」
スヴェンが確認するように視線を向けると、エノテラは観念するかのように小さく、しかし確かに頷いた。
「あのとき、私は理術発動時特有の大気の揺らめきを見た気がしたのだ。ただ、私は理術に詳しくない。見間違いだったかもしれないし、事故の衝撃で記憶が曖昧になっていたかもしれない。確信はなかった」
「だが、あの件については事故だと! 理力反応などなかったと! そう報告されている!」
「そりゃあ、そうですよ。反理術主義のこの国で、有力者である博士のご両親が理術に斃れたとなれば、大問題ですからね。もし、明るみになれば、大規模な調査は避けられない。誰だって痛くもない腹を探られるのは嫌でしょうね」
それに、とスヴェンは続けた。
「博士には申し訳ないですが、博士のご両親には敵も多かったようですね?」
「構わない。事実だからな。幼い頃はわからなかったが、歳を取れば必然理解してしまうものだ。両親は他者の弱みを握り、利用し、影響力を増していった。いや、増し過ぎたんだろう」
「亡くなられて、清々したと感じた方も少なくなかったことでしょうね」
「それが一体何の関係があるというのだ!?」
「警邏隊はどうして理力反応を調べたんでしょうね? 報告書にあるということは、調べたということです。反理術主義のこの国で」
「そんなものは警邏隊の事情――」
「――そう言うだろうって、予め警邏隊に確認しておいたけど、捜査手順に理力反応の調査はないって話だしぃ?」
リコフォスがつまらなさそうに言葉を被せた。
警邏隊への確認はスヴェンからの指示だ。
彼の予測が外れることを期待していたのだろう。マラガがスヴェンの想像通りの反応を見せたことに失望したらしい。
「捜査手順にないのに、どうして報告書にはわざわざ記載されていたんでしょうね?」
「そんなの、理術が使われた形跡があったからに決まってるじゃん」
「なら、どうして理力反応はなしになっていたのか?」
「普通に考えて、最初は理力反応ありってなっていたのを誰かがなしにしたんでしょ」
「本来なら不自然極まりない。ところが、被害者である博士のご両親が煙たがられているとなると話は変わってきます。わざわざ真相を探ろうとする奇特な者は、いなかったんじゃないんですか? 大尉だって、その辺り込々でバレないと踏んだのでしょう?」
「ふ、ふざけるな! オレがやったという証拠はあるのか!?」
「何か勘違いされているようですが、僕たちは警邏隊じゃないですよ?」
「馬っ鹿みたい。これだけの状況証拠があって、私たちもあんたを真っ黒だと確信している。それだけで十分だってーの」
「大尉……あなたは博士のご両親や博士への復讐をしたかったんですね? 博士の研究データを奪おうとしたのもその延長に過ぎない。大尉がどこの手の者かはわからないですがね」
「なるほどな……」
先ほどまでの動揺した素振りが打って変わって静かなものへと転じる。
鋭く、冷たい印象だ。これまで接してきた、真面目そのものといった雰囲気は、跡形もなく消失している。
「やはり、遊びが過ぎると痛い目を見るな……」
自嘲するかのように、煽るかのようにマラガが唇の端を吊り上げた。




